2.変わる性格と変わらない気持ち
一番最初の時間で出会ったリトラは、少し気の弱い、けれども根が真面目な女の子だった。助けた後も不安そうな目で俺を見て、けれども少し警戒が解けたのか、恐る恐る俺の目を見てこう言った。
『あの……。お怪我はないですか……? 私、回復魔法を使えるので、その……、怪我があればすぐ治せます……』
そしてリトラは、何か恩返しがしたいと俺の旅に同行することになった。徐々に警戒心が解けて懐いていくリトラを見て、俺も嬉しくてリトラに愛しさすら感じていた。
それから何十回目かのループで、突然リトラの性格は変わった。リトラを助け出した瞬間、リトラは俺に飛びついてきた。
『ねえ、怪我は……!? 痛いとことか苦しいとことかない……!? あっ、私、回復魔法使えるから……! だから、怪我したらすぐに言って……!』
その時のリトラは俺に対して異常に過保護だった。そしてやたら俺をかばおうとするから、生存ルートを探すのに非常に苦労した記憶がある。何故か一部の人に対して攻撃的にもなるので、宥めるのにも苦労した。
それからまた何十回とループして、再びリトラの性格は変わった。全ての性格の中で、一番落ち着いた性格をしていた。
『助けて頂いたこと、感謝します。その……、お怪我はありませんか? 私、回復魔法を使えますので、もしお怪我があればすぐに治せます』
その時のリトラは、一言で言えばクールだった。俺がこうしたいと言った事に、論理だてて他の仲間を説得しようとしてくれた時は心強かった。たまに見せるドジな部分が可愛く見えていたのは秘密だ。
そして、何十回のループの後、再びリトラの性格が変わった。
『助けてくれてありがとう! あなたは私の命の恩人よ! あっ、怪我してない? 私、回復魔法を使えるから、いつでも助けるわ!』
その時のリトラは、俺への好きアピールが凄かった。彼女がない歴年齢の俺にとって、ここまでの愛情表現をされたことは一度もなく、舞い上がってしまわないように必死だった。
きっと、心のどこかでは既にリトラの事を好きだったのだろう。そんなリトラが、何度も俺の事を好きだと言ってくれた。恋を自覚するには十分すぎた。
今までの事を思い出しながらリトラを見つめていると、リトラは少し怒ったような、けれども少し恥ずかしそうな顔をして俺を見た。
「な、なによ……」
「ううん、何も。じゃあ、俺はこれで……」
「ま、待ちなさいよ!」
再び、俺の腕はリトラの手に掴まれる。
「ど、どうせ同じ方向に行くんでしょ!? それなら一緒に行くわ!」
そう言って、俺の腕を掴んだまま歩き出すリトラを見て、ああ、今回も一緒に旅をすることになりそうだと、俺はぼんやりと思った。
きっと、今の性格のリトラはあれ程までに自分の事を好きだと言ってくれないだろう。それでも良かった。きっとこの方が、舞い上がらずに正しい選択を選んでいける。
それに、性格が変わったからって、リトラへの恋心は変わらないだろう。根本にある優しさは、きっとどんな性格のリトラでも変わりがない。
「好きにしてくれていいよ。せっかくなら、自己紹介でもしない?」
「も、勿論よ!」
それからは、いつも通りの話をした。名前を聞いて、それからリトラが捕まった理由を聞く。
リトラも、回復魔法を使えることがバレたら危険であることは知っていた。けれども、子供を庇って母親が大けがをしたところを見て、見捨てらなかったという。そしてそれを見られて、抵抗できずに捕まったということだった。
リトラの過去も、話してくれた。リトラの母親もまた回復魔法を使え、捕まり、貴族に買われていた。そしてできた娘であるリトラが回復魔法しか使えなかったため、母子とも捨てられたという。
それから、リトラの母親は必死にリトラを守り、育てたが、病に倒れ死んだという。その時の事と重なって、自分を危険に晒すこともわかっていながら、気付いたら体が動いていたらしい。
そして、今度はリトラが俺に質問する番だった。
「そ、そーだ。クロノ、あんたの魔法、あれ、なんなのよ。あんな魔法、見たことないけど……」
これも、毎回聞かれる質問だ。基本的に、魔法は、火、水、風、土と、回復魔法である光の5つの属性で成り立っている。けれども俺の使う魔法は、どれにも属さない魔法だ。
「実は、俺もよくわかんないんだ。昔、誰かに連れて行かれて、よくわからない実験をされて、気付けばこんな魔法が使えるようになってた。俺の親は、一切魔法が使えない」
実際、親が魔法を使えないのに、子供が魔法を使えることは一切ない。強い魔法が使える平民はいるが、元を辿れば貴族の愛人の子であったりする。だからこそ、貴族は平民であっても貴族の血が流れていると信じて、強い魔力を持つ平民を買う。
俺も、10歳のある日までは、一切魔法が使えなかった。けれども突然、5つ下の妹と一緒に取れ去られ、変な実験をされた。結果妹は死に、俺に関してはリトラに話した通りだ。
「できれば、誰にも言わないで欲しい。魔法を使えない人間が悪魔と契約して魔法を使えるようになったって物語もあるでしょ? これがバレたら、俺も、きっと俺の家族もろくな目に合わない。だから俺は、魔力が無い人間として生きてる」
「……勿論、誰にも言わないわ。変な事を聞いて、悪かったわね」
そう言ってリトラは、俯きながらも自分の腕を強く握っていた。出会ったばかりであるはずの俺のためにそんな感情を見せてくれるリトラを愛おしく思いながらも、俺は見えてきた街をまっすぐ見つめた。
これからもうすぐ、旅が始まるだろう。妹を生き返らせるための旅。
あの日の記憶は、ずっと脳裏に焼き付いて離れない。助けを求めて必死に俺に手を伸ばしていた妹の声も、表情も、そして冷たくなって動かなくなった姿も、全部。
これから始まる旅の結末を、俺はまだ知らない。けれども、仲間が死んでも巻き戻ることができたのだ。だから絶対に理想の未来を掴み取る。何度巻き戻ったとしても。俺は心の中で、そう誓った。