17.洗脳と精神世界
「この子、洗脳されてるわ」
その言葉に、ここにいた全員が動揺した表情を見せた。
勿論、俺はこのことを知っていた。だから動揺したフリをしただけ。
洗脳されていると知っていたから、本当は戦いたくなかった。けれども、この一連の流れがなければ、村の人は、ディゼルナさんですら納得してもらえない。
当たり前だ。ネロデルフィンは、過去にリンピアナを襲った魔物なのだと信じられていたのだから。
一度、こっそり夜に湖に行って、ネロデルフィンの洗脳を解こうとした事もあった。けれども、村の人たちの警戒心はあまりにも強かった。
俺は村人たちから後を付けられ、ネロデルフィンを使って村を滅ぼそうとしていたのだと勘違いされた。それから、リトラが捕まり殺されたのは、俺がループしている事を全て話した時と同じだった。
そしてディゼルナさんにも、隠し事をされたと失望された。
けれども、もう大丈夫だろう。村の人たちも含め、俺の事を信じてくれた。だからリトラの言葉も届いたし、俺の言葉も届くのだ。
「もしネロデルフィンが洗脳され、暴力的になっているのであれば、俺はネロデルフィンを殺したくありません」
俺がそう言えば、ディゼルナさんは険しい顔をする。
「とはいえ、どうするつもりじゃ? 流石に何もせず放置することは、村の安全を考えると認めることはできんぞ」
「俺は、精神に介入する魔法を持っています。何か原因を探せるかもしれません。もしかしたら、直接解除できるかも」
俺の言葉に、勿論動揺する人もいた。当然だろう。精神に介入する魔法なんて、聞いたことも見たことも無い恐ろしい魔法なはずなのだから。
けれども、それを使う少年は村を守り、ネロデルフィンを攻略するヒントを見つけたヒーローでもある。だからこそ、きっとこの少年は悪い事には使わないと信じてくれる。
ラスト一押し。俺はまっすぐディゼルナさんを見つめて、口を開いた。
「お願いします! 一度だけ、試させてください! 殺すのはその後でも、できるはずです! 命を無駄に殺したくないんです!」
「……わかった」
俺の言葉に、ディゼルナさんは頷いた。
「ただし、一回だけじゃ。それで無理なら、ワシはネロデルフィンを討伐する」
「ありがとうございます!」
そう言って、俺はネロデルフィンに向かって手を伸ばす。そして、ネロデルフィンに俺の魔力を流し始めた。
精神世界は、その者の記憶と感情で構成される。そして、精神世界にいる本人を殺してしまえば、その者は抜け殻のようになる、らしい。実際にそれをしたことはないけれども。
勿論、出来ることは他にもある。感情を乱せば元の体も狂うし、逆に癒せば感情は安心する。
そしてリトラが言った通り、ネロデルフィンの精神世界はおかしかった。
俺が精神世界で目を開けると、いくつもの黒い鎖でネロデルフィンは縛られていた。そして、薄紫色の靄に覆われ、もがき苦しんでいた。
そんなネロデルフィンに、俺は叫ぶ。
「今すぐ解いてあげるから! だから安心してね!」
その声が届いたのかはわからない。けれども一瞬だけネロデルフィンが、こちらを見た気がした。それでもまたすぐに、苦しんでしまうのだけれど。
「インフィニット ダークソード」
俺は、精神世界の空間に無数の黒い剣を出現させた。そして、ネロデルフィンを縛る黒い鎖を切り裂く。鎖も、精神世界だったからか簡単に切ることができた。
その瞬間、縛るものが無くなったネロデルフィンは大きく暴れた。
「シャドウ ワープ」
俺は一旦影の中に入り、ネロデルフィンの背中にワープする。そして、全身で背中にしがみ付きながらも、優しく撫でた。
「大丈夫。もう大丈夫だから。だから目を覚まして」
そう言った瞬間、ネロデルフィンの動きはまた一瞬止まった。そしてネロデルフィンは何かを振り切るように体を大きく動かす。
俺もそのタイミングを見て、再びネロデルフィンの背中から脱出するためにワープをした。
ネロデルフィンを覆っていた薄紫の靄が消える。ネロデルフィンはまだ苦しそうな表情をしながらも、俺をまっすぐ見る。
そんなネロデルフィンに、俺は近付いていく。
「もう、大丈夫だよ。苦しかったね」
「きゅー……」
ネロデルフィンは、頭を俺の手に摺り寄せた。もうきっと、これで大丈夫なはずだ。
「じゃあ、俺はもう帰るね。現実の世界でまた会おう」
そう言って、俺はネロデルフィンの精神世界から外に出た。
風と鳥と、そして穏やかになった水の音が聞こえてくる。俺は、同じく目を覚ましたネロデルフィンが混乱しないよう、縛っていた魔法の鎖を解きながら目を開いた。
「クロノ……!」
「どうなったのじゃ!?」
心配そうに駆け寄ってくる皆に向かって、俺は笑顔を見せる。
「皆さん、もう大丈夫です。無事洗脳は溶けました」
そう言って、俺はネロデルフィンを撫でて見せる。ネロデルフィンも精神世界での事を覚えているのか、俺の方を向いてきゅーっと優しい声で鳴いた。
その瞬間、村の人たちから歓声があがる。俺もホッとして、力が抜けてしゃがみ込む。
この展開は百回以上、もしかしたら何百回以上見たかもしれない。けれどもそれよりも、たった数回だけ見た失敗の結果が、頭にこびり付いて離れない。だからこそ、毎回安心して、立っていられなくなる。
そんな俺を見て、ディゼルナさんが優しく俺に声をかける。
「今日はもう休め。色々と調べたい事もあるじゃろうが、そんな体ではないじゃろう?」
「……そうですね。でも、その前に、ディゼルナさんの魔法でこの子を湖に戻してもらう事はできますか?」
「確かにそうじゃな」
そう言って、ディゼルナさんは水魔法でネロデルフィンを湖に流した。俺も少し休憩しておきたいところだけれども、一つだけネロデルフィンに言っておかなければいけないことがある。
「ここでは跳ねちゃ駄目だからね! 村が流されちゃうから!」
きっと、いや、間違いなく喜びで飛び跳ねようとしていたのだろう。ネロデルフィンは、俺の言葉にピタリと動くのを止めた。実際、前の時間軸で喜びのまま飛び跳ねた事があった。その時はディゼルナさんの魔法でギリギリ食い止めはできたけれども、事前に止めていたほうが良いだろう。
そんな様子を見て、ディゼルナさんは目を見開く。
「人の言葉を理解するとは、賢い魔物じゃの。今後どう過ごしてもらおうかと思っておったが、これなら共存できそうじゃ」
「それは良かったです」
そう言って、俺は立ち上がる。そして、ネロデルフィンに挨拶だけして帰ろうかと思った、その時だった。
俺の手が、柔らかく温かい手に引っ張られる。
「終わったなら、あんたはもう休むの! わかった!?」
そう言って、リトラは変える方向に俺を引っ張っていった。
「あ、あんま引っ張んないで! 自分で帰れるから!」
「えっ、あっ、わ、わかってるわよ!」
そう言って、リトラは手をバッと離す。そんなリトラに少し笑いながら、俺も帰路に付いた。




