16.出来レースとその過程
「黒い魔法……。もしかして、お主なら……」
ディゼルナさんがそう俺に言うのを、俺は待っていた。
この過程が大事なのだ。村長という村の中のトップが気付き、俺に依頼する。あくまで気付いたのは、身内である村の中の人。そんな過程が、自分達が行った選択で間違いないのだと勝手に思い込んでくれる。
これは、時間を繰り返すうちに学んだこと。正しい事実を急に突き付けても、人は納得などしてくれない。もし正義と力で無理矢理納得させられたとしても、自分がスッキリするだけ。今後の事も考えると、相手が自ら答えを導き出して納得するよう誘導した方が、時間がかかるようで手っ取り早い。
俺は、ディゼルナさんの言葉に一瞬驚いたような顔をする。けれども、決心したようにまっすぐディゼルナさんを見て頷く。
「やってみます……!」
それだけ言って、俺はネロデルフィンがいるシールドの中に飛び出した。
これからは俺のターン。けれども、正解の選択肢を最初に選んではいけない。最初からわかっていたと、周りに思わせてはいけない。
「ダーク ボール!」
俺はまず、攻撃魔法を当てる。けれども、その攻撃すらネロデルフィンのベールに弾かれる。
後ろから感じる、見ている者達の落胆。けれどもこれも、想定済。
ネロデルフィンが、再び大きく飛び上がる。俺はそれを見て、一つの魔法を唱える。
「シャドウ チェイン!」
影から現れた鎖が、ベール毎ネロデルフィンを巻き取り引っ張る。そのままネロデルフィンは、陸に落ちる。
ネロデルフィンは、水の中で動くための形をしている。陸に上げてしまえば、機動力は一気に下がる。そんなネロデルフィンを、俺は更に鎖で縛る。
勿論、それで終わる程度の魔物ではない。ネロデルフィンもなんとか体をよじり、こちらに向けて口を開く。次の瞬間、口から放たれた水が光線のように俺に向かってきた。
「シャドウ シールド」
俺はそれを、シャドウシールドで吸収する。
「シャドウ カウンター」
それは、ゼノの時とは比にならないほどの爆発の威力。けれどもネロデルフィンには、傷一つついていない。
ここでようやく、一筋の光を見つけるフェーズに入る。爆風で飛んだ木の枝が、ベールを貫通してネロデルフィンの皮膚を直接掠り、そしてどこかに消えていった。俺の他に、何人かがそれに気付いただろう。
「シャドウ ワープ」
俺は一瞬でネロデルフィンのすぐそばに近付く。敢えて多くの人から見える場所を選ぶことは忘れない。今後怪我人を出さないためにも、これから起こることを見せなければならない。
俺は、ネロデルフィンのベールに触れる。すると、俺の手は初めから何もなかったかのようにベールをすり抜けた。
そう、ネロデルフィンのベールで守れるのは、あくまで魔力のエネルギーがあるものだけ。魔力のないものには適用されない。
昔、どうやって女神様が黒い魔法でネロデルフィンを倒したのか、俺にはわからない。未来を知っている俺は、女神様が本当に倒したのかもわからない。
ただ、そんなことを考える前に、俺はやることがあった。この状況を見て、そして物理的な攻撃手段を持たないものが考えることは一つ。
ベールの中に入り、攻撃を放つこと。
「ダーク ボール!」
俺は、ネロデルフィンに触れながら攻撃を放つ。けれどもネロデルフィンの皮膚は、一瞬にして内側にもベールを作り出した。
ダークボールは弾き返され、間近で放った俺に直撃する。
「クロノ!」
聞えて来たのは、リトラの泣きそうな声。感じる全身の痛みも、クラクラする頭も、その声で和らいだ。気が付けば、リトラの回復魔法に包まれていた。
「大丈夫!? 痛みは!?」
「あはは、リトラのおかげでもう平気かな?」
「……ほんと、馬鹿! クロノの馬鹿!」
あまりに大袈裟なリトラの声に笑いながら、同じく慌てて近寄ってきた村の人たちの顔を見る。
きっともう大丈夫。これで、さっきのように高威力の魔法をネロデルフィンに放って、自ら怪我をしに行く人はいないだろう。
そしてここにいるのは、ボロボロになりながらも必死で村を守るために戦った一人の少年。そんな少年とその仲間がやっとの事で導き出した最適解は、もう誰も疑うことは無いだろう。
俺はソフィアの方を見て口を開く。
「ねえ、ソフィア。さっきの見てた?」
「えっ、あっ、うん。多分ネロデルフィンのベールは、魔力エネルギーだけ弾き返す性質みたいだね」
「ねえ、ソフィアの使う弓って、矢にも魔力は入るの?」
俺の言葉に、ソフィアはハッとした顔をする。そして、自分の弓を取り出した。
「追尾するのは駄目。矢も魔力で動かすから。だけど、これなら……」
そう言いながら、ソフィアは別の魔石を取り出す。
「この魔石を使えば、真っ直ぐにしか飛ばないけど、高威力の矢を放てるし、放った矢自体に魔力は無い。でも、これだけじゃあネロデルフィンに傷は付けれても、多分倒せないかな。……あっ、そうだ! 毒を使えば……! いや、でも、確実に毒を回すなら、血管に刺されば回るのは早くて……。でも、どの場所が血管に近いのか……」
「わ、私なら、探せるかもしれないわ!」
と、ブツブツ呟くソフィアの隣で、リトラが少し震える声で言った。
「し、知ってるかもしれないけど、回復魔法は相手の体の構造を調べられるの! だから……」
「それだ!」
ソフィアは、目を輝かせてリトラを見る。
「その案ナイスだよ! リトラ天才!」
「じゃ、じゃあ、早速調べてくるわ」
そう言って、リトラは一人でネロデルフィンに近付こうとする。
けれどもネロデルフィンも、鎖で縛っているとはいえ必死で逃れようと暴れている。毎回大丈夫とはいえ、防御魔法を使えないリトラを一人で行かせる事は不安だった。
「待って! リトラ、俺も……」
一緒に行く、そう言おうとした俺を、どうしてかリトラはキッと睨む。
「あんたは少しぐらい休んでなさい! これぐらい一人で出来るわよ!」
それだけ言って、リトラは一人走って行った。そんなリトラに、俺は何も言えず呆然とする。
後ろで、ディゼルナさんの笑い声が聞こえた。
「少しはあの子のことも信じてやらんか」
「そう……、ですね……」
別に、リトラを信じていないわけではない。いつもと同じなら、今回も大丈夫なはずだ。ただ純粋に、何か俺の気付かなかったミスのせいで未来が変わって、リトラに何かあったらと思うと俺が怖いだけ。
リトラは、ネロデルフィンに手をかざす。そんなリトラの背中を、俺は見つめる。
「ねえ」
と、リトラは真剣な顔をして振り向いた。
「この子、洗脳されてるわ」




