15.渦と波
あのやり取りの後、リトラはディゼルナさんと一緒に食事を作っていた。
俺は一旦部屋に戻っていたが、なんとなくリトラの様子が気になって、台所へと向かった。
けれども俺は、思わず台所の前で立ち止まった。
少し見えたリトラの目には、涙の跡があった。けれどもどうしてか、安心したように笑っていた。そんなリトラの笑顔は、いつものツンツンした時とは違う、最初に出会った時のリトラの笑顔に似ていた。
きっと、ディゼルナさんがリトラに何か言ってくれたのだろう。少し元気のなかったリトラが元気になったのならば、良いことに違いない。
けれども、なんとなくスッキリしなかった。
叶うなら、リトラを笑顔にできるのは自分でありたかった。落ち込んだ時、真っ先に頼ってもらえる存在でありたかった。
リトラがせっかく元気になったのに、素直に喜べない自分に嫌になる。俺はリトラに声をかけることができないまま、部屋に戻った。
次の日、俺達はディゼルナさんに連れられ湖のとある一角に向かった。
人のいない、風と鳥の音だけが聞こえる静かな場所を歩いていく。だからこそ、目的地に近付くにつれ聞こえてくる異様な水の音は、異質さを醸し出していて不気味だった。
「ここじゃ」
と、ディゼルナさんはとある場所で立ち止まる。その場所から見た湖は、確かに波打ち、ある一点が渦巻いていた。
「凄い! ほんとにここだけ渦巻いてる!」
そう言いながらソフィアは駆け出し、身を乗り出して湖を覗き込んだ。
「うーん。底は全然見えないね」
そう言いながら今にも落ちそうなほど水面に顔を近付けて覗き込むソフィアを、俺はいつもの時間軸と同じように止める。
「ソフィア、あんまり身を乗り出すと危ないよ」
「でも、神珠は湖の底にあるんでしょ? なんとか取る方法を考えないと。……そうだ!」
そう言って、ソフィアは目を輝かせながら俺を見た。一番最初の時間軸でその目を見た時、嫌な予感がしたことを今でも覚えている。
「クロノ! クロノの魔法のシャドウチェインって、あそこまで届くよね!?」
「えっ、うん、まあ……。でも、水面からは出せないから限度が……」
「届くなら大丈夫!」
そう言って、ソフィアは立ち上がり、後ろに下がる。最初俺は、その鎖で渦に対して何かをするのかと思った。けれどもそんな事はなかった。
ソフィアは突然上着を脱ぎだし薄着になる。俺は戸惑う素振りを見せながらも、心の中で次に来ることに対しタイミングを見計らう。
「じゃあ、ちょっと中見てくるから、鎖で引き上げてね!」
「はっ……?」
俺がそう言った瞬間だった。ソフィアは助走をつけ、そのまま湖の中に飛び込んだ。
ソフィアは渦の中に吸い込まれていく。
「あー、もう! シャドウ チェイン!」
俺は、ソフィアの体を鎖で掴む。そして、渦に飲み込まれて5秒後、俺はソフィアの体を引き上げ陸に下ろした。
「どうだった?」
「全然見えなかった……。ここの湖、深すぎ……」
ソフィアはガッカリして肩を下げる。
一見無駄でしかなかったソフィアの行動。けれども、俺が完全に止めなかった理由が一つだけあった。
「ん……? なんじゃ……?」
ディゼルナさんの少し警戒した声と共に、湖の水の流れが変わる。
それは突然の事だった。大きな何かが、空に飛び上がり、太陽を覆った。それは再び、水の中に飛び込もうとする。
「いかん! 全員ワシの後ろに来い!」
その言葉に、俺達三人は慌ててディゼルナさんの後ろに走る。
「ウォーター シールド!」
瞬間、水の壁が大きなそれの着地点を囲うように現れた。
同時に、まるでイルカのような形の、けれどもクジラのような大きさのシルエットが湖に飛び込む。それにより現れた波は、水の壁で反射し、打ち消しあった。
「……危なかったわい。このまま何もせずにいたら、村にいた人も家も全てが波に飲み込まれる所じゃった」
その言葉を聞く度に、俺の中で安心と不安がグチャグチャに混ざり合う。今回も無事何もなかった安心感。けれども俺の一つのミスが多くの人を殺してしまうのではないかという不安。
大丈夫。今回も何もなかった。けれども、まだ間違えてはいけない。
再び、巨大なそれは顔を出し、耳を塞ぐような叫び声を上げる。ハッキリと見えたそれは、不思議なベールを纏っていた。
「これって……、もしかしてネロデルフィン!?」
ソフィアの言葉に、俺も動揺したように見せながら口を開く。
「でも、ネロデルフィンは女神様が倒したんじゃ!?」
「伝説では、湖の底に沈んだと言われておる! 実は生きていってもおかしくない!」
「でも、いったいなんで!?」
本当は知っている。きっかけは、渦の中に人が飛び込んだからということを。
だからどれだけ時間をズラしても、誰かが水の中に飛び込んだ瞬間現れる。今まで現れなかったのは、危険な場所として誰も近付くことすらなかったからだ。
そして、もう一つ俺は知っている。ネロデルフィンとは、本当は戦わなくても良いということを。
けれども出来すぎたシナリオは、不信感を抱かれてしまう。だってこの瞬間は、ディゼルナさん以外にも見られているのだから。
ディゼルナさんは、後ろを振り向き叫ぶ。
「……そこで見ているのは知っておるぞ! ボケっと立っとらんと、村の者に避難を呼びかけろ! 力のある者は、ワシに力を貸せ!」
その声と共に、何人かの村人は村へと走り、残った者はこちらへ駆け寄って来た。
「水魔法の使い手は、シールドの維持を手伝え!」
ディゼルナさんのその言葉と共に、村の人達はディゼルナさんの作ったシールドに魔力を放出する。これで、ディゼルナさんが魔力を弱めてもシールドは維持される。
普通は、あれ程のシールドを一人で作ることはできない。それ程までに、ディゼルナさんは強い魔法使いのはずだった。
ディゼルナさんは、シールドに流していた魔力を他の人達に任せ、空に向かって手を伸ばす。
「アイス スピア!」
大きな氷の槍が、ネロデルフィンを突き刺そうとする。けれどもネロデルフィンを覆うベールの外側が、弾力性のある膜のように氷の槍を弾き返した。
「やはり攻撃は通らぬか……」
そう言いながら、ディゼルナさんは俺を見る。
「黒い魔法……。もしかして、お主なら……」
ディゼルナさんの言葉に、全員の視線は一斉に俺の方を向いた。




