14.言い伝えと危険
「神珠の話の前に、この街に伝わる女神様の話でもしようかのう」
そう言って、ディゼルナさんはリンピアナで実際に起こったとされる話を教えてくれた。
500年程前、突然湖に、巨大な魔物が現れたという。それは、海に住むはずのイルカのような見た目をしていて、けれどもクジラのように大きかったそうだ。その魔物は、ネロデルフィンと名付けられた。
ネロデルフィンは、リンピアナを水の中に飲み込もうとした。だからリンピアナの住民は、住民総出でネロデルフィンを倒そうとしたという。けれども、ネロデルフィンは謎のベールを纏っていて、ダメージを与える事すらできなかったらしい。
そこに現れたのが、女神様だった。女神様は黒色の魔法で魔物を倒し、魔物は湖に沈んでいったという。
「我々の先祖は、村を助けてくれた女神様に、何かお礼をしたいと申し出た。すると女神様は言った。この村に、一つの神珠を置かせて欲しいと。そして、それを探し求めに来た者達が、神珠を得るに相応しいか見極める役割を担って欲しいと。……そして、女神様の伝説の話に繋がる」
「じゃ、じゃあ、この村には本当の本当に神珠があるの!?」
ソフィアの言葉に、ディゼルナさんは少し難しい顔をして俯いた。
「ある……、はずじゃ」
「あるはず?」
「なにせ、湖の底にあると聞いているからのう」
「湖の底!?」
ディゼルナさんの言葉に、ソフィアは驚きの声を上げた。
当たり前だ。湖の底なんて、普通に行けるわけがない場所なのだから。
ソフィアの隣で、俺も少し動揺したように振る舞いながらも口を開く。
「えっと、湖の底への行き方とかは……」
「そこまではワシも知らぬ。ただ、とある場所へその者たちを連れて行けと言われている。明日、お主らをそこへ連れて行くつもりじゃ」
「やったあ! とうとう女神様の伝説に近付けるんだ!」
そう言って喜ぶソフィアを、ディゼルナさんは厳しい目で見る。
「気を抜いてはならんぞ。そもそも、その場所だけは渦を巻くような不思議な水の流れがあってのう。村の者は誰も近づかない危険な場所じゃ」
「湖に渦!? あんなに穏やかな湖に!? 絶対何かあるよね!? あー、今すぐ行きたい!!」
「気を抜くなと言っておろう! そもそも強い者を求めておる女神様じゃ! 強くないとできない何かがあるかもしれんのじゃぞ!? 先ずはしっかりと準備を整えて……」
「でもでも〜! まだ何があるかわかんないのに、準備なんてできないよ! 今からビクビクしてる方が疲れちゃうじゃん! どうせなら、ワクワクしながら行く方が絶対いいもん!」
そんなソフィアの様子に、ディゼルナさんは少し困ったような顔で俺を見た。
「……クロノ。ソフィアを頼んだぞ」
「頑張ります……」
実際、これからソフィアの行動がきっかけで大変なことが起こるのだが、俺が結果オーライに持っていくしか無い。絶対に。
そう心に決めながら、俺は口を開く。
「ソフィア。少なくとも今日は沢山歩いて来たし、寝て明日に備えよう。今から行ってもすぐ夜になって、何にも見えないよ」
「それもそっか! 明日朝一番に行こう!」
「……流石に、私は朝一番だとキツイわよ」
と、リトラが少し呆れた顔でソフィアに行った。
「そっか。リトラ、朝はいつも眠そうだもんね!」
「そ、それは……! ま、まあ、そうだけど……」
リトラはそう言って、恥ずかしそうに目を逸らす。
確かに、リトラの寝起きはいつもぼーっとしていて、されるがままにソフィアに髪を整えられている。そんなリトラもまた可愛いのだが、今のリトラにそんな事を言おうものなら怒られるに違いない。
「と、とりあえず二人とも絶対にゆっくり休むこと! も、もし危険な事が起こったら、頼りになるのはあんた達なんだからね!」
そう言って、リトラは立ち上がる。
「えー!? でも、何かあったらリトラに回復……」
「まずそんな状態にならないで!」
そんな二人のやり取りを、俺は微笑ましく見ながら、次の行動を思い出していた。これから、俺達は客間に案内されて、明日の話をするのだろう。
そう思っていた。
リトラが、真面目な顔をしてディゼルナさんの方を見る。
「ディゼおばあさん、泊めてもらうお礼に、何かお手伝いできることはありますか?」
「気にせずゆっくりしていてもええんじゃぞ? 久しぶりの客じゃ。ワシももてなしたい気分でな」
ディゼルナさんの言葉に、リトラは首を振る。
「でも、私が何かしていたいんです。回復魔法と支援魔法しか使えない私は、基本後ろで見てるだけ。もし二人が危険な目にあったとしても、私は二人を回復だけして、結局はまた二人頼みになってしまう。だから、せめて出来るときに、何かやれることをしたいんです」
「……そうかのう。なら、食事の準備でも手伝ってもらおうかのう」
「はい……!」
そう言ったリトラは、けれどもどこか悲しそうな目をして、俺は思わずリトラに手を伸ばした。
「見てるだけじゃないから! リトラがいるから、俺は安心して戦えるから!」
決して気休めの言葉じゃなかった。リトラはどの時間軸でも、何度俺が傷だらけになっても助けてくれた。だからこそ、死なずに探せた未来が沢山あった。
それだけじゃない。もうすぐリトラの回復魔法は一つの解決策を導いてくれる。その事は言えないけれども、リトラがいるからこそ多少の傷も覚悟で前に出れるのは事実なのだ。
けれどもリトラは、まだ悲しい目をしたまま俺から目を逸らした。
「……そうだとしても、私がいるから何してもいいってわけじゃないのよ、バカ。限度だってあるわ。少なくとも私は、あなたが死んだら生き返らせることはできないの」
そう言って、リトラは俺に背を向ける。
「……別にあんたのためとかじゃないの。私の気持ちの問題よ」
それだけ言って、リトラはディゼルナさんの所に駆けて行った。それ以上リトラにかける言葉を、俺は見つけられなかった。




