12.黒と女神の魔法
それから俺達は、ディゼルナさんに案内されてリンピアナの中に入った。
リンピアナは湖のほとりにあるのどかな村だった。ディゼルナさん曰く、元々人を集めて賑やかにすることを求めていないらしい。
そのため、宿屋などの冒険者のための施設は殆ど無かった。あるのは、住民に仕事を与える機能を備えているギルド施設ぐらいだった。
「今日はワシの家に泊まりな」
ディゼルナさんは俺達にそう言った。その言葉に、ソフィアは驚いたような顔を見せる。
「えっ、いいの!? いつもは……」
「勝手に居座っているだけじゃろ。お主らはワシが認めた客じゃ。流石に野宿はさせん」
後からソフィアに聞く話だが、女神の伝説の手掛かりを自力で探そうと、リンピアナに野宿して勝手に探し回っていたことが何度かあるらしい。勿論、手掛かりは一つも見つけられてはいないのだけれども。
ディゼルナの言葉に、ソフィアは少し拗ねたように頬を膨らませる。
「だってー、仕方ないじゃん! ディゼおばあちゃんが全然教えてくれないんだもん!」
「理由は伝えておったじゃろ。そもそも、そうやって無許可でお主らが村を荒らすから、どんな真面目な者でも村への滞在を安易に了承などできんくなったわい」
「うっ……。それはそうかもしれないけど……」
リンピアナの住民は外から来た者への警戒心が強い。実際、村長であるディゼルナさんと一緒にいるにも関わらず、住民達は俺達を警戒した目で見ていた。
それも、ディゼルナさんの話を聞けば当然の事だろうと俺は思う。女神の伝説は御伽噺と思っている人が大半とはいえ、興味本位や、ソフィアのように本気で信じた人がリンピアナの噂を聞いて定期的に押しかけてくるらしい。そして、無許可でリンピアナに居座り、住民の生活を無視して探し回るものだから、良い気はしないだろう。
「じゃが、この様子ではお主らも居心地が悪いじゃろ。そうじゃな。クロノ、お主の魔法をここで使ってみせなさい」
「えっ、俺の……? でも……」
俺は、少し戸惑った顔をしてみせる。するとディゼルナさんは、そうかと俺の感情を理解した顔をした。
「安心せい。確かに黒い魔法は馴染みのないものじゃが、ここでは寧ろ喜ばれる」
ディゼルナさんの言葉に、俺は恐る恐る腕を伸ばして手の平を空に向ける。そうしてもう一度心配そうな顔をしてディゼルナさんを見ると、ディゼルナさんは大丈夫だと言うように頷いた。
それを見て、俺は口を開く。
「ダーク ボール」
それは、俺の攻撃魔法で一番シンプルな魔法だった。黒い魔力を一点に集め玉の形にしたものを、誰にも当たらない空に向かって俺は放つ。
「あー! 女神様の魔法だ!」
と、子供が俺を指さして叫んだ。そして、目を輝かせて俺に駆けよってくる。
「兄ちゃん、女神様の魔法使えるの!? なんで!? もう一回見せて!?」
「えっ、ええっと……」
「クロノ。もう一度ぐらい見せてやれ」
「はい……」
ディゼルナさんの言葉を聞いた後、俺はもう一度、今度は子供の目の前で小さな黒い玉を作り、そして空へ向かって投げた。すると、子供は興奮が収まらないというように、俺にしがみ付く。
「すげえ! なんで使えるの!? 兄ちゃん、女神様の子孫とか!?」
「えっ、いや、それは……」
「女神様に選ばれたのかものう」
俺が言葉に困っているように見せていると、ディゼルナさんは笑いながら言った。そして、俺達の様子を窺っていた住民たちを見る。
「こやつらはワシが呼んだ正式な客じゃ。しかも女神様の魔法を使える者がいる。そしてこの者達は、誰ともわからぬこの老婆を危険から守ろうとしてくれた、正義感のある者じゃ。あまり警戒せんでやってくれ」
その言葉に、少しだけ張り詰めた空気が緩まる。そして、大多数の大人たちは警戒から好奇心の目に変わり、日常に戻っていった。
けれども、好奇心旺盛な子供たちはすぐには日常に戻れない。気が付けば、俺の周りには沢山の子供が集まっていた。
「ねっ、兄ちゃん! 他にはどんな魔法を使えるの!?」
「僕にも見せて~!」
「私にも!」
身動きができない俺を見て、ディゼルナは眉を上げて子供たちを叱る。
「これ! 客人を困らせるものではない!」
「だって~! 女神様の魔法だよ!?」
「私、まだ女神様の魔法、見てない! 見たいの!」
ディゼルナさんの言葉でも言う事を聞かない子供たちを見て、俺は子供たちと目線を合わせるためにしゃがむ。
「お兄ちゃん忙しいから、最後に一回でいいかな? あと、他の魔法は危険だから、見せるのはこれだけね」
俺はそう言って、再びダークボールを空に放った。そして、子供たちが空を見上げて興奮している隙に、俺は子供たちの輪の中を抜ける。
「うちの者達が、すまんの」
「大丈夫ですよ。元気な子供たちですね」
「元気過ぎてワシの手にもおえんわい」
そう言って、ディゼルナさんは自分の家に向かって歩き出す。その様子を見て、俺は内心ホッとする。
俺があまりにも子供たちの中で動けずにいると、ディゼルナさんは本気の怒りを子供たちに見せる。その迫力は俺でも震えるほどで、あまり見たいものではなかった。
俺は、ディゼルナさんに付いて行きながら、過去の時間軸の記憶を一通り思い出す。
これからディゼルナさんが話すことを、俺は全て知っている。けれども、少しでも知っている素振りを見せれば、それは違和感に繋がるだろう。そしてその違和感は、簡単にディゼルナさんや村の人たちの警戒心を高めてしまうことを、俺は知っている。たった少しの、一瞬覚えた違和感だけでも、未来は簡単に変わってしまうのだ。
ディゼルナさんの家に着く。俺は周りを見渡し、人がいないことを確認して口を開く。
「あっ、あの! ディゼルナさん! 俺の魔法が女神様の魔法って、どういうことですか!?」
俺はそう、ディゼルナさんに尋ねた。




