11.対と同じ
「たった一つの願いを、てめえだけの都合で使うつもりかよ。クソみてえな自己中だな。やっぱ恵まれた魔力持ちは頭の中もお花畑か?」
ゼノの言葉を一番最初に聞いたとき、俺は動揺を隠すことができなかった。
確かに、女神が叶えてくれる願いは一つだけ。神珠を集めるという特性上、誰かが神珠を手に入れてしまえば、後から来た人は手に入れられない。それ程までに貴重なものであることは間違いなかった。
自己中心的な欲望を含んだ願いであることも自覚していた。しかも、生き返ったとして喜ぶのは一部の人のみ。それならば、世界平和とか皆のためになる事を願った方がきっと良いのだろう。
ゼノに言われるまで、俺の中の女神の伝説は、あくまで御伽噺の延長だった。お金持ちになりたいとか、モテモテになりたいとか、そこまでは子供じみていないけれども、ただ一番自分の中で強い願いを思い描いていただけだった。
最初の時間軸のまま、俺はゼノの言葉に対して何も言えずにいる。けれども、それで何かが止まるわけではない。俺が黙っていても、ソフィアが俺の前に一歩出て言うのだ。
「じゃあ、そんな偉そうに言う君の願いを教えてよ」
ソフィアの言葉に、ゼノは自分の拳を強く握りしめながら言う。
「……この世界全員の魔力を無くす。んでもって、生まれ持った魔力なんて関係ねえ、そんな平等な世界を作る」
ゼノの願いは、俺なんかよりもずっとこの世界の事を考えていた。ゼノの言う通り、俺は本当に恵まれていたのだろう。
俺の隣で、ゼノと同じように世界の事を考えていたソフィアが怒ったように言う。
「魔力を無くすなんてあり得ない! 全員が便利じゃなくて、不便になることを願うなんて、意味わかんないよ!」
「うっせえな! 魔力無しの気持ちなんて、てめえらにはわかんねえよ!」
「わかるもん! だって私も魔力無しだから!」
ソフィアは、俺とは正反対の、まっすぐな目でゼノを見る。
「だから私は、全員が魔法を使える世界を願うの!」
「ふざけんな! クソみたいな魔力なんて、俺はいらねえ!」
「君が言ってることはおかしいよ! 自分が魔力無しで苦労したからって、他の人にまでその苦労を強いるの!? しかも、自分が魔法が嫌い、それだけの理由で!? そんなの君の方が自己中だよ!」
そう言って、ソフィアはゼノに弓を向け、複数の矢を放つ。流石のゼノも一瞬恐怖を滲ませたが、ソフィアの放った矢はバラバラの弧を描いてゼノにギリギリ刺さらない地面に突き刺さった。
「これはね、魔力が無くても魔法が使える私の発明品。技術で実現できたもの。……まだ悪魔との契約の噂のせいで、広められずにいるけど。そして、もう一つ、私は希望を見つけた」
ソフィアは、俺の肩に触れながら言う。
「クロノも、最初は魔力無しだった。だけど、今はこんな凄い魔法を使える」
ソフィアの言葉に、ゼノは大きく目を見開く。
「は……? おまえ、悪魔と契約したのかよ」
「それは……」
それは違う。そう俺がいつものように否定しようとした時だった。パシン、と、音がする。気が付けば、ずっと後ろで見ていたリトラが俺の前に立ち、ゼノの頬を叩いていた。
「私たちのこと何にも知らないくせに、勝手なこと言わないで! クロノはね! 昔誘拐されて、実験されて、大切な妹まで失って、そんな目にあってもあんたと違って誰かに手を差し伸べられる人なの! 自分が一番可哀想な人間だと思うな!」
「ちょ、リトラ……!」
あまりのリトラの剣幕に、俺は慌てて止めようと手を伸ばす。
リトラは、二つ目の性格の時に特に、ゼノを異常なほど嫌っていた。その時は、お互いに感情的になって、時にはリトラがゼノの手によって殺された。今はゼノを抑えているとはいえ、またこれから同じ状態になるのではと、ヒヤヒヤした。
けれども、意外にもゼノは、少し沈んだような声で目を伏せた。
「……わりぃ」
そんなゼノを見て、俺は少しホッとした。確かにゼノは、前の時間軸でも俺の過去を知って、同じように謝っていた。なんだかんだ、ゼノもわかり合えれば良い奴なのだ。
リトラの隣で、どうしてかゼノと同じような沈んだ声で、ソフィアはゼノに尋ねた。
「……ねえ、君の名前は?」
「……ゼノ」
「そっか。ねえ、ゼノ。きっと私と君の願いの根本は同じ、そんな気がするんだ。でも、技術で実現できるんだよ。だから私はクロノに願いを譲ったの。クロノの魔法を調べさせてもらう条件に。だってクロノの願いは、きっと技術では実現できない願いだから。しかもさ、誰かの幸せを思った願いだよ? 素敵な願いだとは思わない?」
それを言ったら、二人の方が世界の幸せを願ったものだ。だって俺は、両親に心から認められたいなんて、それこそ自分勝手な欲望を含んだ願いなのだから。
そう思ったけれども、俺は言えなかった。
いつもの時間軸と同じように、俺達の話を聞いていたディゼルナさんが、俺達に近付いてくる。
「個人的な願いでもワシは良いと思うがの」
そう言って、ディゼルナさんは俺達を見る。
「女神様は、神珠を集める実力がある者に頼みがあり、そのお礼で願いを叶えるのだと言い伝えでは聞いておる。女神様の頼みのお礼であるならば、個人的なものでも問題ないじゃろう」
「頼み……?」
ディゼルナさんの言葉に、ソフィアは首を傾げてそう尋ねた。
「ワシにもそれが何かまではわからんわい。けれども、女神様は正義と強さを兼ね備えたものに伝説を伝えろと言ったそうじゃから、正義が必要な願いなのじゃろ。だから、……ゼノと言ったか、すぐ人に刃を向けるお主には伝えるべきではないとワシは思った」
ディゼルナさんの言葉に、ゼノは悔しそうに俯いた。そんなゼノを一瞥して、ディゼルナさんは俺を見る。
「ワシもまた、言い伝えを聞いただけ。だから、女神様の言う正義と強さを兼ね備えた者が、お主なのかはわからぬ。じゃが……」
ディゼルナさんは、くるりと俺に対して背を向けた。
「お主ら三人はワシについてこい。少しクロノ、お主の使う魔法に思う所があっての。お主には話しても良い気がするんじゃ」
その言葉に、俺は縛り付けたままのゼノを見る。ゼノは一瞬俺と目が合うと、気まずそうに目を逸らした。
「……これ、解いてくれ。もうてめえらに攻撃はしねえから」
「……わかった」
そう言って、俺はゼノを縛っていた鎖を解く。言葉通り、ゼノはもう攻撃を仕掛けてこなかった。
「……俺は諦めてねえからな」
「いっそのこと、一緒に旅でもしない?」
俺は試しにそう言ってみた。きっといつかは仲間になってくれるはず。そしてこの時間軸は、いつもとゼノの様子が少しだけ違った。
だからもしかしたら、この時間軸ではもう仲間になってくれるかもしれない。そんな希望もあった。
俺の後ろで、リトラが不安そうに俺の服の裾を掴む。きっと、未来を知っている俺と違って、リトラは不安なのだろう。そう思って、安心させようと口を開いたときだった。
「チッ、誰がてめえらの仲間になんかなるかよ! バーカ!」
そう言って、ゼノは背中を向けて走り去っていった。流石にまだ早かったかと、俺は苦笑いする。
と、隣にいるリトラが、更に俺の服の裾を強く掴みながら言った。
「私、あいつのこと嫌いよ」
「……話してみたら、案外良い奴かもよ?」
「それでも、嫌い」
今までのリトラと同じ目で、リトラはゼノを見た。今回も前途多難かな。そんなことを、ぼんやりと思った。




