101.自然と不自然(リトラ視点)
あれから、ゼノにクロノを運んでもらった。場所はクロノが自室として使っていた部屋。ここでクロノは今も眠っている。
そろそろ目を覚ます頃だとソフィアに言われて1時間。クロノはまだ目を覚まさない。それぐらいの誤差はあると言われていたけれども、なんとなく不安になってしまう。
ゼノも暫くここにいたが、少しお腹が空いたのだと食堂に向かった。
『おまえも無理すんなよ』
ゼノもそう言ってはくれたけれども、流石にここから離れるのは怖い。離れた瞬間に、クロノがいなくなってしまう気がして、離れることはできなかった。
時計の音だけが、カチカチと鳴り響く。何もすることがないから、余計な事ばかり考えてしまう。生きていることを確認したくて、思わずクロノの手を握った。
大丈夫。まだ温かい。
クロノの体が温かいというだけで、安心してしまう。徐々に冷たく、固くなっていくクロノの死体の感触が、未だに忘れられない。
「クロノ。好きよ。好きなの。だから、死なないで」
そういえば、過去の私もクロノにそう伝えたことがあったのだっけ。けれども伝えたら、クロノはこう言ったのだ。
『返事は、旅が終わってからでいい? 旅が終わったら、必ず俺の気持ち伝えるから』
あの時も、死にたかったのだろうか。
いや、きっと違う。それなら、無責任に必ず伝えるなんて言わない。あの時はまだ、生きるつもりだったのだ。
……結局、クロノがそう言った時間軸でも、生き返らせる魔法を使えると知った瞬間に死んだのだけれど。
けれども、その時はまだ生きること自体に苦しみを感じてはいなかったはずだった。どうしてそう思うようになってしまったのか、わからなかった。
と、クロノの手が少しだけ動いた。慌てて手を握り直せば、クロノはゆっくりと瞼を開いた。
心臓の音が煩く鳴る。今、ここにはゼノがいない。もし仮に今クロノが死のうとしたとして、私一人で止められるだろうか。
そんな事を思っていた私の手をクロノは静かに離し、ゆっくりと起き上がった。
「あれ? リトラ、どうしたの? というか、俺、どうしたんだっけ? ここ、フォッシリムの、俺の使ってた部屋だよね?」
あまりにもいつもの穏やかなクロノのまま言うものだから、少しだけ肩の力が抜けてしまった。
自分が死のうとしていた事を忘れているのだろうか。それは予想外で、けれども、逆に何をどう言えば良いのかわからなくなってしまった。
「あ、あの、ええっと……。ク、クロノはどこまで覚えてるの?」
なんとか言えたのはそんな言葉。私の言葉に、クロノは少し考えた後、眉を下げて口を開いた。
「うーん。コンコルスさんと会ったのは覚えてるんだけど……。ちょっと記憶が曖昧で……。……何があったか気になるけど、ちょっと喉乾いちゃったな。食堂に行ってくるね」
そう言って、クロノは部屋を出ようとした。
それは、あまりにも以前と変わらないクロノのままで、だからこそ逆に不自然である事に流石に気が付いた。クロノの様子は、突然休むと言い出したあの時のクロノにも似ていた。
リトラは慌ててクロノの手を取る。
「ちょっと待って、クロノ。どうして今、時間を巻き戻したの?」
そう言った私の言葉に、クロノは明らかに動揺した表情を見せた。
「な、何言ってるの? 巻き戻してなんか……」
「別に巻き戻していたって責めないわ。私は一度、あなたと話をしたいの」
どんどん顔が青くなっていくクロノに、またクロノが魔法を使ってしまうのではないかと不安になった。
ゼノは来ない。ならば私がやるしかない。
クロノが目を覚ますのを待っている間、何を話すのかは考えていた。伝えたいことは、私も同じだということ。
「クロノ、聞いて! あ、あのね! 私、私もクロノに言っていなかったことがあるの!」
「言って、なかったこと?」
「そうよ。あのね。実は私も時間を繰り返してるの。コンコルスさんに、時間を巻き戻してもらったのよ? だから……」
あなたの気持ちもきっとわかる。そう伝えようとした時だった。
クロノの手を掴んでいた私の手を、クロノは引っ張って私から引き剥がす。そして怯えるような目で私を見て、そして後ずさった。
「え、あ、そういうこと……? だから、今もわかったの……?」
一瞬、クロノの言葉の意味を理解できなかった。理解できないまま、クロノは泣きそうな顔で口を開く。
「迷惑かけて、ごめんなさい。駄目な俺で、ごめんなさい」
「クロノ……? 何を言ってるの……?」
「わかってる。もう無かったことにできないんでしょ? 俺が迷惑かけたこと。だから、巻き戻す前の事も全部覚えてるんだよね?」
どうしてクロノが怯えた顔をしたのか、ようやく理解した。クロノは、今このタイミングで、私がコンコルスさんに時間を巻き戻してもらったのだと思ったのだと。そして、クロノが隠したかった事を、私が知ってしまったのだと勘違いしてしまったのだ。
クロノが隠したかった事も、なんとなく想像がついてしまった。クロノは、巻き戻す前に何か私に迷惑をかけた。そしてそんな理由で、クロノは時間を巻き戻したのだ。
「待って! 落ち着いて! あなた勘違いをしているわ!」
そう言ったけれども、もうクロノに私の言葉は届いていなかった。
「本当に、ごめんなさい」
それだけ言って、クロノは部屋を飛び出した。




