クラスメイトの男の子のおはなし
最近の学生って、結構パワフルだよね。が、瑠々の見解だ。小学生はメイクをするし、中学生は動画投稿サイトに自撮りを載せて、高校生になれば永久脱毛か整形を考えるそうで。父親が古風という環境もあり、そういった流行の話題には中学生の瑠々はまだ入れずにいた。何となく教室をぐるっと眺めると、新しいクラスになって一カ月も経ったとなればグループなるものがもう出来上がっていることに小さく溜め息を吐く。
グループに入りたくないと言えば噓になる。瑠々もお年頃の女の子だ。でも、グループに入って付いていけるのかということを考えると、あと一歩が踏み出せずにいた。次は美術室に移動だっけ、と瑠々が準備を始めるとスケッチブックに挟んでいた前回の授業で配られたプリントがはらりと落ちる。
「あ、やっちゃった」
「望月さん、俺とるよ」
「ご、あ、ありがとう」
ごめんと言いかけて、ありがとうに言い換えた瑠々に小さく笑ってプリントを渡してくれたのは、同じクラスの男子で確か名前は中村だ。
「はい、望月さん」
「ありがとう、中村くん」
「えっ、俺の名前知っててくれてるんだ」
「同じクラスでしょ?」
「確かにそうだけど……」
上手く意図がつかめずに首を傾げる瑠々に、中村は顔を赤くして「あーやば」などと呟いている。もしかして名前を間違えたのかとひやっとしたが、反応的にそうではなさそうだ。どうしたらいいのか分からず戸惑う瑠々に気付いた中村がハッとして慌てて笑顔になる。
「俺、中村昴って言うんだけど」
「へっ、あ、私は望月瑠々」
「うん知ってる」
「はあ……」
噛み合っていないような、よく分からない時間に困惑する瑠々に「よろしく」と言って中村は右手を出してきた。友達になってくれるのだろうか、と素直に受け止めた瑠々が同じく右手を出そうとした時、横からすっと手が伸びて中村の右手を捉えた。
「神崎刹那、よろしくね」
横から手を出したのは、刹那だった。またまた意図が分からずもう一度首を傾げる瑠々とは違い、今の中村の顔は引き攣っていた。気になっていた女子との握手を、その子の彼氏に邪魔されたのだ。何が悲しくて男と握手なんてしなくてはいけないのか、と一瞬眉を顰めた中村だがすぐにニヤリと笑ってみせる。
「彼女、隙だらけだけど?」
そう言って、右手にグッと力を籠める。それに刹那も応戦するように力を籠め返すと、くすっと微笑む。
「でも、君が入れる隙は残念ながらないよ」
背後に真っ黒なオーラを出して、にこにこと握手する刹那と中村。お互いの右手は早く離さないと痣になりそうだ。訳も分からずおろおろと二人を交互に見ては困ったように眉を下げていた瑠々だったが、ふと時計を見るとそろそろ美術室に移動しないと間に合わなくなりそうだった。遅刻になる!で頭がいっぱにになった瑠々が、刹那のカーディガンをくいっと引っ張る。
「セツくん、遅刻しちゃう!」
「そうだね、そろそろ行こうか」
「うん!中村くん、本当にありがとう。行こ、セツくん」
そうして教室を二人仲良く出て行ったのを呆然と見ていた中村に、ギャラリーと化していたクラスメイトが笑っておちょくりに来る。
「中村クン、どんまーい!むりだわ腹いてぇ」
「いくらなんでも、望月さんはだめ」
「そうそう、うちらも怒るよ」
「るっせぇ!」
「大体、神崎くんに敵うわけないでしょ」
「次やったらガチで殺されるな、お前」
「ちくしょう……!」
圧から解放された右手が熱い。心の片隅に何となくあった自信は大破した。刹那の言う通り、瑠々は自分に何も感じていなかったし、最初から隙など存在していないことは分かっていた。でも、瑠々の小さな可愛い口から自分の名前が出たことに、中村は舞い上がったのだ。挑戦してみたくなったのだ。まあ、これもこれで最初から勝機などないが。文字通りこてんぱんにやられて不貞腐れながら美術室に行く中村に、一部の女子は「バチバチに嫉妬するレアな神崎くんが拝めたし、鈍感すぎる望月さんマジ天使すぎた!中村よくやった!」と密かに親指を立てて泣いていたとかなんとか。