7,黄金の精神とおっさんの精神。
《早速青春していますねー。しかもこんな可愛らしい女の子にニックネームで呼ばれるなんて幸先がいいではないですか》
いつの間にかアルマが天川の隣に立っていた。勿論天川以外はアルマを認識できない。
学校なんて懐かしいので少し見学させてくださいと、しばらくの間天川と別行動をしていたアルマだった。
【学校なんて懐かしい】という発言にいささかの疑問を抱いた天川だったが、それ以外にも考えることが山ほどあったので今は深く考えないようにしていた。
《…幸先良いのは認めるけど、それだけにやーな予感がするんだよな》
これは天川の性分であり、所謂…つまるところいいことがあると逆に不安になる。褒められることにも慣れていないので何か落とし穴があるのではないかと、振り返ってしまう。
《今回はその予感が当たることを祈っています》
とアルマがにこやかにろくでもない返しをする。
《…自分で言っておいてなんだが、改めてそう言われると率直にむかつくな》
はあと頬杖をつきため息をつく天川。
《これはしょうがありませんよ。このまま上手くいってしまうと、あなたが能力を望む時期がさらに遠のきそうなので。私の当初の目的をお忘れなきように》
そういやそうだった。俺に能力を授けるのがこいつの役目だった。
確かにこのまま学園生活が上手くいってしまうとそうなりかねないな…そうボケーと考えていると
「天くん、天くん、なんか明後日の方向むいてどしたん?」
三好が不思議そうに天川に問いかける。
「…あ、ああ。ごめん。ちょい考えごとしていた」
はっとしたようにする天川。アルマと念話しながら他人と会話するってのは意外と難易度が高い。
「おい。二人とも。どうやらせんせーが来たようだぜ。取り合えず雑談はしまいだな」
望月が教室の出入り口を指さした。若干名残惜しそうに、じゃあまたはなそーなーと天川に向けていた席を戻す三好。
「みんな!おはよう!そして初めまして。私は君たちの担任となった蓮沼可憐。よろしく」
紺色のスーツ。タイトなスカート。アルマとは対照的にスレンダーなボディ。ウェーブのかかった胸下まで届く黒色のロングヘアー。キリリとした表情の可愛いというよりかっこいい系美人。
ちなみにアルマはよっぽど気に入ったのか昨日と同じカジュアルファッションに身を包んでいた。
予想外の美人の登場にクラスがざわつく。
「…おいおい、すっげえ奇麗じゃん。なあ?天川」
とひそひそ声でいう望月。
「そこ!今は休み時間じゃないんだからなにかあればはっきり発言しなさい。望月!」
透き通るような高い声で望月の方に顔を向ける蓮沼先生。
「いい!?ああ、すんません…って、自己紹介しましたっけ?」
驚いた後、キョトンとした表情で自分の顔をさす望月。
「君たちのプロフィールは予め確認しているからね。顔と名前はもう一致しているわよ?」
はえーと天川は感心した。顔と名前を覚えるのが大の苦手な天川にとって、30人からなる生徒の顔と名前をすでに憶えているなんて。
教師なんて転生前は好きじゃなかったし、自分にはできないしなりたいとも思わなかったが、今こうしてみるとすごいのかもしれない。
蓮沼先生はざわつく生徒たちに、はいはい静粛にと静かにさせ、こほんと一息つく。
「さてと…今日は入学式で午前中で終わりだから、君たちには軽く自己紹介をしてもらった後、予定では『選別』をしてもらって下校となるわけなんだけど」
『選別』という言葉にクラス全員に少し緊張が走る。
入学してさっそく決まるのだ。
魔法に関して。
凡人か、否か。
「…拍子抜けだろうけど『選別』は延期になったわ。『時』属性を顧問する先生の着任が遅れていてね。その先生がきてから『選別』を実施するから」
生徒たちの強張った表情が一斉に引いていく。蓮沼の言う通り、拍子抜けしたのだろう。と、同時に少しだけほっとしたのかもしれない。
ただそれは、その時が少しだけ先延ばしになっただけではあるのだが。
と、ここで唯一緊張していなかった三好がはいはーいと勢いよく手を挙げた。それをみた蓮沼がはいどうぞと受ける。
「別にその先生がいなくても『選別』ってできるんじゃないですか?聞いたはなしだと『それ用の水晶』に手をかざすだけって聞きましたけど」
なるほど。初見から感じていたことだが、この三好稲葉という女子はアグレッシブな性格のようだ。気さくに話しかける明るい性格に、疑問があれば臆せずぶつけてみる軽快さ。
以上を鑑みると、別に自分に特別な感情というか、そういうのはないのだろうなと思った。
たまたま天川が後ろの席にいて、三好の興味がある話をしてきたから絡んだだけとみるのが自然。
…人生は所業無常である。
さておき。
三好の質問に何故か渋い表情をする蓮沼先生。
「…。実のところ、私もそれ以上の理由は知らないのよ。まあ延期と言っても1か月後くらいだからさ。それまでお楽しみってことで」
いいながら手を合わせてごめんのようなジェスチャーをする蓮沼先生。三好もこれ以上の追及は意味がないと感じたのか、はーいと席に座った。
案外とあっさり引くんだなとおもう天川だった。1か月ってそこそこ長い延期だと思うが。
「今回の件に限らず『選別』は何かしがの理由で2か月くらいまで遅れるのが往々にしてあるから、そこまで気にすることではないわ。それじゃあ、気を取り直して君たちの自己紹介からはじめましょうか」
その後。
特になにということもなく終えた。
拍子抜けという意味では天川が一番そういう感想ではあった。魔法という概念のない世界で生きていた天川にとって単純に興味があったから。才能があるかどうかはべつとして。
しかしま。入学式やらなにやらでそれなりに疲れていたのでこれはこれでいいかと帰る支度をしていると
「天川。一緒に帰ろうぜ」
幸いにも、天川と実家の方向が同じである程度近所に住んでいた望月にそう誘われた。天川にとっては断る理由もないし、むしろ歓迎だ。
ただ、一緒に帰る人がいなくても、それはそれでアルマと適当にだべりながら帰れるのでありではあったが。それでも今後を考えれば前者のが断然よい。
望月の誘いを受け、二人で帰ろうとすると
「お二人さん、あーしも一緒に帰っていい?」
三好が声をかけてきた。
結局、蓮沼先生が来て以降も話が合っていたせいか、他の女子とは話さず天川と望月と共にいた三好。
望月は俺は別にいいけどと、流し目で天川を見ながら答えた。当然天川にも断る理由はなく、首を縦にふる。
「やったー。ねね!どっか寄ってかない?このまま帰るのつまんないしさー」
といたずらながらも可愛らしい笑みをみせる三好。
付き合いが長いならまだしも、初日なら女子同士で帰りそうなもんだけどもと思う天川だったが、まあたまたまそういうこともあるだろうと深く考えることをやめた。
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「おー、天川?…やっぱ天川じゃねえか。久しぶりだなあ…なあおい」
「ようやく家から出てきたと思ったら早速女連れか?金で釣ったんか」
「…!?………ふん」
天川、三好、望月が並んで廊下を歩いていたら、あからさまにガラの悪そうな3人に呼び止められた。
正確には天川だけだろうが。
「…げ!?『北沢ら』じゃん。…どうする?天川」
ひそひそと天川に声をかける望月。
なるほど。こいつらが天川翔をいじめていた連中かと自分事ではあるが他人事でもある(ややこしい)ので特に動揺もせず対峙する。
「なあ。すぐ終わるから少し付き合えよ天川。俺たち友達だろ?」
北沢ら。の一人が嫌らしい笑みを浮かべながら言う。
3人。そのうち二人は天川より少し背の低い160くらい。そして中心にいるごつい男。175はあるだろうか。中一とは思えないがっしりとした恵体。こいつがおそらくは北沢。全員表情がヤンキーとまでもいかないまでも不良…ファッション不良と言った感じだ。
単純な喧嘩なら脇二人ならまだ勝てる見込みがありそうだが、北沢には勝てなそうだと天川が分析をしていると思わぬところで声が上がった。
「天くんはあーしたちと一緒に帰るの!邪魔しないでよ!!」
三好だった。結構な声量で叫んだため、周囲の注目が集まった。北沢らも女子の三好がそんな行動に出るとは思ってなかったようで、かなり動揺していた。というより、中心である北沢が一番不自然なくらい動揺をしていた…ように見える。
天川自身も三好の行動にはびっくりした。
…なるほど。この三好稲葉という女子。
13にしてすでに素晴らしい精神性を持っている。
ならば。
精神はおっさんの天川がそれに守られるわけにはいかない。
この場合、戦うべきは自分なのだ。
確実に勝てる自信はないが。
逃げられない戦いもあるのだ。
…まあ、負けてもいいさ。負け戦には慣れてる。
「ありがとう、三好さん。でもこの人らとも『友達』だからさ。ちょっとだけ待っててよ?終わったら連絡するからさ」
「天くん…?」「…天川」
望月と三好にしか聞こえないような声でいい、北沢らに近づく天川。
「わかった。君らに付き合うよ」
「おお…!?わかりゃいいんだよ」
北沢の脇にいる男がそういい、天川と3人がその場をはなれた。
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《天川。能力ならいつでも授けられますのでご安心を》
北沢らに人気のないところまでついていく過程で、アルマが笑顔でそんなことを言ってきた。
《いままでのやりとりで俺が、こんな『しょうもないこと』を解決するために能力を望むとでもおもうのか?》
《思いませんけどね。しかし圧倒的力でねじ伏せるというのはとても快感で愉快なものですし、万が一ということもありますから。ところで私と話をするときと、あなたの同級生や親と話すときの言葉遣いが大分違うようですが、猫を被っているという認識で合っていますか》
《猫被っているっていうよりはこれも試しの一種だな。せっかく転生したんだから、気弱で丁寧な男子を演じたらどうなるのかなって。見た目も優男子ってかんじだし》
《率直にきもいですね》
《うっせえ》
とまあ、いじめっこらとこれからやりとりをしないといけないのに、漫才的なやりとりをしている緊張感のない天川とアルマだった。
そんなこんなで。
校舎裏。
こんなベタな場所でベタな要求をされる天川。
「じゃあさっそくだけど財布だせよ。金持ってんだろ」
北沢らの脇にいる男がそういう。金を要求される系のいじめか。
「お金払うのはいいんだけど、引きこもり過ぎて君らの顔をあんま覚えてなくて…北沢くんに…」
《アルマ。北沢以外の名前を教えてくれ》
《まったく…私はどら〇もんじゃないのですが…それくらいはまあいいでしょう。話しかけた小太りが東野といい、もう一人のやせが谷町といいます》
《さんきゅ》
「…東野くんに、谷町くんであっているよね」
いいながら財布を取り出し一万円を差し出す天川。すると東野が笑いながら天川から一万円札を奪うように受け取る。
「…あっているぜ。相変わらず羽振りがいいなあ、天川きゅん」
「よっしゃ。これで遊びにいこーぜ、北沢くん」
「出来れば、これで最後にしてほしいんだけど………ぐっ!!」
東野の拳が天川のみぞおちにさく裂した。かがむほどではないが、それなりに痛い。
「卒業したら最後にしてやるよ。ぎゃはは」
谷町が捨て台詞の如く吐き、その場を離れようとする3人。
…想定外だったな。もうちょっと暴力やら受けると思ってたが。
まあ…それはそれで十全とも言えるけど。
《つまりませんね…。どうせなら天川の奥歯を折るくらいの拳を振るえばいいのに…使えないやつらですね、くそが》
《おいこら》
アルマの暴言はさておき。
若干拍子抜けで終わったもののそれはそれでいいかと天川が踵を返した刹那。
「まて」
「!?」
いきなり北沢に羽交い絞めにされた天川だった。