6,望月主水と三好稲葉と属性選別と
中学入学式は無事終わった。
天川の母は予想通りというかまあ、大泣きしていた。
親だからこういう式典で泣くのは珍しくもない事ではあるが、天川が引きこもりだったこともありひとしおだったのであろう。
通常であれば息子である天川は多少恥ずかしがるところではあったものの、中身はただのおっさんで精神は天川夏奈と赤の他人だったので普通に対処できていた。
そんなこんなで。
初クラス分けである。
小学から中学に進学する際、住んでいる地域の関係で同じ小学生の同級生とは別の中学に行くことはままある。中には親のコネをつかって無理矢理違う中学へいく小学生の親友と同じ学校へ行く子供もいた。
天川翔にとってはそもそもそんな知り合いや、友人など当然存在しない。
しかし、成人して社会人になってからというもの、こんな状況は腐るほど経験してきたので今更とまどうとか友達ができるかなーとかいう不安などなかった。
『できないならできないでしゃーない』
人生は諸行無常である。諦めが肝心だ。
そんなことを思いながら、自分の割り当てられた教室の割り当てられた席に座っていた天川。クラスはすでに賑やかになっていた。小学生からの友人や知り合い、そして初見だがすぐに打ち解けあった陽キャグループが楽しそうに会話をしている。
もうすでに孤立気味の天川だったが、特に気にすることもなくなんかみんなあどけないっていうか幼いなーまあ最近まで小学生だったのだから当然かーとぼーっと考えていた。
そんなとき。
「おい、お前どこ小?南雲小じゃないよな?見たことねーし」
天川の隣にいた男子が天川に話しかけてきた。無造作っぽい短めの黒髪、さわやかっぽい将来イケメンになるであろう顔立ち。ブレザー。
「いや。南雲小だよ。小4の途中で引きこもっていたから、知らないのも無理はない」
天川が無表情でなにもないことのように返す。しかし話しかけてきた男子はげげ!っと、ややオーバーリアクション気味に驚く。
「…まさかあの天川か?違うクラスだったからよく知らなかったけど、北沢らにいじめられて登校拒否になったっては聞いてたけど」
…。予想はしていたがこれでいじめが原因で引きこもっていたのが確定した。それにいじめていたやつの名前を出すあたり、このクラスにそいつらはいないのであろう。
「その通りだよ。中学生になったわけだし、いつまでも家にいてもしゃーないしね」
天川は男子に対して緩やかな表情でそう返す。転生前の天川の事情をよく知らない天川はとりあえず当たり障りのないように対応するしかない。穏やかな表情とは裏腹に内心は様々な思考を巡らせている天川に男子がほっとした表情みせる。
「なんだ。普通そうな奴じゃん。これまで引きこもってたんなら、ここ(クラス)に知り合いとか友だちいないんだろ?俺も仲良かった奴全員違う中学いっちゃったんだよなー。あ、俺は望月主水よろしくなー」
笑顔を見せる望月。これは天川にとって嬉しい展開だ。転生前でも他人に声をかけるのが苦手だった天川に、こういう明るい性格の奴が好意を持って接してくれるのは非常に助かる。
しかもいじめられていた場合、そいつと仲良くすると巻き添えを喰らいかねないと避けられる恐れもあったからだ。
とは言え、中身はおっさんの天川はそんなことで挫けるようなやわなメンタルではないのだが。だがそれでも。こうして気軽に話せる奴ができるのは嬉しいものだ。
こればっかりは大人になっても変わらない。
「僕は天川翔。こっちも話す相手ができて安心してる。よろしく、望月君」
「呼び捨てでいいよ。俺も天川って呼ぶし」
と、ここで望月が思いだしたかのように天川にひそひそ声で言う。
「お前をいじめてた連中…北沢らはA組にいるぜ?だからそこには近づかん方がいい」
さっき大きな声で立川とかいじめられてたとかいってたくせに、今更かよと思った天川だったがとりあえずありがとうと返した。
「…話は変わるけど、入学してすぐに『選別』っていうのをやるんでしょ?お互いなにかの属性があったらいいよねえ」
天川はせっかく話しやすい人ができたので、世間話がてら情報収集のため、選別について話してみる。正直いじめに関してはそこまで興味がなかった。いじめた連中にも興味がない。実際に現在の天川が受けたわけではないし、仮にこれからその被害にあったとして…だ。
天川が本当にただの中学生なら。対抗策もなくいじめに耐えるだけの日々になるだけかもしれない。
しかし、精神は中学生ではないのだ。対抗策はいくらでも思いつく。
と、いうより。
覚悟を決めればいいだけのことだ。
例えば腕力で勝てないなら、武器を使えばいい。
特別な力がなくても、覚悟とほんの少しの知恵があれば。いじめなんてするくだらない連中などわけもなく撃退できる。
例え負けたとしても、やり返すという事実が重要なのだ。
連中は弱いやつを嗅ぎ分け叩くことには慣れていても、やり返されることには慣れていない。
つまりはそれだけのこと。
閑話休題。
「ああ?なに期待してんだよ。無以外の属性持ちなんてクラスに5,6人いればいいぐらいなんだぜ?ひきこもってたにしてもそれぐらいは知ってんだろ?期待したって落胆するだけじゃん」
望月が天川の問いにはははと笑い返した。天川はクラスを見渡す。ざっと30人くらいか…。5,6人いれば御の字ということであれば1/6くらいで無以外の属性を持つやつが出る確率か。
たしかに期待しないほうがいい確率というのは一理あるが、そこまで悲観するほどの確率でもないとも思う天川だった。
…というよりも。
この年代…13,14なんかはもっと夢見がちっていうか…なんかこう謎の自分への期待というか根拠のない自信があるとおもうのだけど…それに反して妙に望月は達観している。まあ、異世界だし酷似しているとはいえ転生前の世界と相違があってもおかしくはないわけだが。
「…あんまりニュースとかネットとか見てなかったからね。でもさーどうしても期待しちゃわない?やっぱりレアな属性とか憧れちゃうしさ」
「あーあー。確かにそうかもしれないけどな。ただ、無以外の属性持ちだったとして、それはそれで結構大変らしいぜ?その時点でその属性の専攻に強制異動させられて英才教育されるらしいかんな。その結果それについていけなくなって落ちぶれていく奴もいるらしいんだ」
「…。落ちぶれたらどうなるの?」
天川がそう問うとここで望月はため息をついた。
「普通のクラスに戻されるだけだよ。とはいえ、それに特化した教育を受けてきたわけだからコンプレックスというか…拗らせるやつが兎角おおい…俺には兄貴がいるからその手の話をよく聞くんだ。なんていうか…無駄にプライドだけ高くなって落ちてきたって感じか?」
なるほど。ここまできて魔法にかんしてネガティブな情報しか出てこない件について。そういや街中に出ても魔法っぽい何かとか見かけなかったなあ。
「なんかさあ。落ちぶれる云々より、そこで成功ていうか、順調に育っていく人はどうなるの?せっかくだからお互い『選別』が終わるまでは夢妄想を想っても良くない?案外、僕も君も属性持ちだったりするかもしれないしね」
天川の言い分に望月は目を丸くした。
「…直前まで引きこもってたにしては無駄にポジティブなんだなおまえ。…確かに…まあ…そうだよなあ。俺もこんなこと言ってるけど、全く期待してないわけじゃないしな」
然り。とはいえ別に天川はポジティブではない。天川のそう短くない人生経験において、自分自身に何度も期待しその結果、何度落胆させられたか。しかし、こういう機会があるとき、自分にはそういうものと無縁だとわかっていても。そう感情を押さえつけても。どうしてもどこかで期待してしまうものだ。
宝くじを買って番号を見る前かのように。
望月もそうであろう。
「ねえ。天川くんっていったっけ?あーしも『そっち』側なんよー。お互い属性持ちだったらいいよね!」
ここで。天川の前の席にいた女生徒が振り向き、声をかけてきた。
茶色がかったセミロングのツインテ。小悪魔的な可愛らしさの笑顔。肌は褐色気味。スマートというよりは華奢な体つき。ブレザー。
突然のことに少し驚く天川だったが、すぐに取り戻し、そ、そっち側?と返す。
「あーしもなんだか知らないけど、きっと自分はレア属性持ちっていう謎の自信あるんよー。みんな防御ぎみっていうの?あんま魔法の話ししないからつまんないじゃんねー。あ、あーしは三好稲葉よろしくなー」
そういたずらな笑みを見せる三好。ちなみに天川は別に謎の自信があるわけではない。別に属性持ちじゃなくても精神的ダメージを受けないだけというだけだ。
仮に、三好と望月が属性持ちで、天川がそうじゃなかったとして。二人が逆の立場なら傷つくかもしれないが天川はそれならそれだけのことでしかないとおもうだけだ。
努力や工夫でどうにかできるものなら一考はするかもしれないが、自身ではどうにもできないことに悩むステージはとうに過ぎているのだ。
…。
とまあ…そんなことを言ってしまえばドン引きされるに違いない。ドン引きされないにしても達観しすぎていると距離を置かれかねない。なんか知らんけどもう一人(しかも女子)の話し相手が出来そうなのにそれは惜しい。
「よろしく。その様子だと色々と知ってそうだね。聞いてたかもしれないけど僕は引きこもってたからさ。色々と教えてくれると助かる」
と、天川が三好に笑顔を返すと、望月の方に顔を向ける三好。
「話に混ざってええかなー望月くん?」
と変わらず小悪魔的な笑みを今度は望月にする三好。
「ん?ああ、いいぜ別に。俺もなーんか謎にそんな気がしてきたしな…はは」
楽しそうにする三好に望月も毒気を抜かれたのだろうか。しかし、この三好という女子はいきなり会話に入ってきていながら、望月のこともちゃんと気遣っている。
うーむ。なんかいやな予感がしてきた。
「じゃあ望月くんの代わりに、ヒッキーだった天川くんに説明したげる。無以外の所謂『レア』属性に選別された生徒は午後の授業は全てその属性による授業に変わるんだ。あと家庭科とか5教科以外の科目もその授業に変わって、勿論そのテストは全て免除されるんです!」
そしてそしてーさらにーと人差し指を立てテンションを上げながら話す三好。
「その属性顧問の先生に選抜されると魔法学対抗戦に出場できる権利が与えられるのです!」
「…おおー」
あまりよく理解していないが、適当に手を叩いて驚くふりをする天川。すると天川の本音をすぐに察知したのか、口を膨らませる三好。
「あー、全然その凄さをわかってないでしょー天くんー」
「…天くんてだれですか。そんな人は知らないんですけど」
「うえ!?ヒッキーだった癖にそう返すんだ!なかなかやりますなー。こんな美少女がせっかくあだ名で呼んでやってるのにさ!」
と天川の返しに今度は三好が手をぱちぱちと叩く。
…ちょっと博打な返しだったが好印象を得られたようだ。
…。
エロゲかよ。心の中でそう自分自身に突っ込む天川だった。
「対抗戦てのは、各属性顧問の先生がその属性クラス最強の生徒を選抜してチームを組み、学校対抗で魔法のバトルをすることさ。簡単に言うなら魔法のインターハイってとこか、高校じゃないけど」
話が逸れたと思った望月が繋いだ。せっかく戻してくれたのだと天川も望月に続こうと思ったが、少し考え、そして思わず笑ってしまった。
「?」
「?どしたん?天くん」
「…いや。インターハイって例えが妙に…言いえて妙だと思ってさ」
変わらず?マークの二人に天川は別に大したことじゃないんだけどと続ける天川。
「聞く限りその魔法学対抗戦って魔法の才能がなきゃ出れないわけじゃんね?しかもその中でさらに選りすぐりでないと駄目ってわけでさ。じゃあ魔法の才能無しでも出れるインターハイに例えるのっておかしくね?って思ったんだけど」
天川の言い分に望月があー確かにと言いかけると被せて天川が返す。
「そもさんインターハイもそのスポーツで才能があるやつしか出れないじゃんねーって思ったわけ。…まったく、この世は凡人に対して諸行無常ですなー。…ねえ?お二人方」
ここで初めて歳不相応なくたびれた笑みを見せる天川に、二人には返す言葉が見つからなかった。