4,生と死。
《なあ、あの女の子って何者だったんだろうな》
帰り道。カジュアルなファッションに変わったアルマは機嫌よさそうに歩いていた。一方の天川もアルマとの買い物をそれなりに楽しんではいたものの、六文銭舞雪と名乗った少女がいつまでも頭から離れなかった。
《…あの女の子?…ああ、美容院の前で出会った、やたら縁起の悪い名前の少女のことですか?》
アルマは顔をあげ、顎に指を当てぼーと考えるようにつぶやく。天川とは違いあまり興味がないと言った感じだ。あの少女が本当にアルマの事を看破していたのかはわからないが、死神と形容されたことを不快と思わないのだろうか。
《死神ときいて、天川はどんなイメージを抱きますか?》
天川の思考を読んだのかそう問うてくるアルマ。ていうかあのブティックからナチュラルに呼び捨てされている。…まあ、アルマとの距離が縮まったようで悪い気はしないが。
《…それが良いか悪いかって話か?》
《そうです。あなたの想像する死神のイメージで構いません》
《…悪いんだろうな。俺の知っている漫画やアニメでも大抵は碌な存在じゃないし。タロットでも恐怖を象徴するような見た目をしているしな》
天川は骸骨が大鎌をもった姿をイメージした。本当に勝手なイメージだが、酔狂で人の命を刈り取っていく…愉快犯みたいな感じ。
天川の悪いとは言いつつも少しだけ煮え切らない言い方に、眉を顰めるアルマ。
《私はあなたのイメージでと問うたのです。あなたの知っている物語のイメージではありません》
アルマも天川の性格をだんだんと把握してきたようで、本当のことを言っていないことを察したようだ。
《…あー、本音を言うと良い存在だとは思うけどな。ていうより、そこら中に転がっているわけ分からん
くその役にも立たない神様連中より必要な神様だとはおもう》
天川の言うくその役にも立たない神様というのは、例えば。初詣に今年一年良いことがありますようにと願った直後。…あとは想像に任せよう。
天川の本音にアルマは満足そうに頷いた。まあ、大抵の神様というものは金もうけのために作成されたまがい物ですからと笑う。
《…人に限らず、あらゆる生命体は不平等な条件下で生を受けます。しかし、どんな好条件で生をうけたとしても決して抗えない運命があります。そしてそれは。唯一全ての命と共に平等に与えられるもの》
《絶対なる死って奴か》
《その通り。そしてそれを司る死神というのは、とても尊き存在なのです。あの少女が何を持ってして死神憑きと言ったのかは知りませんが、それで私が不快になるということはありません故》
《…なるほどね。話が逸れたな。戻るけどアルマは気にならないのか?見えないはずの自分の存在を気づいているかのようにほのめかすやつを》
天川の問いに別にと答えるアルマ。
《というより、あなたが心配すべき事柄ですからね。ですから私に聞いているのでしょうけど…現時点で一つだけいえるのであれば…もうあの少女とは出会わないことを願ったほうがいいかもしれません》
《どういうことだ?》
《六文銭舞雪という名前…六文銭は三途の川の橋渡し金。舞雪はスノードロップという花を意味します。そしてその花言葉は『あなたの死を望む』です。私から言わせれば彼女の方があなたにとっての死神になりえるかもしれません》
アルマに言に、そりゃあ楽しみだなと手を広げ嘯く天川。
《ところでさ。死は誰も免れない運命だって認めたよな?例えば俺が、死なない能力…まあそれに準じた能力を望んだ場合どうなる?》
《あなたが望むなら。勿論可能ですよ?》
返答に困るかなと思って質問した天川だったが、アルマはにこやかにそう返した。
《いや、興味本位で聞いただけだ。忘れてくれ》
天川がそう手を振ると今度はアルマがつまらなそうな表情を見せる。
《せっかくですから死なない能力にしない理由を聞かせてください。不老不死なんて素敵じゃないですか》
そういいつつにやけるアルマに、心にもないことを言うんじゃねえと天川は思いながら答える。
《不老不死ね…。考えたんだけど、仮に何かしがの理由で肉体が滅びたとしてだ…不死なんだろ?その場合、意識だけが生き続ける場合もあるなと思ってぞっとしただけさ》
天川の答えにふふふと微笑するアルマ。
《…ああ、そういう考え方もあるのですね。率直に面白いです。…そうですね、それは賢明な判断といえます》
満足そうに頷いたアルマは足を少し早めて、天川に急ぎましょうと促す。
《明日はあなたの中等部入学の日なのですから、早く帰宅をして準備をしないと》
機嫌よさそうに天川の前を歩くアルマ。金髪のロングヘヤーが美しくたなびく。
天川は思う。
アルマは死が絶対に逃れられない運命だと認めた。だが能力でそれを拒絶することが出来る矛盾。
それを解釈すると。
【死を拒絶した時点でそれはもう生物と呼べる存在ではなくなるという事】
【そしてそんな存在にはなんの価値もない】
とアルマは言いたかったのではないかと思った。
そう思った理由には。天川も似たような思想を死に抱いていたから。
「…考えすぎかね」
そうつぶやき、アルマの背中を追う天川だった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ただいまー…」
天川がそういいながら玄関のドアを開ける。
するとどたどたと、玄関に向かう足音が聞こえてくる。
「おかえりなさいっ!!どうだった!?」
「…」
割と予想していたが『今の』天川の母、天川 夏奈がテンション高く天川を出迎える。エプロン姿である。夕飯を作っていたのだろう。
…どうだったも何も買い物をしてきただけなのに。まあ、長年?引きこもっていた我が子がようやく回復の兆しを見せてくれたのだ。テンションを上げるなというのが無理というもの。
なので若干引きつった笑みで天川は母に返した。
「…ああ、髪切ってすっきりしたし、欲しいものも粗方買えたよ。あっ、これお釣りね」
天川は荷物を置き財布から余ったお金を財布から取り出す。
結局、散髪代含めて1万程度しか使わなかったので、9万弱を夏奈に返そうとした。
天川の言葉と行動に夏奈はは両手を口にあて涙目になる。
「…ごめんなさい!!気づかなくて…!とっても似合っているわよ!それにもっとお金使ってもよかったのに…」
天川の予想通りの反応を見せた夏奈。…ちょっと良心が痛むが畳みかける。
「いや、今まで散々迷惑かけていたわけだし…」
そうばつが悪そうに頭を掻く仕草をする天川。
するとそんなことないよ!と天川の差し出したお金を突っ返す夏奈。
「子供が親に迷惑をかけるのは当たり前なんだから!これから中学生になるんだからお小遣いとしてとっておきなさい!」
「…。じゃあ、1万円だけ頂戴。残りは母さんが預かっててよ。無駄使いしちゃうかもだからさ」
「!?そ、そうだね!欲しくなったらいつでも言ってね。じゃあ、夕飯もうすぐできるから荷物を片してきなさいな」
そう、浮かれながらキッチンへ戻っていく母。完全に見えなくなったところで深くため息をつく天川だった。
《…なるほどです。これがカードではなく現金にしてもらった本命の理由ですか》
ここでアルマが介入してきた。鮮やかな金髪のロングヘヤー、白色のチビtシャツに黒のミニプリーツスカート。
《予想はしていたものの、まさか全額お釣りをもらえるとは思わなかったな…これで当面の活動資金問題は解決したものの、あのテンションの母にしばらく付き合わなきゃならないのは気が滅入るぜ…》
そう肩を落とし、二階の自室への階段を上り始める天川。
10万円は本来中学生には過ぎた金額であるものの、精神がおっさんである天川にとってはそれぐらい自由になる金が欲しかった。
無論、いろんな意味で。お金は大事。
《しかし、回りくどいですね。そんなことをせずとも、あの調子なら無心すればいくらでも貰える気がしますが?》
天川の後に続くアルマがそう問う。
《昨日の夕食の時に、俺の親父の話をちらっときいたろ?長期出張でいないらしいじゃないか。ならなるべく『いいこ』を演じて、現在の母を少しでも安心させてやらんと。とはいえ、金は色々と必要で。いくらあっても困るもんではないからな。ウィンウィンの立ち回りってわけだ》
ただお金を頂戴とせがむのではなく、貰ったお金をできるだけ消費せず返すことで、逆に自分のものとする立ち回り。母の心証を上げつつ金もせしめる。
それを聞き、目を細めるアルマ。
《…あの段階でそこまで考えての行動だったのですか?だとすれば感心すべきことではあるのですが…何故かそうは思いたくはありませんね》
アルマの物言いにそりゃあ当然だろうよと自室の扉を開けながら答える天川。
《俺の人生なんて7割以上、建前と小賢しい立ち回りで塗り固められていたからな。ギャルゲーの選択肢みたいなんのが常に頭に浮かんで…常に最適解を求めている。…あんなに嬉しそうにはしゃいでいる母親を目の前にしてもそんなことばっかり考えてるんだぜ?本当に下らねえだろ?お前の言う通り、もっと考えないで…なんかこう…スカッと生きたいもんだよ》
そう言いながら。ドサッと荷物を乱暴に置き、ベッドにドサッとうつ伏せに倒れる天川。
思い出す。
毎日毎日、心にもないことを言いながら対応する、会社の日々。
皮肉なことに、そんな嫌いな自分の経験が、そこそこ役に立っている。
嫌になる。
…早く死にたい。でも死にたくない。
それを聞いたアルマが部屋にあった椅子に腰をかけ、細めた目を戻し笑顔を天川に返す。
《…せっかく転生したのです。『これまで』のあなたがそうなら。『これから』のあなたはそう、少しづつ修正していけばいい。…少なくても。今のあなたの思考は…私は嫌いではありません故》
初めて天川の生々しい弱音を聞いて。その内容に好感を抱いたアルマはそう返した。
《…努力する》
俯いたままの天川だったが、ほんの少しだけ。頬を赤らめさせていた。
よろしければ前作、『魔族専門孤児院経営者の…マオーさまっ!』も読んでみてください。