3,六文銭舞雪と名乗った少女。
翌日。
結局母から10万の現金を貰った天川だった。
そんなにいいよと天川はいったが
「余ったら返してくれればいいから!」
と笑顔の母だった。
まあ…言われた通り余れば返せばいいかと家を出る。郊外の一軒家でそこそこの二階建て。中の上くらいの経済状況の家庭なのだろう。
時期的に春なのでカジュアルシャツにカーゴパンツというラフな格好を天川はしていた。引きこもりとは言え、母、夏奈が衣服は色々と買っていてくれてたらしい。
《さて。先ずは何から始めましょうか》
アルマが天川に語り掛ける。なんでお前がそんな乗り気なんだと思ったが、まあこういうのも悪くないと思う天川だった。
《とりあえず散髪かね。正直鬱陶しくて敵わん。これからに必要な買い物はその後だな》
言いながら自分の伸び切った髪を弄びながら答える天川。
《いいですね。せっかくですから駅前の高い美容院で格好よく決めてもらいましょう。見た目はいくら良くても悪いということはありません。それに『今の』あなたの顔面偏差値はそこそこ悪くありませんし》
…『今の』を強調するあたり悪意を感じるが実際その通りであった。自分でいうのもなんだが…いや正確には自分ではない(ややこしい)が今の天川の顔立ちは悪くない。やや優男という感じの整った顔。髪を切れば清潔感も相まってかなり見れるようになるだろう。
一方前世の天川の顔は中の下と言った感じだ。
《見た目はいくら良くてもいいってのは同意だな。だけどもう髪を切りに行く店は決まっているんだ。昨日ネットで調べておいたからな》
天川の返答にへえーと感心したような声を漏らすアルマ。
《ファッションとかそういうのには無縁な方かと思っていましたが…あなたがどんな美容院をチョイスしたのか興味がありますね》
《ん?正直興味ないけど?ただ駅前ってのは合ってるな。駅前にあるデパートの中にある店だ》
《…》
変わらず思考の見えない天川に黙るアルマ。とここで天川からアルマに一つ要望される。
《なあ。脳内に語り掛けてくるのは構わんけど、姿を現してくれないか。脳内とは言えそのほうが話しやすい。別にまがいもんでもいいからさ。そうしたところでどうせ俺以外の奴らには視認できないんだろ?》
《…あなたがそう願うなら。別に構いません》
天川の目の前にフランス人形のような恰好をした色白美人がいきなり現れた。
《!?…お、おう。あんがとな》
結局アルマに直接会ったのはこれで二回目だった天川だが改めてアルマを見ると、美人で若干動揺してしまった。自然と顔が少し赤くなってしまった。
《どうしました?先を急ぎましょう》
知ってか知らずか特に何もないと言った感じで天川の先を歩きだすアルマだった。
ーーーーーーーーーーーーーー
《ここは…これがあなたの選んだ美容院ですか?》
駅前のデパート内にある美容院。そこにはでかでかと1000~2000円でカットできます!という看板が掲げてあった。所謂格安カットの美容院である。
《ああ。髪は朝洗ってきたからシャンプーの必要はないし、安いし、早く終わるしで、最高だろ》
店内は休日のためかかなりこんでいたが、天川は構わず椅子に座り順番を待つ。
《…安かろう悪かろうとは言いませんが、もう少し奮発しても良いのでは?それにこの込み具合…これでは日が暮れてしまいます》
そう愚痴るアルマにいいから待っとけと言う天川。
《こういう店は回転重視だからな…まあ1時間もすれば順番回ってくるんじゃね?そもさん、奮発できたところで予約もなしでそういう店でいきなり切ってもらえるとは思えないしな》
《…それは確かに…そうですね》
得心したアルマは天川の隣の席に座った。ちなみにその椅子は既にほかの客が座っていたがアルマにとっては関係がなかった。なぜならアルマはこの世界において幽体のような存在であり、天川以外にはその存在に気づけないし、重なったとしても何も起きない。空気のようなもの。椅子に座れるのはあくまでアルマのイメージによるものである。
一方天川にとっては違和感バリバリであったが、ここにつくまで車を貫通したことや歩いていく人をすり抜けていくのを何度も見てきたので少し慣れてきていたのだ。
ほどなくして。
天川の予想通り一時間ほどで天川の番がきた。
《本当に早いのですね…それでいて雑な感じもしない》
感心したように頷くアルマ。
《まあ、そういうコンセプトの業務形態だしなー。要は6000円で一時間で一人捌くか、1500円で一時間で4人捌くかの違いでしかないから。根本的に腕にそこまでの差はないと思う》
《…なるほど。つまりどちらでも同じこと》
天川はそんなに関心することかねえと思いながら散髪台に腰をかけた。
「今日はどんな感じにしますか?」
25歳くらいの女性の美容師にそう聞かれる。
「えーと、センターパートっぽく後は適当に短くしてくれれば」
「わかりましたー」
後ろに結っていた髪が解かれ、ぼさぼさになった天川の髪が解放される。その後、鋏の心地よい音色と共に天川の髪が短くなってくる。
ほどなくして。
《…これはなかなかどうして恰好いいじゃないですか》
アルマが愉快そうに笑う。…。まあ我ながら確かにとは思う。だが本来の自分ではないと思うと若干思うところはあったが。
ただすっきりしたことは間違いないので機嫌よく、アルマに行くぞと店を出ようとしたら。
「…はあ、やっぱり混んでるなあ、嫌になる」
一人の少女が美容院の入り口に立っていた。
日本では珍しい腰まで届く鮮やかな金髪で、歳は天川と同じく13前後か…健康的な肌色で可愛らしい美少女。歳に見合わない白衣を着ていた。憂鬱そうにため息をつく少女を思わず見てしまった天川だったが、目を逸らし美容院を去ろうとする。
「ん?ちょっと!!そこの君!」
天川の背中に向かいそう呼び止める少女。
「?」
振り向いた天川だったが、自分の事かと一応自分の指で自分をさすと、少女は頷く。
天川に不用意に近づきまじまじと顔を見つめる。なんなんだと若干顔を引きつらせるも少し顔を赤らめる天川。その後少女は周囲を見渡した後、醜く顔を歪ませた。
「君…『死神』にとり憑かれているね?」
「!?」
《…!》
天川は驚きの表情を隠せなかった。アルマも天川ほどではないが目を見開いている。
本来であればこんなことを言われても、新手の宗教勧誘かとしかおもわない天川だったが、死神かどうかはともかく『そういうの』が憑いているのはたしかだ。
…この少女は何者だ?
「なんだい?自覚があるっぽいねえ…。気分転換に髪を切ろうとしたら案の定混んでて、イライラしていたら、その美容院で『死神憑き』に会えるとは…これも『いい縁』なのかな?」
見た目にそぐわない喋り方をする少女。言葉を失う天川を尻目に構わず独り言のように続ける少女。
「…。帰ろうと思ったけど、この美容院…『いい縁』かね?たまには待つのもわるくないか」
とごちるだけごちって、踵を返し美容院へと向かう少女。
「…!…あの!?」
ようやく気持ちの整理が少しついて辛うじて少女を呼び止めることが出来た天川。
少女は振り返らず立ち止まる。
「…き、君は」
呼び止めたものの、何を聞けばいいかわからない。まさかアルマのことを言うわけにもいかない。言葉が詰まってしまう天川だったが、しばらくすると少女が振り向いた。
「私は『六文銭舞雪という。…なに、焦ることはない。君と私に『いい縁』があれば…あるいは『悪い縁』があれば…また再開することもあるだろうて」
と、またも歳不相応の妖艶な笑みを見せて、六文銭と名乗る少女は美容院に消えていった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
デパートのとある家電屋。
《スマホがあるのになぜそんなものを購入するのです?》
あのあと。アルマは六文銭という少女について何かしがの反応があるかと思いきや、特に何もなかった。
ただ天川の買い物に付き合っていた。
《ん~、俺自身がどういう経緯で引きこもりになったかは知らんが、『ポピュラーな理由』であればスマホとは別に防御策として『こういうの』は必要だ》
クレカではなく現金にした理由の一つだ。こんなのを購入したことを親にばれれば、余計な心配をさせかねない。
《…大体の使い道は想像できましたが、まどろっこしいですね。私の能力を使えば容易に学園ハーレム無双も可能というのに》
事あるごとに能力を授ける方向にもっていこうとするアルマ。ただ、それはそれで楽しい。意見が違うと話も盛り上がる場合もある。
《能力の暴力もそれはそれで悪くないけどな。ただ、その他に対処できる手段があるのなら、それを試してみてからでも遅くはない。…さてと。欲しいものはあらかた買ったし、帰るか》
そもそも天川にとってハーレムとか無双とかはあまり食指が伸びる事柄ではなかった。勿論前世でそういったアニメや漫画をみて妄想したことも多々あったが、いざ選択肢としてそれをするための能力…例えば異性を魅了する特殊能力があったとして。ハーレムのためだけにその能力を得たいとは思わない。
別に前世で女に困ってなかったとかそういうわけではないが、天川にとっての最優先事項ではない。
《ではあなたにとって何が最優先事項なのですか?》
そうアルマに問われる。
それがわかったら苦労はしない。果たして自分自身のことをちゃんと理解している人はどれくらいいるのだろうか?
そう自問自答しながら歩いていると、デパート中の一つの店舗。ブティックの前でアルマが立ち止まった。
《んだ?この店になにかあるんか》
物欲しそうにブティックを見つめるアルマだったが、天川の問いに、はっとなり慌てて返事をする。
《…いえ!?あのですね…そう!そうです!せっかく髪型も良くなったのですから、ファッションにも気を使ってみたらとおもいまして…》
といってもここは女ものの洋服屋だろうにと思った天川だったが、アルマをみて一つ思いついた。
《…ああ、せっかくだからお前さんの新しい服でも選んだらどうだ?そのゴテゴテしたドレスも悪くないが、現代風のファッションも似合うと思うな》
冗談半分、本音半分に言う天川。色白美人で、女性として出るべきところが出ているアルマは何を着ても素晴らしい見た目になると思っていた。
《…!?…あなたが望むなら…やぶさかではありません》
と、いうが早いかブティックに
そそくさと入場していったアルマだった。
冗談半分でいったのに…。そもさん幽体のような存在なのに服なんて選べるのかと思ってみていたが、気になった服を手に取って喜々として吟味するアルマだった。
…まあ、望む能力を他人に授けることが出来る時点でこういうことぐらい朝飯前なのかと、深く考えることをやめた天川だった。
《天川!天川!これなんてどうです?私に似合っているでしょうか?》
カジュアルなチビtシャツを自分にあてて、にこやかに天川にそう聞くアルマ。
一方の天川は女性の衣類コーナーに一人でいる男子ということで、遠巻きからの店員の若干の訝し気な視線が痛かったが多様性の時代ということで、まあ許されるだろう…かなりたぶん。
《あー、取り合えず試着してみれば?》
天川がそう答えると、あ、そうですね!と軽快な足取りで試着室へと向かうアルマだった。
実際に服を手に取ると言っても、アルマの場合アルマの精神イメージによるものなので実際にある服はそのままハンガーにかけてある。すべては天川とアルマにしか視認できない状況。
《…どうです?》
試着室のカーテンを開けたアルマ。ぴっちり目の胸が強調された白チビtシャツに黒のミニプリーツスカート。ドレス姿ではよくわからなかったが、色白な肌とは裏腹に意外と肉付きがいい身体。
すでに素晴らしい見た目だと思っていた天川だったが
《…そのヘッドドレスっていうの?外してみたら?》
とアルマの頭部を指さしながら提案してみた。
《…?ああ、確かにこの服装でこれはあいませんでしたね。それでは》
アルマはヘッドドレスを外し、まとめられていた金髪がわさっと広がる。
鮮やかな金色の腰まで届くストレートヘアーがあらわになった。色白だが健康的な肉付きで、なんていうか…素直に天川は美しいというか…エロいとかんじた。
《…実在してないのがもったいないくらいだよ。目の保養になるから、定期的に服装を変えてくれ》
《…あなたが望むなら、やぶさかではありません♪》
よろしければ前作、『魔族専門孤児院経営者の…マオーさまっ!』も読んでみてください。