2、天川くんのお姉さま…?
「!!?」
翌日。
天川はがばっと起きた。
全身が汗でびっしょりになっている。
それ自体は珍しい事ではない。悪夢から目を覚めた時はだいたいこんなものだ。
だが。
今回の夢はやけにはっきりしすぎていた。
そしてあの少女…。
《…大丈夫ですか?大分うなされていましたが》
アルマが心配そうな顔でそう伺う。
《いや。ただの悪夢を見ただけさ。しかしじぶんでも碌でもない夢を本当よく見ると思うよ。しょうもない》
そうむくりと起き上がる天川。
「…んああ。まだ体はだるいけど、大分マシになったかな?アルマ、シャワー浴びてくるから適当に時間つぶしててくれ」
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シャワーを浴びつつ昨晩見た悪夢についてかんがえる。
(…水無月、…霧雨)
普通、夢というのは大体現実世界で見た物や記憶に大きく左右される。
天川自身は化け物に襲われる悪夢を見ることが多かった。
ただそれは天川がホラーゲームやゾンビゲームが大好きだったのでそういった事情からと諦めていた。
悪夢は見たくないけど、上記を止めることはそれ以上に嫌だ。
まあ、単純に日常生活からのストレスが原因なだけかもしれないが。
とはいえ。
昨晩見た悪夢はそれにくらべても異常だった。
鮮明に覚えている。例えるなら初めてアルマと出会った場所…転生する場所だったか?
それぐらいはっきりしていた。
そして水無月霧雨と名乗った少女…。
当然天川にそのような知人はいない。
転生前も後も。
(たかが…夢といえばそれまでだけどな。しかしこの世界に魔法という概念があり、実際に異世界転生という滅茶苦茶な体験を現実にしている以上、これが予知夢である可能性も考慮せざるを得ない)
そうぼーっと考えながら風呂につかる天川。休日なので朝からゆっくり湯船につかれる。
風呂っていうのは考え事をするのに最適な場所だ。
(それならば案外早くに身を守る手段を講じていかないといけないかもしれない…な。とはいえアルマから能力を授かるのは論外として…そこらへんは六文銭に相談してみるのもいいかもな)
六文銭舞雪。
時属性の顧問であり、時魔法の第一人者。
VIPであるが護衛を必要としない武力を持つ。
(…悪夢が正夢になったら嫌だから何か身を守る手段を教えてくれって言ったら、…流石に馬鹿にされるかね…?…ああそういや魔法って勝手に使ったらダメなんだっけ?…だったらそこまで慎重にならなくてもいいのか?)
自問自答を繰り返す天川。
(…とりあえず海に近づかないことと、もし万が一水無月霧雨という少女が実在した場合。早急にその場から離れることだな。…今できることはそれぐらいか)
あの夢では浜辺にいた。どこの浜辺かはわからないがそれならば海にさえいかなければ物理的にあの少女に会うことはない。…単純だが明快な対策だ。
君子危うきに近寄らず。
そう、生き残るためには危険からいち早く逃げることだ。
(…、夢もそうだけど母さんに時の試験を合格したこと、流石にさっさと言わないといけないなあ…あー面倒くさい言いたくない)
一転して無表情だった天川の表情が曇る。現在の天川の母である天川夏奈は天川のことが大好きだった。まあ、母親だから当然なのだろうが。多分学年でたった一人の合格者だと言ったら…発狂で済めば御の字といったところで、その母の相手をするのが今から憂鬱だったのだ。
(まあ、これこそ贅沢な悩みと言ったらそれまでだな。遅かれ早かれ言わなきゃいけないんだし風呂あがったら言うかね)
そう多きく息を吐き、湯船から上がる天川だった。
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案の定。
「!!!!!?????おおおおおおおおおおまでとう!!!!??翔ちゃんっ!!!!」
「…ありがとう母さん」
報告するなり、天川夏奈は発狂しながら天川に抱き着いた。
セミロングのややウェーブのかかった髪。普段着にエプロンをしている。
喜びの余り噛んだり、目から多量の水を流したりとにかく忙しかった。
「お母さん本当に翔ちゃんが合格できると思ってたわよ!?ああ!!?今日の夕飯は外食決定ね!焼肉、お寿司、ステーキ!翔ちゃんの食べたいもの何でもいいわよ!?思いっきり高い店でお祝い…」
そう狂喜乱舞が止まらない傍らで。
…。合格できると思ってたならなぜそこまで喜ぶのだろうか?と野暮なことを考えていた天川だが、息子が難関試験に合格したのだ。これも自然な反応とは言える。
「…母さん、喜んでくれるのは嬉しいんだけどちょっと苦しい」
「ああ!!?ごめんなさい。母さんあまりにもあまりにも…ね?」
とここでようやく天川を離した夏奈。
少し冷静さを取り戻し、ハンカチで涙を拭う。
「ところで母さん。夕飯の事だけど…」
「うん!!何でも言って!?」
「…」
今度は天川の手をぎゅっと握り食い気味に迫る夏奈。たじたじになっていた天川だったが、ようやく口を開く。
「…実はさ。僕が合格できたのは僕だけの力じゃなくて友達の協力があったからこそなんだ」
天川は言いながら思い出す。
海野七海。心属性の三番目の友人。あいつがいなければ心属性の変化が出来なかった。
由利仇花。上級生の友人。無属性だが魔力コントロールに秀でており、属性融合を可能に出来たのは彼女の功績と言える。
「!?翔ちゃん!友達出来てたの!?」
ここでまた手で口を覆い大粒の涙を浮かべる夏奈。
…。うがった見方をすればどんだけ馬鹿にしてるんだとは思ったが、天川の精神が宿る前の天川翔は引きこもりなので、これも自然な反応と言える。
「…うん。だからそのお礼に家に招いてパーティーしたいんだけど…いいかな?」
天川の問いに夏奈は力強く頷き当然よ!!と親指を立てた。
「いつでもいいからね?…ああでも準備があるから三日前ぐらいには言ってね。その時は奮発してお寿司とピザ頼んじゃうから!!」
そう楽しそうに応える夏奈に天川はホッと胸を撫で下ろしたが、一つの疑問が浮上したので聞いてみた。
「なんか意外だね母さん。母さん料理上手いから腕にかけて豪華な料理を作っちゃうとかいうと思ってたけど…」
天川からの疑問に夏奈は苦笑いする。
「翔ちゃん。翔ちゃんも知っているだろうけど人っていうのは十人十色なの。中には他人の手料理が苦手っていう子もいるのよ?だからこういう時は出前が一番無難なの。いい機会だから覚えときなさいな」
そう笑いながら天川の頭を撫でる夏奈。
天川はハッとさせられた。天川自身は他人の料理に抵抗がなかったから及びもしない考えだった。たしかに言われてみればそうだ。海野や由利先輩がそういう思考の持ち主だったらお礼どころか嫌がらせにしかならない。
「ありがとう母さん。やっぱ母さんはすごいや」
これはお世辞でなく本心からでた言葉だった。
「へっへーん。あ、翔ちゃん。そういうわけだから苦手な食べ物とか聞いておいて頂戴ね?その時は別に用意しないとだからね」
そう言いながら笑う夏奈。
母は強し。
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数日が経過し。
とある休日。
「おおきたか。まあ入ってよ」
天川宅。
呼び鈴が鳴り天川が玄関のドアを開けると二人の男子が立っていた。
「やっほー!天川せんせ!」
海野七海。天川の友人。レアである心属性の持ち主。
155くらいの小柄な矮躯。パーカーにカーゴパンツというラフないで立ち、長めの髪だが、奇麗に整われていた。明るい表情はまさに童顔のそれで、『そういうの』が好みのお姉さんはたまらないであろう顔つき。
「…たく。天川も人が悪いぜ?合格してたんならもっと早くに連絡してくれよ?」
望月主水。天川の最初の友人。火属性。
天川と同じくらい、170前後の身長。無造作っぽい短めの黒髪、さわやかっぽい将来イケメンになるであろう顔立ち。シャツに黒いジーパン。
望月は補講授業のせいで天川の助けにはならなかったものの、海野がお礼のパーティーっていうなら望月君と三好ちゃんも呼んでよ?そのほうが楽しそうだしと、何故かニヤニヤしながら言ってきたので呼ぶことにした。
まあ、そうでなくても誘ってはいたけど。
「まあ、色々とあってさ。立ち話もなんだからとにかく上がってよ」
そう二人を招く天川。はーい!と明るく入る望月に対して若干不満そうな顔を見せる望月だった。
その少し後に。
また呼び鈴が鳴った。
こんどは対照的に女子が二人立っていた。
「おお。由利先輩と稲葉ちゃんか、二人で来たんだ?なんか意外」
「…てーんくーん?そんなことより何でもっと早く言ってくれなかったの~?副部長最有力候補のあーしにはいち早く連絡すべきでしょ~?」
玄関が開くなりそうジト目で天川に迫る女子。
三好稲葉。天川の二人目の友人。
茶色がかったセミロングのツインテ。小悪魔的な可愛らしさの顔。肌は褐色気味。スマートというよりは華奢な体つき。ホットパンツにニーソ。パーカーというスタイル。
彼女も望月と同様、補講授業のせいで天川の助けにはなれなかった。
「…まあまあ、色々あってさ。代わりと言っちゃなんだけど今日は寿司とピザを頼んであるから思う存分食べてってよ」
「んー、でも良かった!合格おめでと!天君!」
そうジト目が急に笑顔に変わった三好。天川の合格が本当にうれしいからなのか、はたまた寿司やピザが食べられるのが嬉しいからなのか天川にはわからなかった。
「ちなみに彼女とはそこで偶然出会ったのだよ。今日は世話になるね」
奇麗な黒色のロングヘアー。背は天川と同じく170くらいある。すでに女性として出るところがでており、三好とは違う、可愛いのではなく、奇麗と言える美少女。
ロングスカートにカーディガンといった落ち着いた格好。
由利仇花。天川の4番目の友人。無属性。
「いやいや、今まで世話になりっぱなし…と、立ち話もなんだし早く上がってよ」
さっきと同じく手招きをする天川。
豪華な飾りつけがされているリビングの向かう途中。
コップをのせたお盆を持った夏奈にばったり会う天川ら三人。
天川の母、天川夏奈は由利と三好を見て目を丸くする。
「天川君のお姉さま…ですか?今日はお世話になります。私は由利仇花と言います」
フリーズしている夏奈が目に入るなりそうすぐに頭を下げる由利。すると夏奈は顔を赤くしながら笑顔になる。
「ちょ!?ちょっと!!…お姉さまだなんて…お世辞の上手い子ねえ。今日は遠慮なく楽しんでってね?」
言葉とは裏腹にとても嬉しそうにしている夏奈をみて、天川は流石にお姉さまはねえだろと心の中で突っ込んでいた。
「そんなことないです!!すっごく奇麗だし。あっ!あたしは三好稲葉って言います!!」
今度はなぜか食い気味に三好が前に出てきた。
確かに、夏奈は年のわりに若いし奇麗寄りではあるものの…ましかし。存外に喜んでいる夏奈を見てこういうお世辞ってのも有効なんだなあと無駄にしみじみ思う天川だった。
「…あなたたちだって十分可愛らしいわよ?…あっほらほら、早く奥にあがんなさいな。ご馳走を用意してあるから」
そうご機嫌な夏奈に一礼してからリビングへ向かう二人。天川も続こうとしたが、背後から肩を掴まれ天川の足が止まる。
「…母さん?」
振り向くと嫌らしい笑みを夏奈がしていた。
「…翔ちゃん、どっちが彼女なの?…翔ちゃんも隅に置けないわねえ」
ああ、そういうことかと天川はため息をついた。
「…違うよ。二人はただの友達…だよ。あんなかわいい子たちが僕の彼女なわけないって」
否定するもにやにやが止まらない夏奈。
「恥ずかしがることないのに~。どっちもいい子そうじゃない?それにベクトルが違う魅力が二人にはありそうだし」
ちげーよと心の中で否定する天川だったが、急にニヤニヤがとまり普段見せないような鬼の形相に変わり天川を見つめる夏奈。
「…翔ちゃん?」
「…」
「もし二股なんかしたら殺すわよ?」
「…はい」
天川夏奈。
当然だが浮気には誰よりも厳しかった。




