第2章『神隠し編』1話
「色々準備があるから。私から連絡があるまでは今まで通りの生活をしていればいい」
時の試験に合格した後。六文銭からそう言われ、天川は教室を後にした。
流石にアルマから何かあるのかと思ったら『相手に話す気がないと言っている以上、そのことを考えても邪推にしかなりませんよ』とあまり気にしていないようだった。
まあ、それも然り。
《そのことよりもまず、協力してくれた二人にお礼を言うのが先ではありませんか?天川自身の力もありますけど、あの二人がいなければ合格には程遠かったのですから》
《ああ、そういやそうだな。しかし今更だが、試験には合格したけど結局俺って『無』属性には変わりないんだよな。そこらへんあまり考えないようしてたけど、いざ合格ってなると気になってくるなー》
いつもの部室(教室)に向かいながら天川がそう疑問を呈する。
《それに関しても、六文銭の『教育』とやらが始まれば自ずと氷解していくことでしょう。これまで根を詰めていたのですから、ここからは少し羽を伸ばしてみては?》
にこやかな表情で話すアルマに、天川が随分機嫌よさそうだなと返すと途端に表情が変わりジト目になるアルマ。
《私も少なからず天川を応援していた者の一人なのを忘れてませんか?》
アルマの返答にあちゃーと頭をかく天川。
《わりい。お前にも随分助けられたな。次の休日は一日中お前さんの買い物に付き合っちゃる》
買い物とは言ってものアルマは幽体のようなものなので、実際に商品を買うようなことはないのだが。
《そこまで助けた自覚はないですが…でもま。その約束は必ず守ってくださいね♪》
途端に笑顔に変わるアルマ。相変わらずちょろい。ちょろいが…。
《いや近くに相談役がいてくれてかなり思考の助けになっていたよ。一人で考えていると気づかないことは思いのほか多い》
《じゃあ、そろそろなにかチート能力を…》
《それとこれとは話が別だ》
《はあ、まあわかっていましたけどね》
わざとらしくため息をつくアルマを見て、笑う天川だった。
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「天川せんせー!おめでとー!」
天川が部室(教室)に入るなり海野がそうクラッカーを鳴らした。
155くらいの小柄な矮躯。ブレザー。長めの髪だが、奇麗に整われていた。明るくなった表情はまさに童顔のそれで、『そういうの』が好みのお姉さんはたまらないであろう顔つき。
「いつの間にそんな小道具用意してたんだ…まあそのなんだ、ありがとう」
若干照れ臭そうにそう答える天川。
「私としても協力したかいがあったよ。君の努力が実ってよかった」
由利先輩も天川を労う。
奇麗な黒色のロングヘアー。背は天川と同じく170くらいある。すでに女性として出るところがでており、三好とは違う、可愛いのではなく、奇麗と言える美少女。
「いや二人のおかげですよ。感謝しかない」
天川の言葉は本当に本心で、海野、由利両名がいなければ短期間に時と心の属性融合など実現不可だっただろうから。
「私の場合、将棋の相手もしてくれてたしそこまで礼を言われることもないさ。強いて言うならこれからも将棋の相手をしてくれればいい」
そう由利先輩が言うと海野はにししーといたずらな笑みを見せる。
「僕は言葉以外でなんかお礼が欲しいっかなー?」
「いや。それについてはもう考えてあるから、期待しないで待っててくれないか?勿論由利先輩もだけど」
天川の返答に流石せんせー!じゃあ期待して待ってるねー。と答える海野。
「私は別にいいんだけど…でもそういうことなら私も期待して待っていようかな?」
由利先輩も言いながら、ふふふ、と上品な笑みを見せた。
「期待しないでって言ってるのに…ああでも世話になったついでにもう一つ頼まれて欲しいんだけど、僕が時の試験に合格したのは黙っててくれない?」
あの後。六文銭に言われた通り、蓮沼先生は学校放送で『時の試験は終了、合格者は一人』としかいってなかった。海野と由利先輩は天川が試験を受けに行ったタイミングが分かっていたので、当然それだけで察することが出来ていたわけで。
「どういうこと?」
海野が不思議そうな顔をするが、由利先輩は色々察したのかくつくつと笑う。
「君らしいね。大方一人だけ時の試験に合格したのが露見したら、大事になって面倒そうなことになると考えたんじゃないか?」
然り。そう思い天川は頷く。
「だとしてもさー。遅かれ早かれすぐばれるでしょ?別に黙っててもいいけど」
そう首を傾げる海野。それはその通りの疑問ではあるが天川はそれでもねと答える。
「まーすぐばれる可能性もあるけど、ばれない可能性もあるし、案外そこまで騒ぎにならない可能性もあるけどね。ともかくそれまでは平穏でいたいから」
属性選別時。そして六文銭舞雪を見ていた生徒たちの反応。
そして何より。
時属性のレアさ。
それを鑑みれば大騒ぎになるのは想像に難くない。
天川自身はチヤホヤされること自体はそこまで嫌いではなかったが、しばらくは静かな環境で生活したかった。理由はアルマに言われた通りたしかに根を詰めすぎていた気がする。
それを認識した瞬間、どっと疲れが出てきたのだ。
「…祝ってくれてるところ悪いんだけど、今日はもうこれで解散でいいかな?…なーんか合格して安心したのか、からだが一気に重く感じる」
これは大げさではなく本当にだるいと感じている。
例えるならランナーズハイの如くその場では疲れをかんじることなく走り続けていたが、それと同時に確実に疲労は溜まり続けていたのだ。
加えて。
天川自身の才能なのか、それとも何かしがの理由で常人より異常なほどの魔力量を内抱している天川。
そのおかげで常人の域をはるかに超えた練習量で合格に至ることができた。
それは逆を言えば。
それだけ体に負担をかけていたともいえる。
「いいよー。『お礼』わすれないでね!天川せんせ♪」
「なら私もこれで失礼しようかな。大分疲れているようだから、早く家で休むといい」
そう、割とあっさり部室(教室)から出ていく二人。
「…」
二人を見送った後、ドサッと床に座り込む天川。
「はー!しんどー。認識するって大事なんだな。なんかマジで急に疲れがどっと出てる」
《…緊張が一気に解けたのでしょうね。言われた通り、今日は寄り道せずそのまま帰りましょう》
アルマがそう優しく微笑む。
「…あーそうだな。とにかく帰って今はぐっすり眠りたい」
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天川宅。
天川の母である天川夏奈に取り合えず合格したことは伏せた。
多分というか確実に発狂するほど喜んでくれるのだろうと予想できたからだ。
その母のテンションに対応できるほどの体力が今の天川にはない。
自室のベッドに倒れこむようにうつ伏せになった。
《うー、明日が土曜で助かったよ。マジで体が重い》
天川がそう唸る傍らでアルマは自分のいつも座っている椅子にお行儀よく座る。
《その様子だと明日買い物にいくのは無理そうですね…残念です》
そう口を尖らせるアルマに天川は顔を向ける。
《…そういやさ。別に俺がいなくても一人で買い物いけるじゃんか。それとも一人で行動できない制限でもあるんか?》
天川が異世界転生してからというもの、アルマは天川と大体いつも一緒に行動していた。天川にとっては絶世の美女といえるアルマが側にいることは歓迎だったが、そんなに買い物が好きなら天川を置いてもっと一人でいってもいいだろうという単純な天川の疑問だった。
《?、一人で買い物してもつまらないじゃないですか》
《…》
本気でわからないといった表情でそう回答するアルマに天川は思わず黙ってしまう。
《…そうだな。確かに一人で買い物してもつまらないよな…悪い、しょうもないこと聞いたよ》
そう枕に顔を戻す天川。
《…?変な人ですね》
そのまま。
天川は深い眠りに落ちた。
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天川の目が覚めるとそこには砂浜が広がっていた。
(…ああ、これ夢だ)
天川はたまにだが、自分が今見ている景色が夢であると自覚できることがある。
意識があってもなんかあんまり思い通りに体が動かない感じ。
そんな違和感を感じながら適当に青い海を眺めながら歩く天川。
「お兄ちゃん、見ない顔だね」
背後から甲高い声が聞こえた。
天川が振り返るとそこには少女が立っていた。
黒髪のおさげで青色のワンピース。
10歳前後だろうか。身長は140にも満たない。
お兄ちゃんと言われ最初違和感を覚えた天川だったが、そういや今は13歳の少年かと思い出して納得する。
「…こんにちは。見ない顔っていうと君はここが地元の人?」
夢だとわかっているからあまり興味もないがとりあえず質問してみる。
正直なところさっさと目覚めてこんな夢は終わらせたいと思う天川だったが、こればっかりはどうしようもない。
「わかんない。気が付いたらここにいてーなんとなく気に入ってるからここに住んでるの」
少女の返答に天川は思わず身構える。
それもそのはずであからさまに発言内容がおかしい。
気に入ってるからここに住んでいる。どうみてもひとり立ちしている年齢でもないのにだ。
そもそも気が付いたらここにいるというのもわけがわからない。
だが発言がおかしいからだけで警戒しているわけではない。これはあくまで天川の事情なのだが、天川が見る夢の大半は悪夢なのだ。
目の前の可愛らしい少女も発言のおかしさから、突然化け物に変わって天川を襲ってくるかもしれない。
そういった懸念からだった。いや、夢だから別にいいだろと言われればそれまでだが、夢でも怖いものは怖いのだ。
「…どうしたの?急に怖い顔して変なのー、でもまあいいわ。暇ならついてきてよ?」
少女はそういって踵を返す。取り合えず襲われることがなかったので、内心ほっとしつつ他にやることもないので少女についていく。
「…僕は天川翔、君は?」
「水無月霧雨。…ああー!?お兄ちゃんあそこでアイス買ってよ♪」
言うが早いか。突然走り出す水無月。その先には古ぼけた海の家?的なものが建っていた。
またしても不可解な発言と感じた天川だったが、とりあえずついていく。
「どれにしよっかなー♪」
アイス用冷凍ショーケースの前で機嫌よくアイスを吟味する水無月。天川はその横で財布もってたっけ?とズボンのポケットを探ると、都合よくいつも使用している財布が出てきた。
幸運なことに1000円札が数枚と、万札が1枚入っていた。
中学生が常時持っているお金にしては過ぎた金額だったが、これは現実の天川の持っている金額と一致していた。なぜなら天川はとある理由で現在の貯金は10万円近くあった(前章参照)からである。
「お兄ちゃん、あたしこれがいいなー?」
水無月はそういってショーケースの中にあるチョコモナカアイスを指さした。
「いいよ。僕も一緒の奴を買おうかな」
天川はそう言ってショーケースからチョコモナカアイスを二つ取り出した。
その後、奥にいるおばあちゃんに千円札を一枚渡した。
そして。
「美味しいねー」
そう歩きながらパリパリと笑顔でアイスを頬張る水無月。
「そうだね。眺めもいいしなんだか僕も楽しくなってきたよ」
考えてみれば。
夢なんだし余計なことは考えず単純にこの可愛らしい少女とのひと時を楽しもうと思えてきた天川だった。
自分の隣で微笑ましくアイスを食べる少女…。
何とも素晴らしい光景ではないか。
そう自分自身でもなんともキモいなーという思考をしながら天川もアイスを齧る。
「ところでお兄ちゃんさー」
とここで水無月が不自然に立ち止まった。
次の言葉で天川の表情が固まる。
「この世界の住人じゃないでしょ?」
「…言っている意味がわからないんだけど」
絞り出すようにようやく声が出た天川だった。
「アハハ!なに図星ー?お兄ちゃんわかりやすくて可愛いー」
一変してケラケラと少女らしからぬ笑い方をする水無月。
対して天川は一転して少女を再警戒する。
しかしこれは夢だ。だが眼前の少女は天川が異世界転生者だということを知っている?
嫌でもこれは自分自身の夢なので、天川が仮想で作り上げた少女ならば知っているのは当然と言える。
だが。
今はそんなことより。
「…!!」
逃げろ!!
天川は踵を返し一目散に走りだす。
「…お兄ちゃん?鬼ごっこー?」
全力で走る天川の背後から決して届くはずのない少女の声が届く」
「じゃあ追いついたら」
「お兄ちゃん、たべていい?」
ここで世界が暗転した。




