19,時の試験。
天川宅。
予想通りというか。
天川が『属性選別』により『無』属性だったことを天川の現母である天川夏奈に伝えたら、慌てて励ましてきた。
転生前の天川翔が引きこもりだったことを鑑みれば、ショックでまたそうなってしまうかもしれない懸念を抱いても仕方ないと言えば仕方なかった。
しかしながら、既にこの件については既に吹っ切れていたし、そもそも現在の天川翔は引きこもっていたころの天川翔とは別人格だ。仮にふさぎ込んでいたままでも家にこもりきりになるということはなかったであろう。
むしろ天川の母が天川を励ますというよりは、天川が天川の母に気を使うという逆転現象が起きていた。
そんなこんなで。
ようやく落ち着いた母と夕食を摂る天川。
この日はカルボナーラだった。
「母さんは『六文銭舞雪』って知ってる?」
天川が母にそう聞く。これまでのことを踏まえるとかなりの有名人であることは理解していたが、様々な世代の意見を聞いてみたい。
六文銭舞雪が提示してした『時の試験』の内容…とてもシンプルで難易度は低めそうなものであったがそれだけに何かある…と天川は考えてしまう。
ならば何でもいいから今は彼女の情報収集が必要だと考えた。
それに。
前にモールであった同姓同名の『六文銭舞雪』と名乗った少女。体格的に別人物ではあるが…無関係とはとても思えなかった。
天川の質問に、天川夏奈のフォークが止まる。
年齢は35歳でウェーブがかったセミロングの茶髪。中肉中背でどちらかと言えば美人より。
「そりゃあ、しってるわよ。有名人だもの。『時魔法』を確立させた超天才魔女って、翔ちゃんもテレビかネットで見てない?」
不思議そうな母の表情を察するに、なるほど、知らないのがおかしいほどの知名度なのかと知る。
ただ、あの見た目から察するに六文銭は20代…あって30歳前後くらいだから結構最近に『時』属性や魔法が開発されたのか?…まあその点は、調べればすぐわかるか。
天川は母に学校であった経緯を話した。
すると母は目を丸くして驚く。
「ええー!?普通の公立中学校に特別顧問で…?でもまあ、いろんな場所で講演会とかしているから不思議じゃないのかな?それにしても『選別の水晶』を割っちゃうなんて…あれすっごい高いのに」
そういえば教頭がそれを見て卒倒してたっけ。天川がそういうと母は無理もないわとフォークをくるくるとパスタに絡ませる。
「学校用で使う正式なものだと5千万くらいするんじゃないかしら?…弁償するなんて訳もないんでしょうけど、一部『危険視』されているのも頷けるわね」
5千万と聞いて天川も目を見開く。…だが、問題はそこではない。所詮金など、相対的なものでしかない。1円を笑うわけではないが、一般人が1円を無くしたとして特に問題にならないのと同様に、仮に1000億円の資産家が5千万を失っても、そこまでのダメージはない。そういうことだ。
ここでの問題は。
なぜか機嫌よさそうにパスタを口に運ぶ母を見ながら天川は問う。
「…『危険視』?特別顧問とはいっても一応教員でもあるのに?」
「お父さん『魔法省』に勤めているでしょう?その関係で何度か彼女と会っているらしいんだけど…そのとき雑談で護衛の一人も付けてなくて大丈夫なんですか?って聞いたら『ああ、『上』からしつこく言われて敵わん。そんなもの私にとっては足手まといでしかないし、それに私を『守る』のが目的ではないだろうからな』って返されたらしいの。それってつまり、護衛ってのは建前で監視を付けたいってことじゃないかしら?…事実、破天荒なことをしているっぽいしね」
厳密にいえば、監視と護衛、両方の意味があるのだろうと天川は考える。ここまでを鑑みるに『六文銭舞雪』という人物は超大金持ち、天才、時魔法の権威、そしてそんな自らに護衛がいらないというほどの武力と豪胆さを兼ねそえている。
色んな意味で重要人物だし、ある意味危険視されていてもおかしくはない訳か。
天川がそんなことを考えながらパスタを口に運んでいると母が
「そういえばその『時』の試験ってどんな内容なの?」
と聞いてきたのでそれを説明した。
すると母は不思議そうな顔をしたがその後力強い笑顔に変わり
「今の翔ちゃんなら大丈夫!!絶対できる!!!」
と両手をグーにして天川を激励した。
突然のことに天川は目を丸くして驚いてしまった。
「…まあ、やれるだけはやるつもりだけど。…母さんなんか良い事でもあった?なんかやたらと楽しそうだけど」
天川の疑問に母は、はっとしてごめんごめんと謝る。その後でもね…と続ける。
「最近の翔ちゃんを見ていると、本当に『別人?』って思うほどどんどん逞しくなっていって…ああ!?勿論いい意味でね!『属性選別』でも『無』だったからと言って落ち込まずに前を見続けてて…お母さん、それが本当に…本当に…嬉しくて」
ここで感極まったのか母の目から涙がこぼれてきた。
天川はなんとも言えない気持ちになる。なぜなら本当に別人物だから。天川が微妙な感情で母にハンカチを渡すと、天川の優しさと受け取ったのかさらに母の涙が加速する。
いたたまれない。
天川の母である天川夏奈の実子は勿論天川翔だ。だが、肉体は天川翔であっても精神は別世界の天川翔なのだ(ややこしい)
母は引きこもっていた我が子が成長して無事中学へ通学していると思っているが、実際のその精神は異世界に行って、恐らくだが碌でもない末路をたどっていると思うと何ともやるせない気持ちになった。
と、ここで天川は一つ疑問に思い隣にいたアルマに問いかけた。
《そういえばさ。俺は死んで転生したからいいけど、この『天川翔』は引きこもっていただけで死んだわけじゃないだろ?お前言ってなかったっけ?『ここは死ぬはずではなかったものが転生する場所』とかなんとか》
《あなたのせいで、この世界の天川翔が転生してしまったかもしれないという懸念であればそれは不要ですよ。なぜならこの世界の天川翔は遠からず死ぬ予定でした故…死因まではわかりませんが。それに彼の場合喜び勇んで転生していきましたので、あなたの気に病むことではありません》
アルマの言っていることは正しかったが、感情というのはそういう事ではないのだ。しかも目の前にいる天川夏奈はちょっとあれなとこもあるが、いい母だ。(弁当もうまいし)
だが、まあ、もうどうしようもないことを考えても栓無き事と思い、食事を再開する天川だった。
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天川の自室。
天川はジャージ姿でベッドに腰かけており、アルマも同様に金髪ロングポニーテイルにピンク色のジャージ姿だった。グラマラスな身体のラインが出ており、簡素な椅子に天川とは対面という形でお行儀よく座っていた。
《取り合えずモールで出会った『六文銭舞雪』と学校の『六文銭舞雪』になにか関係があるかだが…ただの同姓同名にしては珍しい名前だし…》
そう天川が顎に指をあてて考えると、アルマがそんなこと簡単じゃないですかと返す。
《学校にいる六文銭舞雪という教諭に直接聞けばいいのです。仮にも教師という立場なのですから普通に受け答えしてくれるでしょうし》
アルマの率直な意見に、天川はあっとなり頷いた。
《そういやそうか。色々ごちゃごちゃ考える癖があるとそういうシンプルな思考が抜けるのが駄目だなー。じゃあその件についてはそれでよしとしてだな…》
《私が気になっているのは『時の試験』の内容ですね。ストップウォッチで10秒を誤差一秒以内で止める…たしかに練習は必要ですが、逆を言えば練習を重ねればほとんどの生徒…下手をすれば全生徒が突破できるような難易度だと思うのですけど》
アルマの意見はもっともであり天川もそう感じてはいた。天川はスマホを取り出し、ためしに10秒を見ずに計測してみる。
十秒後。
《…11秒ちょっとオーバーか。たしかに練習すればすぐにできそうだな》
画面表示を確認した後、天川はまたも計測を始める。
《…このまま普通に練習するのですか?なにか裏があるとしか思えませんが?》
再び計測を始める天川の顔を怪訝そうに見つめるアルマ。
《だとしてもだな。取り合えずこれが出来るようになって、例の先生に会いに行くしかないんじゃないか?その後に今後のことを考えればいい》
《…やけに余裕ですね。先に合格者が出て打ち切りになるかもしれませんよ?》
呑気に計測を続ける天川に若干つまらなそうな顔をするアルマ。天川の事だから何か抜け道とかそういう事を考えるのを期待したのだろう。
《…いや、それどころか試験の前からすでに合格者は決まっているかもしれないとすら俺は考えている》
そう無表情で計測を繰り返す天川。天川の考えにアルマは不思議そうな顔をする。
《なぜそう思うのですか?》
《あの先生…六文銭が言ってたろ?『面白そうな奴がいるから』って。つまりはあの女の中である程度目星はついてるんだよ。裏を返せばそれ以外は見込みがないってわけだ》
そもそも『属性選別』で『時』属性になった生徒は一人もいなかった。それだけレアな属性なのに、合格者がポンポン出るわけもない。
《…そういう考えも重なってあの時ストップウォッチも持たず、早々に体育館から出て行ったのですね…それでも真面目に練習する理由はなぜなのです?》
アルマの問いに天川の顔が緩む。
《別に。仮に『俺一人』だったら練習なんかしないで安易に抜け道を探していたかもな。それどこらか最初から諦めていたかもしれない…ただ今は》
ここでアルマの顔を見た天川は笑う。
《仮に無駄な努力だったとしても。先ずは愚直に頑張ってみたくなったから》
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朝。職員室。
天川がノックをした後、入室した。
職員室の先生方は朝から忙しそうにしていた。天川は自分の担任である蓮沼先生の席に向かう。
「おはようございます。蓮沼先生。…ストップウォッチってまだ余っています?」
天川は『属性選別』の時にストップウォッチを持たずに退場したため、改めて借りに来たのだ。
「…あら?おはよう。昨日とは打って変わって、スッキリした表情ね。何か『いいこと』でもあった?」
蓮沼先生は座ったまま、回転椅子を天川の方に向けた。
紺色のスーツ。タイトなスカート。アルマとは対照的にスレンダーなボディ。ウェーブのかかった胸下まで届く黒色のロングヘアー。キリリとした表情の可愛いというよりかっこいい系美人。
「…ええ、まあ。昨日は授業中ぼーっとしててすいませんでした」
天川がそう謝ると蓮沼先生は機嫌よさそうにもういいわよと返事をしながら、机の引き出しを開けてストップウォッチを取り出した。
「はい。がんばんなさいな。…ここだけの話、先生は天川のことを『特別』に応援しているわよ?」
そう蓮沼先生はストップウォッチを天川に渡した。クールな顔の蓮沼先生は珍しい、にぃとした無邪気な笑顔だった。
「?…ありがとうございます」
言葉の真意が読めない天川は適当にお礼を言っておいた。
(…不思議な子。確かに魔法の才はないけれど、勉強ができてカリスマ性もあるのに、自惚れずちゃんと自分が悪いと思ったことはすぐに非を認めて謝れる…達観しているような立ち回りだけど、所々なーんか泥臭い感じがするのは何でなのかしら…?まあ、そういうところが可愛いんだけどねえ)
天川の背中を眺めながらそう思う蓮沼先生だった。




