15,由利仇花
「僕も天川せんせいの部活に入っていい?」
あくる日。
教室で天川は海野にそう言われる。
「別にいいけど、交換条件でそのせんせいって敬称やめてくれ」
155くらいの小柄な矮躯。ブレザー。長めの髪だが、奇麗に整われていた。明るくなった表情はまさに童顔のそれで、『そういうの』が好みのお姉さんはたまらないであろう顔つき。
天川がそう答えると、海野は笑顔になり
「天川せんせいは僕にとって先生だから、だめだよ。それに入部を拒否する権限は部長でもないはずだよ?」
そう返す。
なら聞くなよと思いながら、頷く天川。
「いいじゃんいいじゃん。部活って5人からじゃないと認められないでしょ?これであと一人だねー」
と、三好が会話に入ってきた。
茶色がかったセミロングのツインテの女子。小悪魔的な可愛らしさの笑顔。肌は褐色気味。スマートというよりは華奢な体つき。ブレザー。
「それって俺も入ってるのか?」
今度は望月だ。
無造作っぽい短めの黒髪、さわやかっぽい将来イケメンになるであろう顔立ち。ブレザー。
そう自分自身を指さす望月に、違うの?と呆けた表情を見せる三好。
「望月はまだ決めてないって言ってたよ。それに5人未満でも部費と部室が出ないだけで、活動は認められるから別にそこまで人数にこだわる必要はないけどね」
天川がそうフォローすると、望月がため息をつき
「いや、入るよ。とは言っても、気が変わったら抜けるけどそれでもいいか?」
そう問う望月に天川は
「最初に言った通り、無理強いするつもりはないから。他に入りたい部活が出来たら遠慮せず移ってくれ」
と返事をした。
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放課後。
蓮沼先生から呼び出しを受け、天川は蓮沼先生の後をついていく。
紺色のスーツ。タイトなスカート。アルマとは対照的にスレンダーなボディ。ウェーブのかかった胸下まで届く黒色のロングヘアー。キリリとした表情の可愛いというよりかっこいい系美人。
「ここを部室代わりに使って。…とりあえずは掃除からかしら?」
そう笑いながら言う蓮沼先生を見て、怪訝な表情をする天川。
「なに?この教室じゃ気に入らない?」
そういう事ではない。
たしかに他教室と比べ古臭い机と椅子だし、使っていない教室のせいか埃もすごい。過去に使用されたであろう学園祭の小道具らしいものも乱雑に置かれている。
しかし、そんなことはどうでもいい。
蓮沼先生の言う通り、整理整頓清掃すればいいだけだ。
「…随分早い対応ですね。部室なんて用意してくれるの数か月くらい先かと思いましたけど」
天川の疑問はその通りで、天川と蓮沼先生との対局の後、数週間しか経過していない。
天川は教師を経験したことはないが、知識として多忙なことぐらいはわかっている。普通ならこの案件は後回しになるはずだ。
そう疑問を呈すると、蓮沼先生は目を細めた。
「…天川。他人の厚意は素直に受けるものよ?あなたの言う通り、忙しい中用意したんだから」
確かにと天川は思った。
本当に自分はしょうもない思考をするなと心の中でため息をつく。
例えどんな理由が裏にあったとしても、多忙の中骨を折ってくれた事実に変わりないのだ。
「…先生。すいませんでした。そしてありがとうございます」
反省した天川は蓮沼先生にそう、深く頭を下げた。
「わかればよろしい。…今日から早速使っても構わないけど、ちゃんと下校時間は守りなさいよ?」
そう言い残して、笑顔になった蓮沼先生はその場を去っていった。
古ぼけた教室の廊下前に立っている天川が遠のき、自分の声が聞こえなくなる距離になったところで蓮沼はつぶやいた。
「…勘がいい奴ね」
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天川にあてがわれた教室で。
天川、望月、三好、海野が教室の片づけと清掃を始めていた。
「そういえば天くん、部活って言ってもどんな活動してくの?」
三好がはたきで埃をを落としながらそう聞いてきた。
「何って…ボードゲーム部なんだから、ボードゲームをするんだよ」
天川は必要なさそうな小道具を隅に寄せながら、そう返事をする。
見もふたもない返事だが、それ以外に答えがあるのだろうか。
「天川せんせー、三好ちゃんは大会とかそういうのを言ってるんじゃないの?一応部活だから、そういうのも参加しないといけないし、実績として必要なんじゃない?」
と、海野が三好の質問に付け加える。机や椅子を雑巾で拭いている。
「ああー、…まあそうだね。とりあえず、なんでもいいからそれぞれ家にあるボードゲーム。持ってきてもらおうかな。大会とかはまあ…後々考えるとして」
天川は事がこんなに早く進むとは思ってなかったので、考えが追い付いていないというのが正直な意見だった。
「…意識高いな二人とも。俺はてっきり、だらだらゲームしてるだけかと思ってたけど」
望月はそう言いながら窓ふきをしている。
実を言えば、望月の意見が一番天川の理想ではあったものの、たしかに。ある程度目標は決めて動く必要はあると思った。
と、ここで三好が急に思い出したの如くあー!と叫ぶ。
「天くん!そういえば部長は天くんだよね?約束通り、副部長はあーしってことでいいよね!?」
と、天川にそう迫る三好。
…いや、むしろ部長もやっていいよと言いたいぐらいだから断る理由がない。
なので天川が無言で肯定しようとしたとき。
「…おっと。まだ決まっていないなら、僕も立候補していい?」
と、海野が割り込んできた。
意外だった。本来部長とか副部長とか面倒そうなことを嫌っていた天川だったが、自分と同類であろう海野がそんなことを申し出るなんて。
「ちょっと!?副部長はあーしって約束してるんだから、海野君はだめだよ!」
とむきになる三好に海野はいやらしい笑顔で返す。
「でもさー。そのときは僕はいなかったわけだし。…三好ちゃんは僕の意見をまったく聞いてくれないわけ?仮にも副部長になろうって人が?」
「…ぐぬぬ」
海野の屁理屈に唸る三好。
そのやり取りを見て、天川はじゃあさと割り込む。
「僕が部長降りるから二人でやればー」
「そんなのダメだよ!!」「それは許されないかなー」
と三好と海野の声がハウリングした。
「………とりあえず、掃除を終わらせよう。副部長の件は…まあ、海野の言うことも一理あるし…ここは一時保留ってことでいいかな?稲葉…ちゃん」
正直、三好の方が呼びやすいのでそうしたいのだが。三好に名前で呼んでと言われていたのでそうする。
「んー!まーいっか!でも絶対あーし負けないかんね!!」
となぜか機嫌が良さそうになる三好だった。
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整理整頓清掃が終わり。
狭い教室ではあるが、4人で使用するには十分なスペースとなった。
「今日はこれで終わりでいいかな?切りもいいし」
時計は既に18:00を回っていた。辺りは暗くなり、古ぼけた蛍光灯が教室を照らす。
天川の提案に他三人は同意し、教室を出ようとすると。
勝手に出入り口が開いた。
「…誰が天川って奴?」
見慣れない女生徒が入ってきた。脇に将棋盤を抱えている。
奇麗な黒色のロングヘアー。背は天川と同じく170くらいある。すでに女性として出るところがでており、三好とは違う、可愛いのではなく、奇麗と言える美少女。
キリっとした瞳で品定めをするように4人を見据える。
「い、いきなり入ってきてなんなのさー!」
と、若干戸惑いながら反抗する三好。
「…三好、多分先輩だろうから敬語使ったほうがいいぞ」
と、望月は冷静にそう諭す。たしかに同学年で見たことはない。
なので上級生なのだろうが、天川は三好側だった。いきなり入ってきて、挨拶もなしで誰が天川って奴と問う女生徒。
相手が男ならひっぱたく案件だ。年上など関係ない。
老若男女、誰が相手だろうと礼儀はちゃんとするものだ。
とは言え。
まあ、そんな意地を張る場面でも無し。
そして、彼女の目的もなんとなく察している。
「僕ですよ。何か用ですか?先輩?」
天川がそう一歩前に出ると、女生徒はふーんと不敵な表情を見せる。
「蓮沼先生に勝ったそうじゃないか。先生はアマ4段くらいの実力があるのに…だれに将棋を習った?」
名前も名乗らずぶしつけに聞いてくる女生徒に、天川は内心イライラしてきた。
ちょっと可愛いからって調子こくんじゃねえ。
口調も気に入らない。
クソガキが…女らしくふるまえ。
「先輩、結論から言ってくれませんかね?特に重要な話でないなら、さっさと帰りたいんですけど」
いつもの柔和な態度ではなく、敵意むき出しの表情で返答する天川。
それを見た望月が手で目を覆い。三好はいいぞーやれやれ!と言った感じで。海野はにこやかになっていた。
「ふん。話に聞いた通り、見た目に寄らず好戦的じゃないか。わかった。一局指そう。なに、すぐに終わる」
天川の返答を待たず、持っていた簡素な将棋盤を机に広げた。
「持ち時間はお互い60秒だ。君に君、スマホ持っているだろ?計測してくれ。…ほら、さっさと席に着く」
本当に無礼なやつだと天川は女生徒の前に着席した。
計測係を指示された、望月ははいはいと仕方なさそうにスマホを取り出し、海野は対照的に喜々としながらスマホを取り出した。
海野はひそひそ声で三好に聞いた。
«…ねえ。天川せんせいって実は将棋めちゃつよ?»
«んー?よくわからないけど強いらしいよ?»
そうなんだー、と満足そうに頷く海野に、三好は分からないという顔になった。
《天川、もしかして私の出番ですか?》
事の顛末を傍観していたアルマがわざとらしく天川に語り掛けてきた。
露出度の高い黒のキャミワンピにカーディガンという出で立ち。グラマラスな体に金髪のロングヘアー。色白。
《ああ。代わりに指してくれるか?》
そう天川が頼むとアルマはあなたが望むなら…やぶさかではありません♪と楽しそうに応えた。
単純に新たな相手と対局できるのが嬉しいのだろう。
加えて。
言いぐさからして蓮沼先生より強いということだ。アルマ的には血が騒ぐという事なのだろう。
《…そういえば、指すのは構いませんけど。相手方の実力が知れたらある程度手加減もできますが、いかがしますか?》
実のところ、ネット対戦でアルマの将棋を付き合っていた天川。そのせいでアルマの棋力はどんどん上昇していた。なのでこういう発言ができるのだろう。
《全力で叩き潰せ。一切の手加減無用》
《了解しました♪》
そして。
天川と女生徒の対局が始まった。
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15分後。
「…………」
女生徒は目を見開いていた。そして固まっている。
あの時の蓮沼先生を思い出した。
《『そこそこ』強かったですね》
盤面はアルマが圧倒的優勢で。天川自身は詰め路に気付いていないが、アルマの様子から察するにつんでいるのだろう。
「………負けました」
女生徒が歯を食いしばりながら、俯いてそうひねり出すように負けを宣言した。
その様子を見て三好はガッツポーズをして
「やったね!天くん!」
とはしゃいだ。
それとは対照的に望月と海野は俯いている女生徒の様子を見て、喜んでいいかどうか微妙な表情になっていた。
それは天川も同様で、アルマが勝ったと同時に対局前の熱が引いていき、何とも言えない感情になっていた。
…まあ、反省もしないし悪いとも思わないが。
《天川。気持ちはわかりますが、彼女のことはこのまま放っておいてあげましょう。たしかに態度はお世辞にも良いとは言えませんでしたが、対局内容から…彼女の真摯さを感じました》
言われなくても、死体蹴りをしようとは思わない。この対局だっていわば借り物の頂点のような勝利だ。
「…帰ろうか」
天川がそう三人にいうと、三好がなにか言いたそうにしたが天川がいいからいいからというジェスチャーをする。それで察したのかなにもう何も言わず、天川を追いかけた。
残された女生徒は俯いたまま、小刻みに震えていた。




