14、六文銭舞雪と蓮沼可憐
《取り合えず4枚落ちで頼む》
《…。男として恥ずかしくないのですか?天川》
《仕方ねえだろ。こうでもしなきゃ勝負にならなそうなんだから》
天川の自室。
ベッドの上に簡素な将棋盤が置かれ、その前後にアルマが正座し、天川が胡坐をかいている。
天川は部屋着のジャージ姿であったが、アルマも今宵はジャージ姿のポニーテイルだった。
こういうラフな格好も似合うなと、思考しながら天川は駒を進める。
《じゃあ始めるぞ》
《はあ、それでは3二金で》
幽体みたいな存在のアルマは勿論、将棋が自分では指せない。なのでアルマの駒も天川が代わりに動かしていた。4枚落ちとは所謂ハンデという奴で、相手が飛車角香車がない状態での対局である。
天川の見立てではプロレベルの棋力があるであろう、アルマには正直このハンデでも余裕で負けるんじゃないかともおもったが、まあとりあえずはというところだ。
パチパチと天川の自室に心地よい駒の音が響く。
《ところで天川。なぜ海野という少年が天川の考えるような思考をしていたことが分かったのです?普通であれば加害者に直接復讐しようと考えるものですが…5四歩》
アルマの指示に従い駒を進める天川。自身の駒も動かす。
《別に分かってたわけじゃない。そうであればいいなと思って聞いてみただけだ。いずれにせよ、大勢に影響はないよ》
アルマがわからないという表情を見せるので、続ける天川。
《アルマ。仮に海野が親父経由で、北沢らを…これは本当に極端な例えだが…もし仮に学校から追放できた場合、一番得するのは誰だと思う?》
天川の問いに対して、顎に指を当て、うーんと悩むアルマ。
《普通に考えれば…海野という少年ですが、………あ》
アルマは天川と海野のやり取りを思い出し、ポンと手を叩く。
《5三銀でお願いします。…あれですか?天川の言うところの『見て見ぬふりをしていた』方々と言いたいのです?》
その通りと、天川はパチと駒を進める。
《仮にそれで北沢らが追放されたとして…だ。海野自身はそれはそれでリスクもある。逆恨みされて酷い事をされるかもしれないというリスクがな。それに比べてそいつらはどうだ?北沢らは多分問題児で表向きは仲良くしてても、嫌っているやつも多いだろう。むしろ下手を打てば自分をいじめる可能性のあるやつらなんかいなくなってくれた方がいいに決まっているから…》
ここで、天川は大きくため息をついた。
《なるほどです。海野という少年はリスクを背負って脅威を退けたのに、結局ノーリスクで一番得するのはなにもしてくれなかった周りの方々というわけですか。…6四金で》
《ちなみに俺はその連中を責めているわけではない。誰だって見て見ぬふりなんて普通にやるからな。俺にとって重要なのは。海野がその考えに至って敢えて北沢らを放置したのかどうか?それだけが知れればよかった…っておい!?その手!まった!》
いつの間にか天川の飛車が詰んでいた。アルマは巧みな受けと攻めのたまものである。
《嫌ですよ。適当に駒を進めている輩に容赦はしません。…それで?それを確認した理由は?同銀》
飛車をとられ一気に萎える天川はまたもため息をついた。
《別に適当に進めてないけどな。…最初に海野と絡んだ時はそこまで考えてはいなかったんだが…だとすれば俺は海野を助けた『かい』があったというものさ。俺に思考が似ているから…今後良い『話し相手』になるかもな》
駒がさらにすすみ、天川の玉が詰んだ。
《相変わらず歪んでますねえ、天川は。その言い方だと、今後海野という少年以外がA組でいじめられたとしても助けるようなことはしないおつもりですか?》
アルマは呆れ混じりの表情でそういう。天川は構わずに当然だと返す。
《『それら』は海野を『見捨て』て今まで平和に暮らしていたわけだからな。自覚しているかどうかは関係なくもうすでにその『業』を背負っている。そんな奴らを俺が助ける道理はない。仮に『それら』が海野と同じ目にあったとしても…それは『不条理』ではない。『条理』だ》
言いながら、詰んだ盤面の将棋を並べなおす天川。
天川翔は不条理にこそ、憎悪する。
《この場合真に打ち倒すべき悪は『北沢ら』なのでは?…と、思いましたけれども。そう考えるとそれを放置していた方々もまあまあ…あれですね》
アルマはまたもうーんと可愛らしく悩む仕草をする。
恐らく、アルマに能力を授かった連中は、その能力をつかって勧善懲悪的なことをしてきたのだろう。
だからこういう、天川の捻くれた目線というのが素直に頭に入らない。
《俺だってそれには同意するよ。ただな…あいつらは確かにクズだが、俺から言わせれば周りの連中も十分クズだ。そしてその考えに至って敢えて北沢らを放置した海野もクズ》
そう吐き捨てた天川はアルマの陣営の桂馬をはねた。
《俺も含めて、結局、登場人物ぜーんいーんクズってわけだ。真に助ける価値のある奴なんていない。それなら、それぞれが助けたいと思った奴を助けて。倒したいと思った奴がいれば、自分自身の力で倒せばいい。ただそれだけのこった》
《…今度は6枚落ちですか…たしかに天川はクズですね。わかりました。すぐ詰ませてあげましょう》
アルマがジト目に変わり、新たに盤面が進んでいく。
6枚落ちだというのに、どんどん天川の形勢が悪くなっていく。
そして、またも天川の玉が詰んだ。
天川はため息をついた後、また駒を初期配置にもどす。
《次はもっと粘るからなー》
6枚落ちの状況で完膚なきまでに詰まされても、性懲りもなく、むしろ楽しそうな感じで天川はアルマに再度挑戦する。
《…天川、あなたはひょっとしてマゾヒストですか?ここまでボコボコにしているのに》
楽しそうな天川とは対照的に、呆れ顔をするアルマ。
《失礼なことを言うな。痛いのは嫌いだよ。…ただ苦戦やら敗北はそこまで嫌いじゃないってだけだ……思えば俺の人生は、失敗しては修正し、改善しての繰り返しだったからな》
ああでもと、天川は手を止める。
《お前の気が乗らないなら、これくらいで終わりにしとくか?また気分が乗った時でも、相手してくれよ》
天川がそう改めてアルマの顔を伺うと、今度は優しく微笑んでいた。
《天川。再戦の前に感想戦をしましょう。そのほうが上達が早まります》
アルマが突然、機嫌が良くなったように見えて天川は?に思ったが、まあいいやとアルマのように棋譜を並べる。
《…あなたはクズではありませんよ》
そう唐突に話を戻すアルマに、天川は、はっ!と鼻で笑う。
《そうか?我ながら思いつくこと思いつくこと、クズの発想って感じなんだけど》
《少なくとも。私は天川をクズとは思っていません故》
《…》
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とあるアンティークな喫茶店。
名前は霧隠
休日の昼間だというのに客が人っ子一人いない。
それもそのはずで、ただのブレンドコーヒー一杯に2000円という高値をつけているからだ。
かといって特別な細工や豆を使っているわけでもなく。
閑古鳥が鳴くのも当然である。
肝心の店主はというと、カウンターで暇そうに新聞を読んでいた。
初老の男で、長髪を後ろで縛り、無精ひげを生やしていた。ウェイターベスト。
そんな滅多に人が来ない店のドアベルがカランコロンと鳴った。
「店主元気してるかー?死んでないかー?」
「こんにちは、店主」
と一人の女性と一人の少女が来店してきた。
紺色のスーツ。タイトなスカート。アルマとは対照的にスレンダーなボディ。ウェーブのかかった胸下まで届く黒色のロングヘアー。キリリとした表情の可愛いというよりかっこいい系美人。
日本では珍しい腰まで届く鮮やかな金髪で、歳は13前後か…色白で可愛らしい美少女。歳に見合わない白衣を着ている。
「…『六文銭』と『蓮沼』か。ホットコーヒーでいいな?」
と、店主は立ち上がり新聞を置く。コーヒーを淹れ始めた。
「ていうか、それしかメニューないからね」
六文銭と呼ばれた少女はそう言いながら、狭い店内に二つしかないテーブル席に着く。もう一人の蓮沼という女性も六文銭の対面に座った。
店内はアンティークというかむしろ古臭い感じだ。
ほどなくして、二人の前にコーヒーが置かれた。
「店主悪いけど、看板クローズにしてくれないか?」
と、六文銭が少女とは思えない口調でそう頼む。
すると店主は無言で出入り口に向かい、看板を裏返した。
その後、店主は何かいうわけでもなく、カウンターに戻り再び新聞を読み始める。
「これで良し…と。蓮沼。早速だけど例の『死神憑き』どんな様子だい?」
と、六文銭がコーヒーを一口飲む。
「そうですね。先生の予想通り、『属性』持ちをどんどん周りに集めています。『選別の水晶』を使わなければ、はっきりとしたことまでは言えませんけど」
通常であれば、立場が逆な言葉使いをする二人。成人女性が少女に敬語を使用している違和感。
「はは!わざわざ着任を遅らせてまで『選別』を遅らせた甲斐があったというものだ。あとは肝心の『死神憑き』に属性があるか否か」
そう満足そうに頷く六文銭に対して、蓮沼はため息をつく。
「あなたの着任が遅れているせいで、こっちは相当なしわ寄せが来ているのですよ?…『属性』持ち担当の教師たちも揃って文句を言ってます。魔法の授業が遅れると。…あの学校であなたの友人は私くらいしかいないから、私が攻められるんです」
蓮沼は言いながら、角砂糖を何個もコーヒーに入れる。ミルクもたっぷり入れ、激甘のコーヒーが出来上がった。
「おーおー、ストレス解消には甘い物というけど流石に砂糖入れすぎじゃない?太るよ?」
そう揶揄する六文銭に、誰のせいですかと構わずコーヒーを口にする蓮沼。
「そういうな、頼りにしているんだ。それで?蓮沼から見た『死神憑き』…『天川翔』をどう見る?」
愉快そうにそう問う六文銭。そこで蓮沼は真剣な表情に変わる。
「彼がいろんな意味で非凡なのは認めますよ。正直、私に将棋で勝てるとは思わなかったし。それに、三好、望月、海野…彼の周りにいる者たちは、魔法の才に溢れています。まあそれは、あくまでも現時点での私の見立てですがね…」
しかしながら。と蓮沼は続ける。
「天川翔自身には魔法の才が見出せませんね。恐らくですが彼は『無』属性でしょう。先生の望むような『生徒』になるとはとても思えませんが…しいて言うなら、同学年に比べて通常よりというか…ずば抜けて『魔力量』が多いことくらいですか。しかし魔力は量ではなく質。そしてどう『出力』するかですから」
蓮沼の意見を聞いて、六文銭は醜く顔を歪める。
「流石の『魔眼』だね。…因みに。今言った連中は天川と同学年か?」
六文銭の不可解な問いに怪訝な表情を見せる蓮沼。
「そうですけど?入学して間もないのに、上級生の友人はまだいないでしょう。質問の意図がわかりませんが?」
蓮沼の返答に六文銭は口に手を当てる。
「…そうか。できれば彼に上級生の友人ができると私的には理想なのだが…」
「私の問いに答えるつもりは無いんですね………あっ」
蓮沼は思い出したかのように口を丸くした。
「私と個人的に仲がいい女生徒…『由利仇花』という2年生がいるのですが」
そう続ける蓮沼に六文銭はほおと、興味深そうに頷く。
「私に負けず劣らず随分とまあ『縁起の悪い名前』じゃあないか。その女の子がどうかしたのかい」
「仇花に天川と私の対局のことを話したら、そいつがいる部室を教えてくださいって聞かれたのでもしかしたら………いや流石にないわね」
言いながら首を振る蓮沼を見て六文銭はなんとなく理解したよと笑う。
「蓮沼の将棋が強いのは私も知っている。その由利って子はもっと強いのだろう?…ふふふ。見ていろ蓮沼。その女の子も死神憑きに取り込まれる」
そう満足そうにごちる六文銭を見てあの子はそんな単純じゃありませんよと返す蓮沼。
「確かに私よりずっと強いですよ?プロを目指していた時期もあったし…ただ『とある事情』で彼女は将棋を指さなくなりましたから…私以外ではね」
そう複雑な表情を見せる蓮沼に六文銭は不敵な笑みを崩さない。
「ならなぜ天川のいる部室の場所を聞いたのか?普通に考えれば蓮沼を倒した天川と指してみたいからと考えるのが自然だろう?」
「だとしてもですよ。その勝敗に関わらず仇花が天川を慕うとは思えません。理由は…話せませんね」
含みのある言い方にも、六文銭の謎の自信は揺るがない。
「話せないなら言わなくていいさ。されで。その子は魔法に関しての才はどうなんだ?」
「無属性ですが、属性変化等の魔力コントロール技術に関しては類を見ないほどの才がありますね。これでもし属性持ちだったらと思うと…まあこれは言わないお約束ですね」
ふむふむと満足げに蓮沼の見解を聞く六文銭。
「ではその子が天川と接触したら、いよいよ私の出番だな。ああ…実に楽しみだ」
「あなたは人の話をちゃんと聞いていたのですか?仇花は天川と親しくは…」
まるで仇花と天川が友人関係になるのが確定しているかの言いぐさに、流石に若干の苛立ちを隠せずそう言いかける蓮沼に六文銭は途中でさえぎる。
「由利仇花にどんな事情があろうと、彼女は自身から天川と接触しようとしているんだろう?その時点で既に取り込まれかけているのさ」
蓮沼はそれを聞き、揺るがない六文銭に対してため息をする。
「別にわたしとしても仇花に新たな友人ができるのは望ましいですがね…。まあ、かくいう私も例え魔法の才がなくても、天川翔そのものに興味があります」
言いながら、蓮沼はコーヒーを飲み干した。
それを聞いた六文銭が同じようにコーヒーを飲み干した。
「…蓮沼が特定の生徒を気に入るなんて珍しいね。なにか彼と面白いことでもあったのかな?」
「これは、たまたまなのですが…天川が、いじめられていた生徒を助けて、そのうえその生徒に反撃しろ等の激を飛ばしていたのを目撃しました。それだけならまあ…私は今時熱い奴もいるもんだなとしか思いませんでしたけど」
ここで蓮沼はようやく笑みがこぼれた。
「普通そういう時って、情熱的な感じになるものじゃないですか。ただ天川の場合『死んだ魚みたいな目』をしながらそう言っていましたので…彼の心境とは実に複雑怪奇なものだと感じました。あの時の負のオーラは…あなたのいうところの…『死神』に憑かれているというのも頷けます」
六文銭がそれを聞き同じく笑う。
「残念ながら『そういう』意味で天川を『死神憑き』と呼んでいるわけじゃないよ?本当に『死神』に憑かれているのさ、彼はね。でもまあ、『死神』に気に入られるぐらいなのだから…魅力はあるんだろうな」
蓮沼は比喩か何かで天川を『死神憑き』と呼んでいたものだと思っていたが違うようだ。
「『死神憑き』なんて滅多にお目にかかれるものじゃないからね。君が知らないのも無理はない。彼が私の『試験』を突破してくれることを切に願っているよ。…店主ここに置いておくよ。ご馳走様」
そう席を立ち、テーブルに一万円札を一枚置いた。釣りはいらんとでもいわんばかりに、そのまま出口に向かう六文銭。
「…さすが『時』魔法の権威であらせられる『六文銭舞雪』先生はリッチですねえ」
蓮沼が揶揄するようにそういいながら、店主に一礼して六文銭についていく。店主は変わらず新聞を読んでいた。
「蓮沼。この『時』と『場』には、それだけの価値があるということさ。…まあ、コーヒーはもう少し凝ってもいいとは思うけどね」
「言いたいことは分かりますけど、一般教師は薄給なんですよ」
そういいながら凸凹コンビは店を後にした。




