12,天川翔は『不条理』にこそ憎悪する。
《ところで。なぜ自分で部活を作ろうなどと考えたのですか?あなたはある意味では行動力があるとは思いますけど、そういう方向性には労力を割かないと感じますが》
天川の自室。
アルマは簡素な椅子に座り、片足を上げて新調したブーツを眺めながら天川にそう問う。
露出度の高い黒のキャミワンピにカーディガンという出で立ち。グラマラスな体に金髪のロングヘアー。色白。
あの後、靴屋により女性ものの黒のレースアップブーツを新調したアルマ。本来であれば部屋でブーツなどひっぱたく案件だが、例のごとく幽体でブーツも実際には存在しないので問題ない。
ご機嫌な表情だ。新しいブーツがよっぽど気に入っているのだろう。
一方の天川は、ジャージ姿でベッドに仰向けになって寝そべっている。天井を見ながら今後の事を考えている。
転生してからというもの、本当に考えることが多すぎる。本来の天川だったら帰宅後すぐに酒とパソコンでリラックス状態になってたものの、今はそういうわけにもいかない。
でもまあ、色々な可能性があるのはいいことだ。
《確かに。転生前の俺だったらそうだったろうな。…まあ色々と理由はあるよ。幽霊部員って楽だけど、推薦や入試での面接で部活動について質問されると何も言えんくなるから…ただ、それなら既存の倶楽部に入れよって話なわけだが。だがそれだと、先輩後輩の上下関係が面倒だからそれならいっそ自分で作ってしまえ…てのが理由の一つかね》
天川の返答に目を細めるアルマ。
《随分とまあ、つまらない理由ですね。それに会社員だった天川なら『そういうの』は慣れているのでは?》
それに対して会社員を経験しているからこそだよと天川は鼻で笑う。
《会社は金が貰えるから我慢できるんだよ。部活動なんて金も貰えないのになんで年上ってだけの連中に従わなきゃならんのか…別に年上を敬うのが嫌ってわけじゃないけど、好き好んでそんな場に入りたくないってだけだ》
子供が上下関係を学ぶという意味では、確かに部活動はいいのかもしれない。だが天川は元社会人のおっさんなのだ。そういうのを学ぶ必要はない。
《天川には上級生、下級生の恋愛等は期待できなさそうですね。そもそも見たくもありませんが…そんなの。それで、他の理由は?それでは多少動機として弱い気がします》
《弱くはない気もするけどな。北沢らを見たろ?あんなのみたいな上級生が同じ部活にいたら…想像したら吐き気がしてきたな…まあそれはそれとして。勿論理由はほかにもある。放課後学校に残れる大義名分ができるからね。そこが幽霊部員とは大きな差だ。知ってるか?親ってのは何の理由もなく帰りが遅いと心配するもんなのさ》
天川が起き上がり、アルマの方向に身を向ける。アルマは、は~なるほどと顎に指を当て上を向く。
《つまりあれですか?部活動という建前で、内申点を上げつつ放課後を自由に活動できる時間を作るためだったと?相変わらず小賢しいというか、なんというか…しかし同時に煩わしい上下関係も回避できるというわけですか。…じゃあこんなところでそろそろ本質を教えてください》
本質を教えてください。以上は全部おまけの理由でなんか重要な目的があるんだろとでも言わんばかりに。
まあでも、それは合っている。
《アルマ》
《どうしました?》
《お前の好きな将棋番組の時間…過ぎてるぞ》
《ああ!?なぜ早くそれを言ってくれないのですか!!》
天川はため息をつきながらテレビのリモコンで電源を入れる。
途端、アルマは食い入るようにテレビを見始めていた。
(まあ…『今』話すようなことでもないしな)
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学校。
「天川ー、理科室いこーぜー」
望月に誘われる。
無造作っぽい短めの黒髪、さわやかっぽい将来イケメンになるであろう顔立ち。ブレザー。
蓮沼先生との対局後、少し様子が変だとおもったものの、翌日はいつもの調子に戻っていたので天川は安心していた。
「じゃあ、あーしもご一緒しちゃおっかなー」
そこに三好が加わる。
茶色がかったセミロングのツインテの女子。小悪魔的な可愛らしさの笑顔。肌は褐色気味。スマートというよりは華奢な体つき。ブレザー。
こいつはこいつで、最後意味深なことを聞いてきたが…まあ望月と一緒で元の調子に戻っていたから今は後回しにしよう。
もはやいつもの三人組となっていた。
まあ、別に悪い事ではないしむしろいいことだ。
そして理科室へ向かう途中にA組の教室前の廊下を通るとき。
天川の見たくない光景が目に入ってしまった。
「…」
「どうしたのー?天くん…て、あー」
突然立ち止まった天川の視線の先を見て、三好は色々と察した。
A組教室の隅で。いじめっこの北沢の腰巾着、小太りの東野と痩せの谷町が遠巻きに見てもわかるようにいじめをしていた。今日は北沢の姿は見えない。
二人は160くらいの身長でもっと小柄な男子をいじめていた。肩にパンチや腹に膝蹴りを入れている。
小柄な男子はただ、ただ、たえている。
「…ほっとけよ天川。お前はようやくあいつらと縁切りできたんだろ?ああいう連中は性懲りもなく『ああいうこと』をつづけるもんなのさ。無視、無視」
そう望月が天川の肩に手を置く。
そうだ。そんなことは言われなくてもわかってる。
そして周りは誰も助けてくれない。保身のために。
それも当然で、下手をしたら自分が次のターゲットになりかねない。
だから天川は周りが悪いとは思わない。
だが。
前の世界で。不条理をその身に受けたことも多い天川は、その光景を見て自然に右手が拳に変わる。
《…天川?》
天川の瞳が暗く濁る、その静かな怒りに、アルマが思わず声をかけてしまう。
《…不思議だよな。俺は別にあいつを助けたいとは思わないし、東野と谷町をぼっこぼこにしたいとも思わない。ましてやヒーローにもなりたくない》
天川にあるのは。
心の奥底に沈殿する…黒くぐつぐつとした憎悪。
それは世の中の不条理に対する憎悪。
「…天くん?」
奥底にある怒りの感情とは裏腹に、冷たい無表情の天川を不安に思い今度は三好が声をかけてくる。
「…二人とも先に行っててくれ」
そう言い残した天川は二人の制止を無視してA組の教室に入る。
クラスメイトではない天川が入ってきて、クラス中の視線が天川に集まるがそれを無視していじめの方へ向かう。
「東野くんに谷町くん…そいつと二人で話があるから、少し貸してくれない?」
「…なんで俺たちがお前の言うことを聞かなきゃいけねーんだよ」
辛うじて東野が言い返したが、天川の無言で冷たい表情のプレッシャーに気圧される。
「…ち、行こうぜ谷町」
そう捨て台詞を吐いて、教室から出ていく二人。
その様子にクラス中がざわつく。それもそのはずで、天川からすれば脅しの道具がある以上今の結果はとうぜんではあるものの、周りはそれを知らない。
そのうえ、天川は過去に二人にいじめられていた過去がある。
ざわつくのは必然と言えた。
「じゃあ、ちょっとだけ付き合ってもらっていい?」
怒りは全然収まらなかったが、なるべく優しい口調でいじめられていた男子にそういう。
「…うん、わかった」
と天川についていく小柄な男子であった。
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校舎裏。
北沢らと交渉した場所に移動した。
「あ、あの…僕を助けてくれたの?だとしたら、あ、ありがとう」
「別に。その前に『俺』は天川。お前は?」
おどおどしながらお礼を言う男子に対して天川は背を向けたままそう問う。
「…海野、七海」
155くらいの小柄な矮躯、色白で天川以上の優男のような顔立ち。短髪とも挑発ともいえない中途半端な長さの黒髪。ブレザー。海野七海。
声色が突然低くなる天川に対し、おどおどが増す海野。
「別に取って食いやしねえよ。それで?おまえあいつらにいじめられてたんだろ?その後のプランは?まさかこのままやられっぱなしか?わかっていると思うが、お前自身が何か行動しなければ誰もお前なんかたすけないよ?」
変わらず、背を向けたまま海野に重ねて問う天川。
「…いや、あいつらもいずれ飽きると思って……。それにやり返したりしたらもっと酷くなるんじゃないかな…ってさ。今日はたまたま休みだったけど、北沢くんもいたらもっと酷くなりそうだし」
そう力のない笑みを浮かべる海野。
「飽きる…ねえ。あいつらは飽きたりなんかしないよ。なぜなら弱い物いじめをするようなしょうもない連中はそういうしょうもない事が大好きだから。それとも何か?来年のクラス替えまで我慢か?もし
それならご苦労なこった」
振り返らずに言いたい放題の天川に、海野も若干苛立ち思わず言い返す海野。
「だったらどうすればいいの!?天川君が協力でもしてくれるの!?」
ここで、初めて天川が振り向いた。
しかしその表情は。
正義のヒーローのような頼もしい笑顔ではない。
暗く、淀んだ瞳に、冷たい表情
「知るか。俺はお前に何もせずただ黙ってやられているだけじゃ何もかわらないと言いたかっただけだ。…くだらないことで呼び出して悪かったな。それじゃあ」
言いたい放題残して、その場を立ち去ろうとする天川に海野が呼び止める。
「もしやり返して!それ以上酷くなったらどうすればいいんだよ!」
天川は振り返らず横顔だけを見せた。
今度は少しだけ、ほんの少しだけ表情が緩んでいた。
「どうせ殺されるわけでもなし。負けたら次の手を考えろバーカ。その頭はかざりもんか?バーカ。暴力以外でもやりようはいくらでもあるだろバーカ、少しは頭を使えバーカ」
そう吐き捨て、一人残される海野だった。
「…」
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《あの海野という少年…天川の言葉が少しでも響けば良いですね》
校舎に戻る途中、アルマが天川にそう語り掛ける。
鮮やかな金髪のロングヘヤー、今日は白色のチビtシャツに黒のミニプリーツスカートという出で立ち。
《…意外だな。てっきり『…天川らしくない行動ですね』とでも言われると思ってたよ》
天川はそうため息をつく。自分で言っておきながら本当にそう思う。しかし、正義感だけでいじめを止めるような聖人がどれほどいるのかとも思う。むしろ大半は見て見ぬふりだろう。
まあ、別に正義感であんなことをしたわけではないし、実際にはその場を止めただけで、根本は解決していない。
天川がそう続けると、アルマがそう思ったからこそそう言わなかったのです、とほほ笑んだ。
《恐らくですがあのいじめの光景であなたの中で許せない何かがあったのでしょう?あの時のあなたの表情からは底知れない怒りを感じました。かといってそれはいじめる側の少年たちではなく、むしろあの海野という少年の置かれている『状況』に向けられていると考え至った故、そういいました。天川の言葉が響けばよいと》
図星だった。
天川は思う。学校でもそれ以外でもいじめやそれに似たようなことは決して無くなることはない。今もどこかで天川の知らないところで、大勢の人がそういう目に合っているのだろう。
動物だって遊びで他の動物や虫を殺めることがある。それと同じことだ。善人が生まれると同時に悪人も生まれ続ける…ただそれだけの事、だ。
天川の前人生は碌でもないものだと自負していたものの、得たものもそれなりにある。
その一つが『現状を打破したいなら勇気を出して戦え、行動しろ。愚痴っているだけじゃ何も変わらない』だった。
これは言葉にするのは簡単だが、実践するとなると途方もなく難しい。
天川だってそういう機会があって、戦う、行動する機会が何度かあったものの、相当の勇気と覚悟が必要だった。
大体にしてそもそもが理不尽なのだ。
仮に被害にあった側に原因がなかったとして、ただ加害者側から一方的に攻撃されて。それを解決するには自分から立ち向かわないといけない、しかも大なり小なりのリスクを背負ってまで、だ。
加害者が何もしなければ、何も起きないのに。
海野という少年にいじめの原因があるかどうかは知らない。仮にあったとしてもいじめていい理由にはならない。しかし加害者側にはこんな理屈はどうでもいい。
自分らが愉快であればそれでいいから。
天川が不条理と感じるのは、いじめとかそれに類似することが絶えないということではない。
天川はそれなりに長い人生の中で、戦う、立ち向かう勇気と覚悟の大切さということを学んでいたから、北沢を退けられただけで。
それならば海野七海という少年の場合は?
13歳という未熟な年齢で。立ち向かう勇気と覚悟もなく、それを学ぶ時もなく、一方的にいじめにあっている。
天川はその理不尽とも、不条理ともいえることに憎悪していたのだ。
《まあ、海野からすれば余計なお世話だったかもしれんし…結果がどうであれ、もう何も言わんよ俺は》
と両手でやれやれという仕草をする天川。
《…一口に助けると言っても。様々な形があるのですね》
と、アルマは愉快そうに笑んでいた。
《別に助けてねえよ》
《ツンデレは時代遅れですし、男がやっても気色悪いだけです》
《うるっせえ》




