11、急戦矢倉
資料室。
わりと狭い部屋だが、対局ができるほどの広さはある。
小さいテーブルに安っぽい将棋盤とタイマーが置かれていた。
蓮沼先生と天川が差し向かいで座り、ギャラリーの如く三好と望月が立っていた。
蓮沼先生曰く、集中して対局したい場合この資料室を対局室として利用することがたまにあるらしい。
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資料室に向かう途中。
《…もしかして私に指させるつもりですか》
アルマが天川に問う。
《ああ、将棋好きなんだろ?丁度いい機会だ。俺はお前の言う通りに駒を動かすから》
《指すこと自体は構いませんが、私は実際に指したことはありませんよ?この蓮沼という教員の棋力もわかりませんし、勝てる保証はありません》
そうジト目を天川に向けるアルマ。そんなアルマの心配をよそにこういう表情のアルマも魅力的やなーとどうでもいい思考をする天川。
《別に負けてもいいから気楽に指しなよ。見るのもいいけど、実際指しても楽しいと思うぜ?まあ俺は負けそうになるとイライラして盤ひっくり返したくなるけどな》
そう言って笑う天川にアルマは困惑した表情を見せる。勝負に勝ったらクラブを作っても良いということは、裏を返せば負ければそれをあきらめろということだ。
それなのに天川は勝敗なんかどうでもいいから、とにかく将棋を楽しめよとでも言わんばかりだ。
《…やっぱりあなたはよくわからない人です》
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現在に戻る。
「ちなみに、棋力はどれくらいなの?」
蓮沼先生は天川に問う。
…。棋力と言われてもねえ。そもそも棋力ってなんだろう。まあ、読んで字のごとく、将棋の段位とかなんだろうけど。そういやアマチュア何段とか聞いたことがある。
「とくにないですけど…ネット対戦でまあ、まあ、勝ってるんで多分強いと思います」
天川の答えに蓮沼先生は目を見開き、その後大きなため息をついた。
(…将棋メインのボードゲームクラブ作りたいって言うぐらいだから、そこそこ指せるのかなと期待したけど…この言い草だと多分アマ8級とかそんなレベルね…くだらない)
「天川。本来なら2枚落ちくらいでやるべきなのでしょうけど、気が変わったわ。平手でいいわね?早く終わらせたいから持ち時間はお互い60秒で、先手は…流石に譲るわ」
先ほどまで機嫌が良さそうだった蓮沼先生が、急に不機嫌そうになり、駒を並べ始めた。
《アルマ、平手ってどういう意味?…ていうかなんかいきなり先生がめっちゃ機嫌悪そうなんだけど…俺何か悪い事言ったかね?》
《平手はハンデ無しという意味です。察するにこの蓮沼という教諭、かなりの指し手なのでしょう。なので根拠も乏しいのに、自分が強いという天川の発言がきにいらなかったのでは?…まあ、そっちのほうが好都合です。ハンデなどいりませんし、そんなことをされるくらいなら普通に指して負けたほうがまだマシというもの》
アルマの返答に、そういうことかと納得した天川だった。まあ、たしかに真剣に将棋を指している人たちにとって自分の発言は舐めているなと感じた。…知らないんだからしゃあないじゃんねー。
と次からは気を付けようと反省しながら天川も駒を並べる。
《…天川、始める前にお願いしますとあいさつしたほうが良いですよ》
ああ、そういや知ってる将棋漫画でもそんなことしてたっけ。そんなことを思い出し、アルマの忠告通り、天川は頭を下げる。
「お願いします」
「……お願いします」(ネット将棋なのに挨拶ぐらいは知っているのね)
《天川、まずは7六歩です》
将棋のルールを知っていたのと、遊びで多少は指していたので、アルマの指示通りスムーズに指す天川。
対する蓮沼先生も淀みなく駒を進めていく。
(…この囲いは急戦矢倉?草食系っぽいのに、ずいぶんと攻撃的ね…嫌いじゃない)
《そんなに早く終わらせたいなら、お望みどおりにしてあげましょう》
アルマの瞳が鋭く光る。一方の蓮沼先生は天川の迷いのない指し筋に、見直したのか、機嫌悪そうなのが収まり、だがアルマと同様に鋭い笑みに変わった。
パチパチと、心地よい駒の音が資料室に響く。
望月も、三好も黙って対局を見守っていた。
《…矢倉囲いに対抗して矢倉囲いですか。わかりやすくていいですね。天川、4六歩》
(…仕掛けてきたわね)
矢倉囲いってなんだと聞きたかった天川だったが、アルマが愉快そうに指しているのを見て黙っておくことにした。
天川は将棋の素人だが、盤面を見ればなんとなくどういう状況かは理解できる。
それぞれの陣形が完成し、中央の歩が激突し始めた。
(ここは安全に受ける…!)
《受けるなら攻めさせてもらいましょうか。天川、5五歩》
アルマの歩がまた蓮沼先生の歩の目の前にくる。素人考えだとなぜ先生はアルマの歩を取らないのかとか思ってしまうが、天川の思いもよらない読み合いをしているのだろう。
しかし、考慮時間が60秒しかないのがきいて、戦局はどんどん進んでいく。
それに比例して蓮沼先生の表情が険しくなってくる。
アルマが迷いなく指すのに比べ、先生は考慮時間ギリギリまで悩むようになった。それもそのはずで、アルマの怒涛の攻めが止まらない。天川には思いもつかない駒切などを駆使して攻めを継続している。
《ここは角と馬を切りましょうか。角と銀が交換できれば詰め路ですね。天川、6四角》
(…まったく迷いがない!?いや、まだ詰め路ではないはず!!)
《2四馬で金と交換です》
よくこんな簡単に角とか切り捨てられるなあ…と感心する天川。そういえばへぼ将棋は王より飛車をかわいがるんだっけ?
(大分よられたけどこれで、守り切る!)
《そこに金打ちですか。13手で詰みです。天川、詰んでいるのにまだ指すんですかと煽ってください》
そう口元を歪ませるアルマに、天川はおいおい勘弁してくれと頭をかく。
《どうみても詰んでるように見えないけど、まあお前がそういうならそうなんだろうな。早く終わらせてやれよ》
なにせプロでも気づかない詰め路が読めるのだから、これくらい読めて当然なのだろう。蓮沼先生の実力のほどは知らないが、アマチュアレベルだろうし。
ともあれ。
アルマの言う通りで、途中で蓮沼先生が投了した。
「はー!?やったー天くんさっすが元ヒッキー!」
「おー、なんかわからんがよかったじゃん」
三好は喜び、望月は言葉通りよくわからないと言った感じで適当な賞賛を送る。
いやヒッキー関係ないだろ。
蓮沼先生はまさかの展開にフリーズしていたが、ようやく正気を取り戻し顔を上げる。
「天川!あなた将棋部に入りなさい!大会優勝も夢じゃないわ!!」
がんと勢いよく立ち上がる蓮沼先生。
…まあこれも、予想していた展開の一つだ。
「…先生。話が違いますよ。約束は守ってください」
蓮沼先生とは対照的に、冷めた態度を見せる天川に…あ、悪かったわと謝る。
「…そうね。うん今すぐは無理だけど、話は私が通しておくわ。顧問も私がするから安心して頂戴」
「先生、それだと3つの部活掛け持ちになるんじゃ」
そう天川が聞くと、心配無用よと軽快な笑みをみせる。
「好きでやってる仕事だからねー。2つも3つもかわらんさー。…そのかわり」
と言って天川の肩をポンポンと叩く。
「時間があったらまた対局してよ。大人しそうなのに、急戦矢倉なんて随分と情熱的な攻撃するじゃない。楽しかったわ、ありがとうね」
そういって、笑いながら退室する蓮沼先生だった。
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「天くんて将棋強いんだねーっていうか先生が弱かったりして」
帰り道。
天川、三好、望月が並んで帰っている。当然プラスアルマ。
将棋をよくしらない三好の意見はまあ、わかる。素人目からすればあの将棋のレベルがどれくらいなのかなど、知るすべもない。
《実際どうだったんだ?なんか余裕そうだったけど》
《さあ?少なくとも私が見ているレベルの対局と比べれば…比べるようなものではありませんね。私の無理攻めにも対応できてませんでしたし》
そうだ。こいつ対局するのは初めてなんだっけ。比べる対象がプロレベルしかないのであれば、多分アマチュアレベルであろう蓮沼先生の力量を正当に評価できるはずもなく。
「正直どっちでもよくない?無事クラブ作ってもいいという許可が出たんだから。僕はとりあえずそれでいい」
なので適当にそう誤魔化した天川だった。
「…いや、普通に考えて先生がお前の事将棋部に誘ってたろ。しかも何の大会かはしらないが優勝できるとかなんとか。つまり先生はそれぐらいの見極めができる実力はあるんだろうし、お前はもっとずーっと強いってことじゃね?」
後頭部に手を組み空を眺めながら話す望月。そういやそんなこと言われてたな。
「ああそういや、付き合わせて悪かったよ。望月はバスケ部入るんだろ?無理には誘わないから安心してくれ」
「んー?あー、まあ…どうすっかなあ…一応保留ってことにしとくわ。まだ決めるには期間があるからな。…それじゃあ、また明日な」
ここで望月と別れた。
「なーんか様子ちょっとおかしくなかった?望月くん」
小さくなる望月の背中を眺めながら不思議そうな顔をする三好。
たしかに三好の言う通り、天川がクラブを作るというくだりから、なんかこう…歯切れがわるいというかそういう態度が少し見える。
「とは言っても、そこまで気にすることでも無くない?疲れてるだけかもしれないし。ああそれと、これから野暮用あるんでここで僕もさよならだ。ばいばい」
と、天川がいつもと違う方向に体を向けると三好が天川を呼び止める。
いつも、いたずらな笑みを見せていた三好が若干だが悲しそうな表情をしていた。
「天くん」
「なに?」
「あーしら、もう…『友達』だよね…?」
一瞬どういう意味か理解できなかった…というか、ずっと理解できていないが天川は答える。
「違うの?」
天川の返答にぱああと、いつもの笑顔に変わった三好は
「!?…だよねー!!また明日ねー!!」
と元気いっぱいに手を振りながら走り去っていった。
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《今日は楽しめたので靴屋はまた今度でいいですよ》
野暮用とは靴屋によることだろうと思っていたアルマは天川にそう提案する。
楽しめたとは蓮沼先生との対局のことだろう。
《んー、どうせやることもないし約束だからな。気にすんな…それより急戦矢倉ってどういう意味なんだ?》
《急戦矢倉とは将棋の戦法の一つです。わかりやすく言うと超攻撃的な布陣ですね。攻めが上手く通ればすぐに勝負がつきますが、一旦攻めあぐねると一気に攻め返される大変リスキーな戦法ですね。圧勝しているかのように見えたでしょうけど、一手違いで負けも十分あり得ました》
初対局でそんな陣形使うなよと天川がいうと、あら?負けてもいいから楽しめと言ったのは天川じゃありませんかとアルマが返す。
《というより、負けてもいいとはどういう意味だったのです?私の力目当てで将棋の勝負に勝とうとするまでは理解できていましたけど、負けてもいいとなると矛盾します》
天川の思惑。
ただでさえ忙しい教師業にテニス部とと将棋部の顧問を兼任している蓮沼先生。
ならば単純に将棋好きなのでは?と考えた天川だった。勝ち気な性格も相まって、天川が将棋メインのボードゲーム部を新規で立ち上げたいと言えば、こういう展開もあり得るとかんがえたのだ。
実際にその通りになったし、アルマの実力も天川の見立て通りだった。
ただ。
そこまではアルマも読めていたが、負けてもいいというのは理解が出来ていなかった。
《…あー、まあ、そん時はあんまり深く考えてなかったかな?俺は当然お前が勝つもんだろうと考えていたんだが、確かに言われてみれば初対局で必ず勝てってのも考えてみれば滅茶苦茶だし…だから仮にまけてもお前が楽しめればそれでいいかなーと思って言った》
仮に負けても、その時はその時だ。きっと別の手を考えてるさと嘯く天川。
《…天川》
《んー?》
《勝負事というのはなんでも勝ってこそ、意義があるというものです。少なくとも私は負けて楽しめるということはありません。ていうか大嫌いです。…しかしながら》
アルマは続ける。
《おかげで気負わずに対局を楽しめて勝つことができました。天川はそこまで考えて私にそう言ってくれたのだろうと考えましたが、違うのですか?》
アルマの問いに買い被りだよばーかと天川は笑う。
《だけど、大局が見通せれば。負け戦も案外悪いもんじゃないんだぜ?まあ元負け犬の俺が言っても説得力ないけどな》
アルマはそれに首を横に振る。
《一応それは。胸に刻んでおきましょう》




