10、部活なににしよう?
中学1年生に転生した天川翔にとって意外な問題が一つあった。
というか天川にとっては大問題である。
正直解決策があったいじめ問題より、もっとやばい。
なぜなら解決策がないから。
それは学校の授業が絶望的につまらないことだった。
ただ実際につまらないのではなく天川がつまらなく感じるだけなのだが。まあでも当人がそう感じればそれも一つの事実なわけで。
まあ、つまらないというよりは退屈と言った方が正しい。これは別に天川の頭が良くて中一レベルの授業がレベルが低くて辛いという事ではない。単純に椅子に座ってじっとしつつ先生の授業をずっと聞いてるのが苦痛なのだ。
これが先生の話も聞かずぼーっとしていていいなら別の話だが、黒板に記されたものをノートに写さなくてはいけないし、ところどころテストに出そうなところの示唆もされるため、ぼーっとしているわけにもいかない。
「天川!ちゃんと聞いてるの!この問題を解いてみなさい」
天川のクラスの担任。蓮沼可憐が高く透き通る声でそう天川を指名した。ちなみに蓮沼先生は数学担当で、黒板には分数の足し算掛け算割り算の複合計算が記されていた。
「は…はい!」
咄嗟の事でびっくりしたが、一応元気な返事で応対する天川。長い人生経験で返事は元気よく!それは知っていた。それさえできればまあ、最初だけはなんとかなる。
黒板に向かう途中で一つ思いつく。
《アルマ。実はお前って頭いい?あの計算解ける?》
基本的に天川の隣を歩くアルマにそう問う。この日は先日購入(?)した露出度の高い黒のキャミワンピにカーディガンという出で立ち。グラマラスな体に金髪のロングヘアー。色白。
《あのぐらいの計算…天川にもできるでしょう?元は35歳の会社員だったのですから。私が答える必要性をかんじませんが?》
怪訝な表情を見せるアルマ。それはその通りで、元の天川は高卒だが流石に分数の計算ぐらいはできる。だがアルマの返答を聞いて、天川の問いにイエスだと解釈した天川はにやりと笑う。
《…アルマ、今日の帰り、洋服でも見に行かない?》
《…!?そ、そんなことでは釣られませんよ!》
そうプイと顔を横に向き目を閉じるアルマに、天川は畳みかける。
《じゃあ、趣向を変えて靴でも見にいくか?お前さん、いつもパンプスだけど可愛らしいブーツとかも似合うと思うんだよなあ………問題解いてくれないかなあ?》
《…!?ま、まあ?…よくよく考えれば、この程度の計算、私が解いてもあなたが解いても同じようなことですしね。わかりました。解は1/3です》
可愛らしいブーツという言葉にぱああという歓喜の表情を見せる。この女神…本当にちょろいん。
「…これで合ってます?」
黒板につくなり天川があっさり回答を書くと、蓮沼先生も、クラスのみんなも少しどよめいた。
「…正解よ。暗算でここまで早いなんてなかなかやるわね。ただ、暗算は得てして凡ミスの元だわ。ちゃんと筆算しなさい」
《アルマ》
アルマの念話からの指示ですらすらと計算の過程も書く。
「…ん、ちゃんと予習してきているようだし、授業も聞いてるようね。私が悪かったわ。席に戻ってよし!」
天川の素早い解答にそう満足そうに頷く蓮沼先生だった。
アルマの言った通り、天川でも少し時間をかければとけるレベルの計算ではあったものの、それでも敢えてアルマに解かせたのは意味がある。
授業中のこういったことやテストを丸投げするためである。
将棋が強そうだったので頭もいいだろうと思ったから試してみたがその通りだった。これで自分は授業内容をノートに取るだけであとはほげーと授業を聞いてればよしとなる。
せっかく転生したのだから、できるだけ楽をさせていただこう。
ただ、問題は。
いつまでアルマが天川の側にいてくれるかどうかだが。
(…その時はその時に考えるか。…肝心のこの世界における『魔法』とやらも体験できてないしな)
『属性選別』が実施されない限り、魔法の授業も始まらないので天川は敢えて魔法の情報は収集しないでいた。そもそもエリート組である有属性でもない限り、私生活に魔法はあまり使われない…というか厳しい規制がされている。天川の母も魔法が一応使えるらしいが、子どものお遊びレベルだという。見せるほどのものじゃないとか。
本当に…どこの世界も凡人には厳しいものだ。
天川自身も自分は多分凡人の『無』属性だと思っていたので、魔法に関してあれやこれやと心配してもしょうもないとも感じていた。
ただまあ、魔法というのには単純に興味はある。アルマにどんな能力を授かるのかも自分が魔法に関してどれほどの才があるか、あるいは今後の生活にどれほど関わってくるかで変わってくるしで。
(…さて。授業中に余計な思考ができるようになったのはでかいな)
勉強はアルマに任せこの世界の立ち回りや今後のことに思考を巡らす天川だった。
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放課後の教室。やはり終わりのチャイムは学生でも会社員でも心地よいのは同様で、クラスメイト達の雑談で賑わっている。
「天川。部活どこ入んの?俺と一緒にバスケ部入らねえ?」
天川の隣の席にいる望月がそう天川を誘ってきた。無造作っぽい短めの黒髪、さわやかっぽい将来イケメンになるであろう顔立ち。ブレザー。
天川はあーっと思わず間の抜けた表情を見せてしまった。
そういやそういうのもあった。天川はバスケ部かーと腕を組みうーんと悩む仕草をしてしまう。
「天くんは元ヒッキーなんだから、バスケ部なんて無理だよー。あーしと一緒にどっか適当な文化部入って幽霊部員しないー?あはは!」
天川の前の席の三好が振り返り話に入ってきた。
茶色がかったセミロングのツインテの女子。小悪魔的な可愛らしさの笑顔。肌は褐色気味。スマートというよりは華奢な体つき。ブレザー。
さんざんな言われようだが、確かにその通りだった。転生前の天川は引きこもりではなかったが、どっちかといえば…というかかなり陰キャよりだ。陽キャが集まりそうな運動部はきついものがある。そういう意味では望月よりは三好の誘いは魅力的だったが…一度は中学生を卒業したことがある天川は本来では絶対あり得ないだろう第三の選択肢をとる。
「…せっかくだけど、僕はどっちもお断りさせてもらう」
天川の意外な反応に二人は驚きの表情を見せる。
無理もない。物腰の柔らかい態度をしている天川にせっかくの誘いを断ることなど無いと思っていただろうから。確かに天川が本当に13歳の精神ならどっちかの誘いをなあなあで乗っただろう。
しかし本当は35歳会社員の精神が宿っている。
だからこそそれなりに色々と思惑がでてくるのだ。
「なぜなら僕は自分で部活を作ってそこで活動するから」
「え!?」《…!?》
驚きの声が望月と三好で重なった。天川の横で立っていたアルマも予想外の答えだったのであろう。同じく驚きの表情を見せている。
「引きこもっている間、ネットのボードゲームばっかやっててさ。それなりに強くなったから将棋メインの色んなボードゲームクラブを立ち上げようと考えてる。だから悪いけど二人の誘いには乗れないよ」
天川の発言に三好が意外なまでに身を乗り出し、目を大きく見開き驚きの歓喜の混じった表情で天川に迫った。
「なにそれ!?超おもしろそーじゃん!天くんが立ちあげるなら勿論天くんが部長だよね!?あーしがそのクラブに一番乗りしたらあーしが副部長ってことでオッケー!?」
三好の予想外の食いつきに天川は勿論、望月も若干引いていた。しかしまあ、冗談でもなく本気で言っていた天川にとって部員が確定で一人決まるのは勿論歓迎である。
「…入ってくれるならね。それに作って良いかの許可も先生に得ないとだから…ていうかいいの?僕の作るクラブに入ってさ」
普通に考えれば可愛らしい容姿の三好なら、どこの部活でも人気者になりそうなもんだけども。ああ、だけど幽霊部員にならないって言ってたっけ。あんまり部活に興味がないのか?いやそれだと天川のクラブに入りたがるのに矛盾が生じる。
「それに確か将棋部って既にあるはずだぜ?それこそうちの担任の蓮沼先生がテニス部と兼任で顧問しているって話だ。だったら許可されないじゃないの?」
望月が否定的な意見を言うと、三好が頬を膨らませる。
「望月くんはつまんないなー。そんなのやってみなきゃわからないじゃん」
三好の反応に苦笑いする望月。でもまあ、望月は現実的な意見をいっているだけだ。許可を出す教員だって新たなクラブなど極力増やしたくないはずだ。これは本当かどうかは知らないが、部活の顧問をやったところで教員の給料には一切反映されないらしい。
だとしたらおいそれと顧問を引き受ける教員などいないだろうし、既存に同じような部活があれば大人しくそこに入れというだろう。
なんだったら天川が教師だったとしてもそういう。
ただ。
やはりというか、持つべきものは友だと思った。
望月からの情報で蓮沼先生が将棋部の顧問だということが分かり、天川の思考が急速に進む。
多分蓮沼先生は態度や仕草、言動から察するに勝ち気で強気な性格だ。
それに加え将棋部の顧問…。
天川の思惑が上手くハマれば、スムーズに事が進むだろう。
「それに関しては僕に考えがあるから」
そうにやりと笑う天川に?な表情を見せる望月。
「それなら善は急げだよねー!さっそく蓮沼先生のところにいかない?」
対照的に浮かれ気味の三好が天川をそう誘う。
本来はもっと後でもいいかなと思う天川だったが、まあ三好の誘いを断る理由もないので天川は頷いた。
《…天川》
《なんだよ》
《『考え』とはもしかして私が絡んでいるのでしょうか?》
《そうだよ?》
《…だとしても能力を授けてくれとか、そういうのではないのでしょうね》
《わかっているじゃあないか》
悪びれもなくそう笑う天川に、呆れながらもまんざらでもない女神だった。
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「ボードゲーム部ねえ…将棋メインなら、将棋部でいいんじゃない?ちょっとくらいなら他のボードゲームで遊んでもいいわよ?ていうか実際そうしてるし」
職員室。
蓮沼可憐教諭の机の横で、天川、三好、望月が立っていた。望月がついてきたのは、単純に興味があるからだと。まだ天川の部活に入るかはわからないらしい。
そして新たに部活を作りたいと言ったら、望月の予想通りの返事が返ってきた。
やっぱりなという仕草をみせる望月だったが、三好は何か蓮沼先生に抗議しようと身を乗り出すと、天川が制止する。
俺に任せておけと言わんばかりに。
「先生。部費も出さなくてもいいし、部室も放課後の教室のどこかを貸してくれたらそれで問題ありません。大会もネットが中心になると思いますので、顧問になる先生も負担が少ないと思います」
蓮沼先生は天川の言い分に怪訝な表情を見せる。
「…天川、悪い事ではないけどあなた妙に落ち着いているわね。普通顧問の負担なんて考える歳じゃないでしょうに」
そりゃそうだ。精神は35歳のおっさんなのだからと、天川は心の中で返事をする。
「とは言っても、作る以上、部費も出すようにしないといけないからね。ちなみに既存の将棋部に入らず自分でクラブを作りたい理由は?」
「僕は自分で考えて自分の思った通りの活動をしたいからです」
天川はまっすぐ目を逸らさずにはっきりと答えた。
天川の表情と言葉にどうやら遊び半分で言ってるわけじゃなさそうだと、蓮沼先生は深くため息をつく。
「で、三好と望月も天川のクラブに入りたいってわけ?」
蓮沼先生がそう二人に問うと、三好は勢いよく首を縦に振り、望月は、まあ今のところはと曖昧な返事をした。
「…それなりにカリスマ性もある…か。生意気だけど、ちゃんと授業も予習してきているようしで無下に断るのは教師失格ね」
ぶつぶつと独り言のようにつぶやく蓮沼先生。
その後、よし!わかったわ!と挑戦的な笑みを天川に向けた蓮沼先生。
「まじ!?やったね!?天くん!」
そうはしゃぐ三好に、喜ぶのはまだ早いわよと止める蓮沼先生。思わず硬直してしまう三好を尻目に蓮沼先生は続けた。
「私と将棋で勝負して、勝ったらそのクラブを作っていいわよ?」




