1,無理矢理転生させられた件について。
おっさんの会社員、天川翔はまあ、言うなればどこにでもいるおじさん。
やや田舎の工場で普通に働いていた。
(あー、疲れたー早くビールのみてー)
田舎は都会と違い、車はほぼ必須といっていいものだ。天川も例に漏れず、労働を終えた後
そんなことを考えながら自宅に帰るため車を運転していた。
いつもの日常だった。
しかし、毎日どこかで不幸な事故で亡くなっている人が確実に存在しているのだ。
そして。
この日は天川が選ばれた。
「…!!?」
テンプレだった。
幼稚園児ぐらいの女の子が道路に飛び出してきたのだ。天川も一応スピードは落として運転していたが
ブレーキでは間に合わない。
ハンドルを思い切り切った。
轟音とともに、車が電信柱に激突した。
「…」
薄れていく意識の中。天川は泣いている女の子が目に入り思う。
(…ああ、無事なようでよかった。…いいや、人を死なせて生きるよりはいい)
自分以外に被害者はいなそうなことをしり、安堵しながら暗転してゆく。
天川翔の命はここで幕を閉じた。
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「…ここは?」
天川が目覚めると、そこには一面お花畑が広がっていた。
どこまでもお花畑。現実離れした風景。
「ここは転生をする場所ですよ」
後ろから高い声がした。
天川が振り返ると、現実にはいなそうなフランス人形のような恰好をした女性が立っていた。
天川の身長は170くらいだが、この女性も同じくらいの身長だった。
とても美人で、さながら美女とおっさん。
「…本当だったら疑うところだけど、まあ、俺って死んだんだよな」
夢にしては妙に意識がはっきりしすぎている。現実離れはしているがこの背景は本物だとわかる。
そしてどうやってこんな場所に移動したのかも謎だ。
天川の様子をみて首を傾げる女。
「普通もっと動揺したり質問攻めにあったりするのですが…割と冷静なのですね」
天川は肩を竦める。
「どっちでも同じことじゃんねー。夢でもいいし、あんたの言ったことが事実でも俺には
特に問題がない。あ、俺は天川翔っていう。あんたは?」
饒舌に話す天川。普段の天川ならこんな美女にここまで砕けて話せない。だがここまで非現実な
場所に意味も分からずいる以上、どうにでもなれと言った感じで逆にポジティブになっていたのだ。
「アルマといいます。そこまでこの状況を受け入れてくれるなら説明の手間が省けて助かります。
…簡潔に言いますと死ねば誰でもここに来れるというわけでもなく、死ぬ予定ではない人が死んだ
場合、ここで転生の機会が与えられるというわけなのです」
ここでああ、そういやと天川がアルマに問いかける。
「あの女の子って無事だった?それと俺以外に被害者とかいなかったか知っているなら
教えてほしいんだけど、あんたの言っていることが本当ならあんたは神様みたいなもんなんだろ?」
天川の問いにアルマは不思議そうな顔をするも返す。
「…少し足を擦りむいた程度で軽傷です。奇跡的にあなた以外に犠牲者はいませんでしたね」
それを聞き、あーよかった。と胸を撫で下ろす天川。
「無事そうだとは思っていたんだけど実際そう聞くと安心したわー」
「…あなたに過失が全くないとは言えませんが、あの幼女にも過失はあると言えます。
憎しみとかはないのですか?」
アルマの問いに別にと返す天川。
「俺みたいなしょうもないおっさんより、あの女の子が生きるほうが世のためってもんだろ。
正直、そこまで執着するような人生でもなかったしなー」
天川は独身の会社員で会社と家を行き来するだけの人生だった。かといってそれに絶望するでもなく
それなりに人生を満喫していた。この多様化の中、楽しむ手段はいくらでも転がっている。
ただ。それにしがみつきたいとまでは思っていなかっただけで。
「…なるほど。どうやらあなたは転生に値する精神性をもっている様子。わかりました。
どのような能力をもって、どのような世界に転生したいですか?」
なんかどっかのアニメで見たような展開やなーと思う天川だったが、一つ思いつき質問してみた。
「転生を拒否するとどうなるんだ?」
アルマは怪訝そうな表情をする。
「正気ですか?あなたが望めば例えば火を操れる能力を持って異世界転生も可能なのに…まあ
応えると、何もなく消えるだけです」
「この場で?」
「この場で」
「痛みもなく?」
「痛みもなく」
これで天川の答えが決まった。
「じゃあ転生しないでこのまま俺を消してくれ」
別に異世界なんかで無双なんかしたくない。生きていたらどんな幸せそうな奴も、それなりに苦労
や苦悩をするものだ。
そういうのが面倒くさい。これまでの人生だって死ぬのが怖いからただ生きてただけだ。
「…私は勘違いをしました。あなたは優しいように見えて命を軽く見ている様子。
『次の世界』で自分の命の重さを知りなさい」
アルマが天川に向かって手をかざすと天川が白い光に包まれる。アルマの言葉から転生させられる
と察した天川は慌てて止める。
「ちょっ!?話が違うじゃねえか!!転生させるならせめてなんかチート能力よこせ!!」
「こうなった以上、すべてはあなた次第ですよ」
ここで初めてアルマが笑った。
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「………!?」
がばっと天川は起き上がった。
本来の天川だったら病院のベッドで目覚めるのであろうが、そうではなかった。
見慣れない部屋のあまり清潔ではないベッドの上にいたのだ。
周囲を見渡す。
なんていうか…すごい散らかっている。例えるならすごい散らかった子供部屋。
天川はベッドを降りる。スタンド式の鏡を見つけたため、自分の姿を恐る恐る確認した。
「!!?」
会社員35歳だった天川翔の姿ではない。13歳くらいの少年が立っていた。
髪がぼさぼさで肩まで伸びている。身長は170くらいで、細めの身体。
前髪が長すぎて自分の表情がよく見えない。
「…ははは。…まさか本当に転生って奴をしたのか俺は」
しかしこの状況は何とも…さながら引きこもり少年と言った感じだ。まあ、天川は引きこもりを
生で見たことがなかったので勝手な想像ではあるが。
《無事、転生出来て何よりです》
聞き覚えのある声が聞こえた。慌てて周囲を見渡すが誰もいない。
「…アルマか!?おい!?これはどういうことだ!」
天川は思わず声を荒げるが、落ち着いてくださいと冷静に返すアルマ。
《あなたの思考に直接語り掛けていますので、あなたもわざわざ声を出す必要はなく
心で思えば私に届きますよ。そうしないと変人に見られかねません》
余計なお世話だと思った天川だったがとりあえず脳内で語り掛ける。
《俺を消してくれって言ったよな?別に俺なんかにこだわらず別の奴を転生させれば
いいじゃねえか》
今からでも遅くないからと続ける天川にアルマは、はあとため息をつく。
《つくづくわからない人ですね。みんな、素晴らしい能力を授かって新たな世界にいける
と喜んで転生してゆくのに…もう新たな身体を授かったのですから恐怖なく死ぬことは
不可能です。諦めなさい》
勝手なことをいうアルマに、わなわと怒りがこみ上げてきた天川だったがこらえる。
こうなった以上は。
《…わかったよ。じゃあ俺にもなにか素晴らしい能力とやらを授けてくれ》
アルマの感じからもう自決が出来ないと思った天川は諦めたようにアルマにそう頼んだ。
せっかくだからもらえるものは貰っておく。よくいうチート能力ってやつなのか。
《…そうそう!それで良いのです!どんな能力がお望みですか?》
天川からの頼みに何故かテンションが上がるアルマ。怪訝に思う天川だったが
あまり重要なことではないと感じたのでスルーして考える。
《ちなみにもらえる能力は一個だけか?例えばどんな能力がある?》
一つだけとなると慎重に選ばないといけない。そもそもどんな能力がいいと言われても
返答に困る。
《欲張りはいけませんよ?当然一つだけです。…例えばですか?透明になる能力とか
相手の能力を複製する能力とかが人気がありましたね。まあ、なんでも
言ってみてください。大抵は実現できます》
天川は唸る。透明人間…確かに男のロマンではある。透明人間になって女湯を覗くという
妄想を天川も例に漏れずしていた。いや、いまはそういう事を考えている場合ではない。
まあ、覗く以外にも色々応用が利きそうな能力ではある。
相手の能力を複製する能力。
これは応用という意味では最強クラスの能力と思える。…いや普通に最強じゃないか?
…うむ。いざ選べるとなると悩むなあ。と、ここで天川は一つ思いついた。
《なあ、あんたの言い方じゃあ幾度となく転生させてきたんだろ?その中で成功する奴が
ほとんどだろうけど失敗してるやつもいると思うんだ。俺みたいに転生して新たな世界で
現在も上手くやっている奴の選んだ能力を、例えばとしていくつか教えてくれよ》
我ながらいい質問だと思う天川だった。これなら天川が思いつかないテンプレにはない
斜め上的な発想の能力を知れるかもしれない。
天川がアルマの返答を待つが
《………》
《…なんで黙る》
《…それがですね。その条件だとお答えできるいい例がございませんので》
《いや、成功例の一つくらい教えてくれてもいいだろ。半ば無理矢理転生させておいて
それぐらいのサービスぐらいあるのが人情ってもんだ》
《………》
《………まさか、どいつもこいつも転生したはいいが、ことごとく失敗しているのか?》
《………》
《おい!黙るな!?》
《…少なくとも皆さん喜んで転生していきましたよ?この世の春が来たという感じで》
《質問に答えろ!!》
答えないアルマに天川は自分で思考する。
透明になる能力や複製能力をもって転生しておいて、まったく成功例がない…?
普通なら考えられない。
と、なると。
後は能力を行使する本人に問題がある気が…。
《まさか、あんたが転生させてきた奴らって『無職引きこもり』『陰キャ』『根暗』俺みたいな『平均未満の凡人以下』ばっかとかか?》
《そうですよ?前世で成功していた連中を転生させたって面白くないじゃないですか》
この女。なんか一気に胡散臭くなった気がする。なんか転生に値する精神性だか言ってなかったっけ?…だがまあ、高尚な態度をとられ続けるよりましだと思った天川は突っ込まないで置いた。
《…大体わかったよ。みんな最初はチート能力使って無双できていたけど、力に溺れて寝首を掻かかれ
て終了って落ちだろ》
《まるでみてきたかのようにいいますね…率直に不快です》
言葉通り不満そうな声を漏らすアルマに改めて考え直したら理解できるよと返す天川。
《どんなすごい能力を持っていたとて。人は一人では生きていけないからな。すごい能力を持っているからこそ、危険視される。だからこそ背中を任せられる仲間が必要だ。なんの背景も持たない奴にいきなり凄い力が備わったとして。そういう仲間ができるとはとても思えないから。逆もしかりで何の能力もなければ注目すらされないからそう意味では安全といえる》
ファンタジーでも会社でもこれは一緒だ。例えば剣と魔法の世界でも信頼できる仲間は必要だし、現代の会社でも会社間の信頼で成り立っているようなものだ。会社員の天川は信頼できる友人こそいなかったものの、信頼関係の大切さは理解はしていた。
《…じゃあそれを理解しているあなたならこの世界で上手く立ち回れると?》
アルマが天川にそう問うと天川はバーカといい笑う。
《いっただろ?俺みたいなって。元々上手く立ち回ることが出来るならあんなつまんねー人生送ってねえって。悪いが能力の件は後回しにするわ》
天川はヘヤゴムを見つけぼさぼさの髪をまとめて後ろに結った。
《何を始める気ですか?》
本来であれば能力を授けるのを後回しにするなんて前代未聞だったが、とりあえず様子を見ることにしたアルマ。
少しだけ。
この男に興味がわいたから。
《とりあえずは散らかった部屋の掃除からだ》
よろしければ前作、『魔族専門孤児院経営者の…マオーさまっ!』も読んでみてください。