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改変日本異世界奮闘記  作者: 大陽
第一章 異世界召喚
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日本の内情

西暦2025年(令和7年) 3月29日 13;15 首相官邸 第三応接室



「まったく。総理は分かっていない!外務省の内情を!!」



 一旦閣僚会議が休憩となり、首相官邸内にある第三応接室へと入った佐川は同じ部屋に居る唐見に対してそんな愚痴を溢す。


 外務省内で強硬派が台頭してきていることは前述した通りであったが、ぶっちゃけそれだけならば佐川もなんとか無視できていた。


 しかし、ウルフハンズの一件もそうだが、エストニア帝国やカーク皇国に派遣された外交使節団もウルフハンズ王国のように外交官丸ごとではなかったものの、何人かの外交官が死傷していたし、マカロニア連邦やフェラリー王国との接触の時もあわや一触即発という展開になりかけており、これを受けて外務省内では辞表を提出する職員が続出していたのだ。


 まあ、まだ接触した国の数が二桁にすらなっていないにも関わらず、外交官が死傷する事件が立て続けに起こればこうなるのも無理は無かったのだが、当然のことながら彼らに去られては外務省としては困るので、非常措置として辞表の受理を見合わせていた。

 

 だが、流石に彼らの心情を全面的に無視するわけにも行かず、その為の配慮として――砲艦外交という形となることは承知の上で――軍艦という分かりやすい護衛を付けたかったのだ。


 しかし、そんなせめてもの配慮を総理にあっさりと却下されてしまったことで、佐川には総理が外交官の命を軽んじているのではないかと思えてならなかった。



「確かに軍艦で威圧することによって周辺諸国と外交関係が悪化する懸念はある。しかし、外交官の身の安全が保障されなければ安心して交渉することなど出来ん!」



 そもそも外交官は軍人や警察、更には災害時における消防等とは違い、命を賭けることを前提とした職業ではない。


 いや、場合によっては命を賭けて交渉に赴くケースも有るが、それはあくまで仕事の過程で副次的に発生するものにすぎず、頻繁にそれをするわけではないのだ。


 そして、外交官も人間であり、相手からの拷問や脅しに屈する可能性も決して無いわけではない。


 加えて、この世界には魔法という日本国内ではフィクションでしかないような得体の知れない技術体系が現実のものとして存在しているのだ。


 仮に交渉に当たる人間が全権大使で脅しに屈したり、魔法で洗脳されたりすればどうなるだろうか?


 その時こそ日本は計り知れない外交的なダメージを負うこととなるだろう。



「そうならないように軍の護衛を付けて欲しかったのに!」



「まあまあ、落ち着いて。そうカッカしたところで総理は意見を翻さないでしょう」



 苛々した感情を露にする佐川に対し、唐見は穏やかそうにそう言った。



「芹沢総理は基本的にハト派の人間です。それこそ直接日本に火の粉が降りかからなければ軍を動かすことはしないでしょう」



 唐見はこの時点で芹沢を説得することは諦めていた。


 芹沢がああ見えて芯が強い人間であるということは、内閣で一緒に仕事をすることになるまで彼とあまり接点の無かった唐見もよく理解している。


 そうでなければ、大日本帝国史上最も苛烈で急進的な政策を行ったと言われる涼ノ宮正彦を崇拝していることを公言しつつ、ハト派の立場を維持するという器用な真似が出来るわけが無いのだから。


 そして、だからこそ、そんな人間が一度口にしたことを簡単に翻すとは唐見にはどうしても思えなかったのだ。


 

「となれば、向こう側(インセント大陸)の情勢が動くのを待つしか有りません」



「・・・本当にカーク皇国とエストニア帝国は近いうちに動くんですか?」



「間違いないでしょう。実際に獣国家(ウルフハンズ)とカイナ王国の国境に人員と物資を積み上げ続けているようですし」



 転移以来、外交関係と同じく諜報網が全てリセットされてしまった大日本帝国中央情報局(JCIA)を初めとした日本の諜報機関であったが、幸いにして“交換現象”によって転移時に海外に居た人員は戻ってきており、それらの人員を――流石に亜人国家相手には無理であったが――国交を結んでいる国は勿論、仮想敵国指定がされたカーク皇国やエストニア帝国へと送り込んでいた。


 その中には軍が送り込んだ情報部の人間も含まれており、その人員が集めた情報は統合幕僚本部(陸海空軍を統括する参謀本部のような存在)を通して国防省へと送られ、唐見の耳にも入ってきている。


 そして、彼らが集めた情報によると、カーク皇国はウルフハンズ王国、エストニア帝国はカイナ王国のそれぞれの国境に兵力を集結させており、どう考えても戦争の準備を行っているとしか思えないとのことだった。



「あの獣国家がどうなろうがどうでも良いですが、流石にカイナ王国が危機に晒されるとなれば武力を使わざるを得なくなるでしょう。・・・まあ、そうなった時、出動するのは軍ではなく自衛隊となるでしょうが、状況を利用することそのものは出来ます」



 唐見はエストニア帝国の軍事行動を徹底的に利用するつもりだった。


 なにしろ、エストニア帝国は日本の外交官使節団を武力で襲ってきた国の一つなのだ。


 カイナ王国を救うついでにエストニア帝国を逆侵攻してしまっても外交的な問題は少ないであろうし、大陸第二の国家を下してしまえば大陸での日本の国際的地位も高まる。


 そうすれば、少なくとも使節団が国家の命令で襲われるといった事態は避けることが出来ると唐見と佐川は考えていた。



「問題なのはあの総理がエストニア帝国制圧を了承してくれるかどうかですが、こればかりはなんとか説得するしか有りません」



「・・・了承するでしょうか?」



「現時点では五分五分といったところでしょう。――しかし、情勢の変化次第では可能と見ています」



 この推測には自信があった。


 芹沢は確かにハト派の政治家ではあったが、必ずしも強硬論を全く唱えないという訳では無かったからだ。


 現に四半世紀前の9・11事件直後には、当時外務大臣だった彼は国連の一員としてアメリカ軍と連携してアルカイダに制裁を行うためにアフガニスタンに軍を派遣するべきだと主張している。


 要は彼は此方に明らかな正義があれば、軍事侵攻することを躊躇わないのだ。


 もっとも、そんなあからさまな正義が自然に形作られることなど前世界なら滅多に無いのだが、国際社会という概念が薄いインセント大陸においてはそれが発生する可能性は非常に高い。



「まあ、早ければ一月後には戦争が始まるでしょうから、そうなれば説得の材料は幾らでも揃えられるでしょう。それより例の軍艦を使節団の護衛として派遣するという話ですが、こちらは今のところ大義名分が有りませんので難しいと言わざるを得ません」



「そんな・・・既に外交官が多数死傷しているんですよ!?」



「ええ、分かっています。しかし、それはインセント大陸限定での話ですからね。現にフェリアスやマカラニアに接触した時は外交官は一人の被害者も出さなかったでしょう?まあ、マカラニアの時は結構危なかったですが」



 そう言いながら、唐見はマカラニアと初接触したときのことを思い出す。


 日本の北北西に位置するマカラニアという国は前述したように日本とほぼ同等レベルの文明を持っており、決して野蛮な国では無かったのだが、戦争中に転移してきたせいで国全体がピリピリとしていて接触した使節団もいきなりマカラニア軍によって拘束されるという憂き目に遭った。


 最終的にマカラニア政府が外交官を解放して不幸な行き違いを謝罪したことで事は納まったのだが、外交関係者にとっては肝を冷やす一件であったのは間違いない。



「この国は実際に死者が出ないと、対応に動きませんからね」



「ということは、また我々(外務省)の職員が人柱にならなければ現在の外交体制は変わらないと?」



「・・・」



「そう、ですか」



 佐川は自身の言葉を肯定するかのように沈黙した唐見の姿を見て、がっかりしたように肩を落とす。


 これでは例え今回起こるであろう戦争が2人の目論み通りに進んだとしても、インセント大陸以外での活動はこれまでとあまり変わらない可能性が高かったからだ。


 そう、ウルフハンズの二の舞が起こらない限り。



「・・・必ずしもそうとは限りませんよ。軍艦は無理でも特殊部隊の護衛くらいは説得次第ではなんとかなるでしょうから。それに関しては私からも働きかけてみる予定です」



 唐見はそう言いつつも、自分の無力さに苛立ち、手をギュッと握りしめた。























◇同日 20;17 総理執務室



「外務大臣と国防大臣、この世界に来てからすっかり考え方が変わってしまいましたな」



 閣僚会議を終えた直後、総理に呼び出されて執務室を訪れていた市川は今日の閣僚会議の場で終始連携して強硬路線を唱え続けていた彼らのことを思い返しながら、嘆くようにそう言った。


 元々、唐見や佐川はどちらかと言えば穏健派であり、ロシアのウクライナ侵攻時も日本は中立を保つべきだと主張していたほどだ。


 それが今では一転して強硬派となっており、その理由に心当たりこそ有ったものの、転移前から彼らを知っている市川としては彼らの豹変に困惑せざるを得なかった。



「仕方ないさ。外務省は実際に被害者を出しているわけだし、唐見君に至っては外交官になった娘をウルフハンズの一件で亡くしているんだ。・・・しかも、その件に対するあちら側(ウルフハンズ)の返答が“アレ”ではね。人並みに家族を愛していた彼が怒るのも無理は無いよ」



「確かに。あそこまで行くと、政治家としての自制心だけでは完全に抑えることは難しいでしょうな」



「そういうことだ。・・・まあ、それを抜きにしても外務大臣達の意見に一理有ることは否めないが、今は時期尚早だ」



 芹沢はそう言いつつも、どのタイミングで佐川達の意見を取り入れるべきかを思案する。


 もう3年で80歳を迎える彼であったが、その頭の回転の柔軟さは最盛期と比べると若干の衰えはあれど未だ健在であり、自分の主義主張だけを無理矢理押し通そうとする類いの人間ではなく、佐川達の意見にも一定の理があることは認めていたのだ。


 ただ、現段階では時期尚早と言うことも確かであり、それ故に彼は佐川の進言を却下していた。



(やはり各国の外交関係に一段落ついてからがいいだろう。となると・・・半年、いや、1年くらいか)



 この世界はどうやらそれぞれ別の世界から転移してきた国々で成り立っているらしく、大陸の外と交流が一切無い、あるいは常時交流しているわけではないインセント大陸やフェリアスのような存在はともかく、日本やマカラニアのような国際ネットワーク社会を構築していた近代国家は大混乱に陥っており、特にマカラニアは戦争中に召喚されたために右も左も分からぬ世界故に他国の動向には神経を尖らせている。


 そんな中で砲艦外交などやらかせばマカラニアを刺激するだけだと芹沢は判断していたのだ。



(他国との交流はまず十分な外交努力をして、次に十二分の努力をし、それでもダメであればそこで初めて武力を行使することを視野に入れる。例外はいきなり攻められた時か相手が国家じゃ無い時のみ。・・・そうでしたね、正彦様)



 普通なら忘れてしまうであろう70年以上前の幼少期に言われたその台詞を思い返しながら、芹沢は改めて彼が作ったと言っても過言では無いこの国を守っていくことを誓った。

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