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改変日本異世界奮闘記  作者: 大陽
第一章 異世界召喚
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日本の現状

西暦2025年(令和7年) 3月29日 11:18 日本 東京 首相官邸


 東京。


 言うまでもなく日本の首都と諸外国に認定されているこの都市だが、実は憲法や国法にそのような記載は存在しないため、法律上は日本の首都はまだ定められていないという形になっている。


 史実では様々な政府機能がこの都市に集中していたが、この世界では第二次世界大戦後に核戦争に備えなければならないという名目で涼ノ宮正彦が半ば強引に大半の省庁の機能を各地方に分散させていたため、結果的に史実よりも地方分権が進んだ国となっており、その代償として首都としての重要性は低下している。


 しかし、そうは言っても東京が実質的な首都であることには変わりなく、首相官邸や国会などの政府機能の最重要施設はこの東京に存在している。


 ――そして、現在。


 首相官邸の地下施設では総理大臣及び各省の大臣達が集まり、転移後はまるで戦時中のような頻度で行っている何回目かの閣僚会議が行われていた。



「――以上のように、現在、我が国の食糧事情はカイナ王国に依存するものとなっています」



 農林水産大臣――板見繁は、やや疲れた様子で日本の現在の食糧事情についてそう説明する。


 彼の年齢は40代半ばと大臣となるにしてはやや若いが、それもそのはずで彼はこの前まで副大臣であった人物で、転移後に前大臣が過労で倒れてしまったことから、玉突き人事で大臣へと就任したという経緯があった。


 普段の職務能力は“そこそこ出来る”程度のものではあったが、危機管理能力は優れており、日本が転移したという現状を把握するや否や、すぐさま配給制に移行できるように準備を整えた人物で、決して無能という訳ではない。


 しかし、そんな彼もここ連日の激務によって明らかな疲れが見え始めていた。



「よって、農林水産省としてはカイナ王国との更なる外交関係の深化を提言するものであります」



 だから間違ってもカイナ王国に侵攻して土地を奪おうなどとは考えるな。


 そういう意味を込めて板見は国防大臣――唐見武人を睨み付ける。


 実は唐見は一ヶ月前の閣僚会議の場でカイナ王国への軍事侵攻を提言していた。


 目的は食糧供給の確実化であり、この情勢下では一定の理は存在していたのだが、板見としては戦争の過程において何かの間違えで農作物が焼けてしまえば食料は手に入らないし、そうでなくとも現地の治安が悪化すれば食糧の生産・供給が滞ってしまうので、カイナ王国側が明確な敵対の意思を見せない限り絶対に止めて欲しいというのが本音だったのだ。


 その時はカイナ王国との外交が上手くいっていたこともあって板見の意見が通ったが、それ以来、彼は唐見の事を油断ならない人物と認識するようになっていた。



「それと、最後に配給制の期間についてですが、こちらに関しましては現状のままだと無期限で継続させる必要があります」



 その言葉に場は僅かに緊迫した。


 当然だろう。


 食料を無事に輸入出来ていて大規模な戦争も起きていないのに無期限での配給制への移行など前代未聞であったのだから。


 しかし、板見の言葉に反論しようとする者もまた居ない。


 彼らも薄々だが分かっていたのだ。


 前世界では幾つもの国から輸入していた膨大な食料をカイナ王国一国だけで賄うことなど出来ないことくらい。


 転移から三ヶ月が経過した現在、日本と国交を結んでいる国は5ヶ国存在するが、通商条約まで結んでいる国はその内3ヶ国。


 しかし、カイナ王国以外の国は資源はともかく、食糧事情は然程余裕のない国であり、食料を大々的に輸出してくれているのはカイナ王国のみで、実質日本の食糧事情はカイナ王国頼みというのが現状だったのだが、大臣達も常々こう思っていたのだ。


 幾ら食糧事情に余裕があるとは言え、本当に前世界で複数の国から輸入していた食料の量をたった一国で賄いきれるのか、と。


 そして、今の板見の発言によって自分達の懸念が的中していたことを悟った大臣達だったが、改めてそれを指摘されると色々と思うことがあるのも確かだった。


 だが、板見はそんな大臣達の心中を察しつつも自分の発言についての訂正は一切しない。


 なにしろ、カイナ王国は850万人という人口には到底見合わない3000万トンという食料生産量を達成しており、100年くらい前の日本ならばこの国だけでその腹を満たすことは十分に出来ただろうが、残念なことに現代日本は当時の倍以上な人口のため、配給制を解除するには最低でも6000万トン、転移直前の状態に戻すには7000万トン以上の食料が必要だという試算が出ているのだ。


 転移前とは違い、政策の一つ一つの失敗が冗談抜きで国の崩壊に繋がりかねなくなっている以上、いい加減なことはとてもではないが口には出来なかった。



「・・・我々農水省からは以上です」



 そう言って発言を終える板見。


 場の雰囲気は重苦しいものとなったが、それでも会議を停滞させるわけにはいかないと、30秒程の時間を置いて、次の大臣が発言を行う。



「外務省です。我が国は来月、フェリアス国の南西に存在する大陸の国々と接触する予定となっていますが、その際、海軍、あるいは海上自衛隊による艦艇及び特殊部隊による使節団の護衛を要請します」



 五十代後半の外務大臣――佐川良太は強い口調でそう言った。


 転移以来、もっとも犠牲を払った政府組織は何処か?


 そう聞かれた時、真っ先に名前が挙げられるのはこの外務省だろう。


 転移時に海外にいた人員こそ“交換現象”で戻ってきてはいたが、2ヶ月前に起きたウルフハンズ王国での虐殺劇のように、他国との接触の際に外交官が命を落とすケースも実際に有ったのだから。



「・・・海上保安庁では不足ですかな?」



 佐川の発言に対してそう返したのは、国土交通大臣――市川浩介。


 ウルフハンズ王国での虐殺以来、外交官に護衛を付けることとなり、その役割を担っていたのは海上保安庁だった。


 しかし、佐川の発言はまるで『海上保安庁では役不足だ』と言われているようで、海上保安庁を傘下に置く国土交通省の長としては面白い発言ではない。


 ――だが、佐川としても外務省の長としての言い分は有った。



「陸上までの護衛という意味では海上保安庁でも問題ありません。しかし、外務省としては相手が“強硬手段”を取ってきた際の保険が欲しいのですよ」



「!?」



 この発言に市川は驚きを隠すことが出来なかった。


 はっきり口にこそ出していないが、佐川の発言は砲艦外交をやると言っているに等しかったからだ。



「言っておきますが、これは私個人の意見ではありませんよ。外務省主流派で一致している意見で、国防大臣にも既に話は通してあります」



「「「!?」」」



 佐川の発言に、何人かの大臣の視線が唐見へと集中する。


 だが、そんな大臣達に対して、唐見は苦笑しながらこう言った。



「いや、この話を持ち掛けられた時は私も驚きましたよ?まさか普段は出来る限り穏便な解決を図ろうとする外務省がそんな過激な事を言い出すとは私も思っておりませんでしたから」



 この言葉に嘘はない。


 最終的に渡りに船と乗ったのは確かだが、話を持ち掛けられたときは驚いたというのも事実だったからだ。



「ですが、外務省の皆さんの心情も考慮し、海軍の護衛を付けるという点は私も了承しています。――あとは総理の許可さえ有れば、正式に海軍の出動が可能となります」



 そう言いながら、唐見が目を向けたのは大日本帝国内閣総理大臣――芹沢廉太郎。


 これまで各大臣の発言を黙って聞いていた彼だったが、流石にこの発言に無反応という訳にはいかず、唐見に対してこう告げた。



「唐見君。申し訳ないが、その許可は出せない」



「おや?総理は外交官の命が保証されなくても構わないと」



「そういうわけではないがね。それをすることで周辺諸国との外交関係が悪化する危険が有るというので有れば話は別だ。マカラニアの目もあるしね」



 そもそも現在国交を結んでいる国は、どの国もどことなく日本を警戒している。


 まあ、いきなり強力な国が周辺に現れれば当然と言えば当然の反応なのだが、それ故に前世界よりその振る舞いには一層気をつけなければ、これから外交が広がっていく中で余計なことを考える国が出てくるかもしれないのだ。


 特に最近国交を結んだマカラニア連邦国に至っては日本と文明レベルがほぼ変わらないので、もし日本が横暴な振る舞いをすれば、周辺諸国はマカラニアにつく可能性もある。


 だからこそ、ウルフハンズ王国の一件は史実の南京事件よろしく日本側の泣き寝入りに近い形で終結させたのだが、当然のことながらそれを不満に思う者も存在しており、特にその一件で人的被害を被った外務省はそれが顕著だった。



「そういうわけだから外務大臣。海軍の護衛は諦めてくれ。海上保安官の護衛ならばある程度は融通はきかせられるから。可能だろう?市川君」



「ええ。もっとも、外務大臣殿がお気に召すかどうかは分かりませんが」



 市川はそんな皮肉を口にする。


 それに対して、佐川は顔を真っ赤にしながら何か言い返そうとするが、流石に重要な会議の場で言うことではないと自重したのか、言葉に出すことなくそのまま黙ってしまう。


 ――こうして、場の雰囲気は先程とは比べものにならないほど重苦しいものとなってしまい、この直後には唐見の提案で一旦休憩を取る事となり、閣僚会議は一時中断されることとなった。

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