ウルフハンズ王国との二度目の会談
◇西暦2025年 5月9日 08:29 カイナ王国 ビュリュール
カイナ王国北部の都市ビュリュール。
王都カルナに次ぐカイナ王国第二の都市であり、亜人諸国とを結ぶ交易都市として栄えているこの街には亜人も大勢住んでいる。
――そして、この町に存在する主にキリアース同盟の国際会議の際に使用される迎賓館では、カイナ王国を仲介とした日本とウルフハンズ王国二度目の会談が実施されようとしていた。
「まず用件をお伺いしましょうか。ウルフハンズ王国の方々」
日本側の外交官――世田太地は、努めてニコリとした表情でウルフハンズ王国使節団の代表に対してそう尋ねる。
ちなみにこの会談であるが、日本側の面子が外交の場としては明らかに異常であるということは、よっぽどのバカでも無ければ見れば一発で分かるだろう。
――なにしろ、使節団の後ろには完全武装の自衛隊員達が控えていたのだから。
これは今回の会談を行う際、日本側が提示した条件だった。
元々、日本側としては今回の会談は乗り気では無く、少なくとも謝罪並びに賠償――前は責任者の引き渡しだったが、一度蹴られたことで条件が跳ね上がった――が向こうから打診されなければ、軍事支援どころか話を聞くつもりすら全く無かったのだが、友好国であるカイナ王国がどうしてもと言ってきたので、仕方なく話を聞くくらいはしてみようという事になったのだ。
しかし、初接触時の惨劇や一度目の会談の件を忘れたわけではなく、会談に応じる代わりにこうして武装した自衛隊員を会談の場に入れるようにカイナ王国側に要請し、大分渋られはしたものの人数を制限することを条件に受け入れられて今に至っている。
・・・もっとも、武装した人間を会談の場に入れるのは外交儀礼に反した行いであり、ウルフハンズ王国の使節団は不快に思っていたが、それを敢えて押し込め、ウルフハンズ王国の使節団の代表の猫人族の獣人――タイヤ・オワリスはこう返した。
「では、言おう。貴国には至急、キリアース同盟に加盟して我が国に援軍を送って貰いたい」
「お断りします」
開口一番に発せられたタイヤの要請を世田は一刀両断する。
「そもそも貴国と我が国には因縁があります。まずはそちらの非を認めて頂かないことには話が始まりませんな」
「因縁?貴国との接触はこれが初めてでは無かったのか?」
世田の発言にタイヤは首を傾げる。
そう、実のところ、タイヤはここ最近外交官になったばかりの人間であり、日本側使節団が虐殺されたことや一度目の会談でウルフハンズ王国の代表が非礼な態度を取ったことを全く知らなかった。
・・・いや、より正確に言えばカーク皇国と思わしき外交使節団を虐殺した話は知っていたのだが、それが本当は日本の使節団であったとは知らなかったのだ。
そして、この知らぬ存ぜぬの態度に日本側は当然の事ながら怒りのゲージを上げる。
「惚けないで頂きたいですな。貴国は我々の外交使節団を虐殺し、以前の会談においても我々を侮辱している。あくまで惚けるつもりならば、今すぐこの席を立ちます」
「ち、ちょっと待って頂きたい!本当になんのことだか検討もつかないのだ!!せめて説明をお願いしたい」
「・・・本当に知らないのですか?そちらには以前の会談の場に居た者が混ざっているようですが」
そう言いながら、世田は以前の会談の場に同席していた犬耳の獣人――クルト・ホーシャクの方を見ると、当の本人はあからさまに世田の視線から目を逸らす。
「・・・おい、クルト。何故、世田殿から目を逸らすんだ?」
「・・・」
「・・・まさか、本当なのか?虐殺の事実は」
「・・・」
タイヤの言葉に沈黙を以て返すクルト。
つまり、それが答えだった。
(なんてことだ・・・)
タイヤは祖国がやらかしてしまった事実に、嘆きのあまり手で顔を覆ってしまう。
思えば今回の会談は最初から変だった。
そもそもこの会談の場が設けられることになった切っ掛けは、6日前にカイナ王国南東部の国境での戦いに参戦した日本軍が包囲していたエストニア帝国軍を瞬く間に蹴散らしたことを聞き、日本を味方に引き入れたいとウルフハンズ王国政府の一部が考えたことから始まっている。
しかし、使節団代表の立場に舞い上がっていたことで今まで気付かなかったが、よく考えればその為の会談をまだ外交官になったばかりの新米と言っても良い自分に任せるのは不自然だ。
そして、たった今、日本側の外交使節団虐殺の一件を聞いてしまったことで、どうして自分に任されることになったのか、大体想像がついてしまった。
(国王一派め。この会談での失敗の責任を俺に押し付けて我が家を外交の場から引きずり下ろそうとしているな)
それは半分ほど当たっていた。
実はタイヤがこの会談の場に派遣された理由は2つ存在しており、1つはタイヤが推測したように王国一派と呼ばれる現在のウルフハンズ王国政府主流派がオワリス家排除を目論んでいたことだ。
オワリス家は代々外交官の家系であり、亜人だけでなく、人族とも幾度となく関わってきた。
それ故に人族という種族そのものを侮ってはいなかったのだが、残念なことに現在のウルフハンズ王国政府は亜人至上主義者が主流派となっており、人族に――彼ら視点で――弱腰とも言える外交姿勢を取るオワリス家を疎ましく思っていたのだ。
そんな時、オワリス家での当主の入れ替わりと日本の件をとある主流派の人物が結びつけ、今回の会談を失敗に終わらせることでその失敗の責任を追及し、オワリス家を失脚に追いやる事を目論み、その結果、日本に関する詳しい情報を伝えぬままに今回の会談にタイヤが派遣されたという訳だった。
――ちなみに今回の会談をタイヤに押し付けたもう一つの理由には、人族国家である日本人に頭を下げたくないという人種ならぬ、種族差別的な考え方があったりするのだが、そこまでの事情をタイヤは知らない。
(今は国難の時だというのに、一体奴らは何をしているんだ!?仕方ない。ここは個人的な謝罪から始めるしかないか)
そうしないと、交渉の取っ掛かり口すら見つからない。
そう判断したタイヤはまず個人的な謝罪を行うべく口を開く。
「事情は理解しました。その上で、まずはそのようなことが行われてしまったことを心より謝罪したい」
「――!?」
この発言に、日本側の外交官達は驚いた。
先程までのタイヤの様子からするに、本当に知らないことは明らかであったので、この後の展開は――ウルフハンズ王国の状況からして可能性は低いと思ったが――事実確認をすると言って一旦交渉を打ち切るか、このまま強引に進めて自分達がそれに苛立って席を立つかのどちらかだと予想していたのだ。
だが、その予想に反し、彼はまず謝罪という形で――彼個人のものではあったが――誠意を見せてきた。
なかなか話の分かる外交官なのかもしれない。
彼の行動は日本側の認識をそう改めさせた程だった。
――しかし、そんな日本側の人間以上に驚いたのは、ウルフハンズ王国の使節団の者達――正確にはその一部――だった。
「な、何を言っているのだ、タイヤ!人族に頭を下げるなど、恥ずかしいとは思わんのか!!」
「黙れ!交渉を任されているのは私だ!!それを邪魔するのならば出て行って貰う!いや、今すぐ出て行け!!」
「ッ!? ・・・先程の発言は政府に報告させて貰うぞ。良いのか!?」
「勝手にしろ。それとこの場はカイナ王国の好意によって設けられたもの。お前の態度が日本だけで無く、カイナ王国の面子を潰しているということを忘れるなよ?」
「はっ。“混ざり物の国家”の不孝など、買ったところでどうということはないわ!」
亜人至上主義者の外交官――カルギス・ポッドは吐き捨てるようにそう言うと、何人かの取り巻きと共に会談の場より去って行く。
そして、それを見届けたタイヤは溜め息を吐きつつも、日本、そして、この場に同席しているカイナ王国外務卿――バラン・エクソリート伯爵に対してこう謝罪する。
「お見苦しいところをお見せして申し訳ない」
「いえ、貴国の本音が少し分かったことは収穫でしたよ」
「こちらもお構いなく。・・・いつものことですから」
「・・・本当に申し訳ない。ただ、我々の国も国難に直面しているので、会見をやり直す余裕は存在しない。申し訳ないが、こちらの話だけでも聞いて貰いたい」
「・・・良いでしょう。あなたは先程の者達とは違い、それなりの誠意は見せてくれた。応えるかどうかは別として話くらいはお聞きしましょう」
「ありがたい。では、早速、我が国の現状から説明しよう」
そう言った彼の口から語られるウルフハンズ王国とカーク皇国の戦況の情報は日本からすれば新鮮なものばかりだった。
なにしろ、ウルフハンズは殆ど獣人オンリーな国であり、諜報員は全くと言っても良いほど潜り込ませることが出来ておらず、それ故にウルフハンズ王国内での戦況はカーク皇国に潜入した諜報員が仕入れた真偽の曖昧な大まかな情報しか無かったのだ。
だが、今回、ウルフハンズの高官から直接それを聞いたことにより、以下の事が新たに判明した。
・カーク皇国は地竜という新しい存在を戦線に投入している。
・地竜は空こそ飛べないが、地上を40~50キロの速度で疾走でき、斬撃は勿論、魔弓の攻撃も全く受け付けない上、火球を吐いて攻撃してくる。
・戦線に投入されている地竜の数は少なくとも100はいっている。
(つまり、戦車のような存在が投入されたということか)
それが日本にとってどれほどの脅威になるかは分からないが、少なくともウルフハンズ王国では対処は難しいのだろうと世田は推測していた。
「――と、このように我が国は国家存亡の危機に瀕している。なにとぞ、援軍を送って頂きたい。それが無理なら軍事支援を」
「そちらの事情は良く分かりました。本国にはその旨は伝えさせて頂きます。が、はっきり言ってイエスという返答が帰ってくる可能性は限りなく低いでしょう」
「ええ、それは分かっております。なので、対価としてそちらが所望する鉱山や場合によっては領土の一部割譲を行います」
「よろしいのですか?そのようなことを言って。先程の様子からするに、貴国の政府がそれを了承するとは考えづらいですが」
「はい。私は一応、全権大使ですので。ああ、口約束になってしまうという懸念ならご心配なく。最悪、貴国が強引に取り立てても正当性が保てるように譲り渡し書を書きますので」
「「「――!?」」」
その発言に、両国の使節団は勿論、同席していたバランもまた驚愕に目を見開いた。
それは下手をすれば売国行為になりかねない発言であったからだ。
「タイヤ殿。それは流石に・・・」
「黙れ」
「しかし!」
「もし援軍を派遣された後で約束されていた支払いを踏み倒したりしたら、その時こそ日本と戦争になって祖国は滅亡する。・・・残念だが、今の祖国は冗談抜きでそれを選びかねない」
「ッ!?」
タイヤの反論に反対しようとした部下は黙らざるを得なかった。
そもそも既に国土の三分の一近くがカーク皇国によって占領されているにも関わらず、祖国の首脳部はカルギスのような考え方が主流なのだ。
そうなる可能性が高いことはこの場に居る誰にも否定できない。
「そういうわけですので、せめて検討くらいはしていただけ無いだろうか?」
「・・・良いでしょう。ただし、応えられない可能性が高いことは覚悟して頂きたい」
「感謝する」
――こうして、ウルフハンズ王国と日本の二度目の会談は比較的建設的な形で終了した。




