第二話
私が異能に目覚めたのは、数年前20歳の頃。まだ自分がまさか異能持ちだとは思ってもいなかった時だ。
物作りが好きだった私は絵を描いていた。その時は紙ではなく布に染めるように描いていた。
黒いフードに大きい鎖鎌を持った一般的な死神の姿だ。なんで死神を描いていたかって?なんとなく描いてみたかっただけだよ?ただの気分で他意は無い。
描き上げた後、それを部屋に飾り…ただ置いただけとも言うが、次は暖簾に涼やかな絵でも描こうと取り組み始めた時。
死神の絵が動き出したのだ。最初は顔や手の角度が変わるくらいだった。自分の異能に驚きはしたが絵が動くくらいの異能では何の役にも立たない。ちょっとした芸レベルである。
私はこういう異能もあるんだなぁ…程度に思って次の作品へ次々と取りかかっていた。今思えば仕事から逃げるようにして趣味に没頭していたのだと思う。簡単に言うと、現実逃避である。
結果、染物や彫刻、人形、油絵など色々な物を作っていた。
気付けば最初の死神は、物作りをしている私の周りをふよふよと飛んでいた。
布が飛んでいたのではない、布から絵である死神部分が自律して抜け出て実体化して出ているのだ。
流石に放っておけずじっと様子を見ていたが、一切の害はないようだ。ただ面倒は御免なので、死神に部屋から勝手に出ないように。とだけ声を掛け作業に戻る。
死神は黙ってふよふよと部屋を回り、片付けをしたり、食事時になると私に食事をするよう催促したり。
夜遅くまで作業していると早く寝るようにせっつかれた。
なにやら母親のように毎日毎日勝手に私を心配そうに世話をする死神。元は私が描いたものだ。かといって自分で考えて動いているようだし、道具扱いは憚られる。いつまでも死神と呼ぶのもいかがなものか?
だから、新しく現れた心配性な同居人に名前を付けた。
「シン」心配性だからシン。そう名付けた。名付けのセンスは生憎持ち合わせがない。
シンは喋らない。骸骨部分がカタカタと鳴ったりもするが…でもなんとなくの喜怒哀楽は分かる。
シンは私が名前を呼ぶと大げさな程に喜んだ。
「そんなに喜ぶ事でもないでしょうに…」私までつい頬が緩んだ。
「じゃあ、私にも名前を頂戴よ?」
振り返ると私が描いてきた、作ってきたもの達がそれぞれ動いていたり、喋ったりしていた。
「話せるの?」
流石に吃驚した。
「先輩に名前が付いたんだから俺達にも付けろよ名前」
「吾輩は凛々しい響きのモノが良いな!」
「ワタクシも頂戴したいわ」
それぞれが話したい事を話し盛り上がる。
ふと座り込んでいる自分の床周りを見ると、羊毛で作ったもこもこの毛玉。あと五体ほど作った20センチ程の精霊モチーフの小人。わらわらと動き回っていた。
正直ここまで動くとは思っていなかった。しかも複数。
「やれやれ、我々だって先輩を立てて喋らなかったが、割と動いていたぞ?君は気付かなかったのか?」
困ったものだと油絵の金色の鳥が煌めきながら話す。
「ワタクシ達は貴女に命を吹き込まれてこうして動けているのよ?」
植物の精霊女王をイメージした絵画が柔らかく話す。
驚いた。本当に自我があるようだ。こんなに動いて喋るなんて…
「おい!馬鹿にするなよ!?俺達が動いて喋んのがそんなに悪い事かよ!?」
油絵の濃い紫の蛇が怒ったように話す。
「いや、こんなに複数が動いたり喋ったりするとは思わなくて吃驚してたんだ…むしろどっちかっていうと嬉しいくらいだよ!」
私には家族がいない。両親は随分前にすでに他界している。人族の純血と言う事で今まで冷遇されてきた。友人と呼べる人も少ない。
さらには、就職の関係で田舎から王都に引っ越してきたので余計に知り合いすら皆無に近い。
最近は数ヶ月前から始まっている会社の研修に行っているが何所も扱いは似たようなものだ。
だから、家に帰ると私は唯一と言っていい物作りでストレス発散をしていたのだ。
「…これからは俺達がいるだろ…」
蛇が言う。
私は目を丸くしてハッとした。
もう一人じゃない。私にも仲間ができたのか…
心がじんわりと暖かくなる。と同時に涙が溢れそうになって隠そうと俯いた。
「ふふ、ワタクシはいつも貴女のそばにいるわ。貴女が描いた植物の絵があれば遠隔で操作できるし、見たり話したりもできるのよ?」
「ふむ、吾輩は実体化できないことはないが…いかんせんサイズが大きいものでな…あぁ羽の一部ならお守り代わりに持っていくと良い。」
お守りだよ。そう言って鳥は自身の翼から器用に羽を一本取るとヒラっと投げた。それはすぐに絵から飛び出し大きめな黄金色の綺麗な羽が私の膝に舞い降りた。
大きめの羽が膝の上でキラキラしている。あぁ、眩しい…
床周りには私を心配そうに見上げる小人達。
「嬉しい時は笑うもんだろっ泣かれると調子狂うんだよ!」
蛇が頭上で叫んでる。
絵は高い位置にある。床に座って俯いたまま声もあげずに静かに目から涙がとめどなく出てくるのを見えているのは小人達だけの筈。どうしてバレたんだろう。
こんなに心配してくれる事が、声を掛けてくれる事が、これほど嬉しい事だとは思わなかった。
「嬉しい事って嬉し過ぎると涙が出るんだね?知らなかったや。」
私は涙でぐちゃぐちゃの顔を上げて新しい仲間達に向かって話しかけた。自然と口角は上がっていた。
こんなに晴れやかに笑ったのは初めてかもしえれない。
能力の使い方は人それぞれですね。