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玩具の城 その2

 寂れてしまった玩具売り場。奥の方にある小さなレジカウンター。


 店員は灰色の髪をした男だった。エプロンをしていると言うのに、どことなくだらしがない。


 目も死んでいるようで、髪の色も相まって全体的に色素が薄い。


 しかし、こちらとしては好都合だった。


 先程見つけた懐かしい青いロボット。


 買おうにも、高校生がこんな玩具を買うというのは、なんだか小っ恥ずかしかった。


 (でも、この店員さんなら……。なんとなく大丈夫かな)


 僕は青いロボットの箱を手にレジカウンターへ向かう。


 「すみません。これ、お願いします」


 「はぁい」


 気の抜けた声。


 「えっと、シール、シール。……あった。1200円だねぇ」


 想像以上に安い値段に、何故だか僕はムッとしてしまった。


 「……安いんですね」


 「ああ。今日でここは最終日だから、だいぶ値引きしたみたいだね。殆ど処分だよね」


 「……そうですか」


 「まだこんなにいっぱいあるのにね。どうするんだろうね。コイツらは明日から」


 灰色の髪の店員は玩具の並ぶ棚を見た。


 「……まあ。今日を精一杯頑張るんだろうね。はぁ。ボクも頑張んないとか。面倒だなぁ」


 客の前で盛大に溜息をついて見せた店員。


 僕は少しだけ戸惑った。


 「ああ。ゴメン。こっちの話。袋、いる?」


 「ください」


 袋に入ったロボットの箱を手渡し、灰色の髪の男は「ありあとーございましたー」と会釈した。


 踵を返し数歩。僕の足は止まる。


 「? どうかなさいましたぁ?」


 気の抜けた店員の声に僕は返す。


 「いや。売れ残りのこの子達は本当にどうなるんだろうなって。お兄さんって店長さんですか?」


 「バイトだよ。最近入りたての。木っ端も木っ端だね」


 「じゃあ、詳しいことは分からないですよね」


 「うん。残念ながらね。何か思うところがあるのかな?」


 「……なんて言えば良いか分からないですけど」


 そう言って頷いた。


 「何を思ってるかは知らないけどさ。いや、おおかたの予想はつくんだ。時間の無駄だと思うよ?」


 「…………」


 「店の中、見たでしょ。人を楽しませる筈の玩具だって、棚に山積みで不名誉なシールを貼られてしまえば、ただの残りかすだよ。うん」


 「……玩具売り場の人なのに、現実的なんですね」


 「人の玩具は幾何学的だと思うな。箱とか、本体もそう。現実的だよ。他のモノよりちょっと愛嬌があるだけ」


 なんだか不思議なことを言う人だと思った。言ってることも理解はできる。


 それでも僕は、


 「……それでも僕は、好きだったんですよ。玩具も、この場所も」


 「そっか」


 「僕は高校生で、お金なんて全然ないから、この安売りのロボットしか買ってあげられない。この気持ち、どうすれば良いんでしょうね」


 「どうしようもないよ。でも、そんなことを続けてたら、いつかキミの部屋がここみたいになっちゃうよ。やめておきなよ。そんな気持ちはここに捨てていくと良い。幸い明日にはここは無くなってる」


 「僕にはまだ割り切れないかもしれないです。でも実際問題、みんなのことを助けるなんて無理ですから。この子だけでも買って帰ります」


 「その青い子。何かあるんだ?」


 「はい。色々」


 「ホントはそれも持って帰んない方が良いと思うんだけど。どう?」


 「それは……嫌です」


 そう言って僕は玩具売り場を立ち去った。


 一人だけになった売り場で、灰色の髪の店員はカウンターに肘を付いて呟く。


 「きっと、時間を無駄にするだけだと思うんだけどなぁ」


 

   *



 7階のベンチで僕は青いロボットのパッケージを眺めていた。


 パッケージの方の記憶はいくら探しても見つからない。僕に興味があったのは本当に本体のロボットだけだったのだろう。


 懐かしいとか、そういう感情は意外と湧かない。


 ところが、ブリスターの奥に覗く本体が瞳に映る度、心が動く。心が軋む。


 僕はこの子を助けたつもりでいるけど、この子は僕が捨てたのとは全くの別物。


 僕が捨てたあのロボットはゴミ収集車にグチャグチャにされて、どこかに埋められたのだろう。


 子どもの夢なのに。他のなんてことないプラスチックゴミと一緒くたにされて。汚いゴミと同じ扱いを受けたのだろう。


 ゴミ収集車はトドメと言わんばかりにメキメキと潰してしまう。カラフルな物が潰されているのを見る度に嫌な気持ちになる。


 そういう恨み言はお門違いなのは自覚している。捨てたのは誰でもない僕なのだから。僕が決めたことなのだから。


 それでも、この子は助けたいと思った。


 潰れた玩具売り場にある玩具の末路を僕は知らない。新しい玩具なら、どこかの売り場に引っ越しするだけかもしれない。


 しかし、パッケージの褪せた古い玩具は多分捨てられてしまうだろう。捨てられなかったとしても、良い扱いを受けることはないだろう。


 僕はそんなことは許せない。だから買った。


 あのロボットが今、この光景を見たらきっと怒るだろう。


 『俺を捨てておいて、なんで同じモノを買っているんだ』と。


 そうなったら僕は謝ろう。彼の気が済むまで謝ろう。彼の言うことをなんでも聞こう。そんなことはあり得ないわけだけど。


 こうして順繰りに思考を回転させていると、時計の針が回っていたことに気付く。


 ベンチを立ち、エスカレーターへ向かう。


 間違えて上りのエスカレーターに立ち寄った際に、奥の方に大きな階段を見つける。


 照明が無く、ロープが張られている。立ち入り禁止の場所。


 掃除用具が乱雑に放置されていて、物悲しい雰囲気を醸し出している。


 この感覚を僕は覚えている。


 「昔も、同じような気持ちになって」


 すぐに思い出した。


 この先の屋上には小さな遊園地があった。


 僕が子どもの頃には既に閉鎖されていたけれど。


 あの階段を終ぞ登ることは無かった。それは僕が面倒がったみたいな怠慢や、関心の無さとか、そういったものが生み出した事実ではない。


 僕が生まれて、話して、立って、遊んで、祖父母とこの場所に来るまでに成長することを遊園地の方が待ってくれなかった。それだけだった。


 僕の都合なんてお構いなしで時間が進んでいくことを5、6歳の頃に思い知らされた。


 そのことが余計に寂しくて、悔しくて、悲しくて。


 僕はどうしようもなく、逃げるように反対側のエスカレーターに乗った。


 一段一段が少しずつ凹んでいって、階段状を成していく。


 その段を足で下ることなく、ただ身を任せるだけ。


 左側にある鏡が人を沢山作って賑そうとしていても、そこに映るのは同じ人。最後の最後まで、報われないのに頑張っている。


 手すりのゴムを触れば、傷で凹んで、劣化で凹んで、その間が盛り上がっているように感じる。その感じが心地良かった。


 「あれ」


 どうも、このエスカレーターは長いようだ。そういう風に感じる程に。


 ようやく手すりのゴムが曲線を描き出して段が少しずつ平面になる。


 そこで僕は気付いた。


 僕は下りのエスカレーターに乗った筈なのに。


 踏み付けた数字の表記は、


 「あれ」


 7だった。

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