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玩具の城 その1

中編

 青い合体ロボットの玩具。


 僕の思い出したくないものの一つ。


 あれは、いつかの誕生日に買ってもらった玩具。


 青いボディの大きなロボット。


 変形機構が備えられていて、腕やら脚やらを本体から取り外して繋げると列車のような形状に変形するギミックがあった。


 ロボット時のヒロイックさと列車時のメカニカルさのギャップにやられて、手に入れた当初はよく遊んでいた。


 時間があれば変形させたり戻したりして遊んでいたし、乱暴に怪獣の人形と戦わせたこともあった。二軍三軍を押しのけて、あのロボットが勝利を収める。僕の起こした戦争はいつだって、お気に入りや新参者ばかりが贔屓されていた。


 本当にお気に入りだった。


 しかしある時、列車からロボットへの戻し方が分からなくなってしまった。


 当時の僕には箱も説明書も包装紙と何ら変わりないものだった。本体の玩具を取り出してしまえば、残るのはただのゴミ以外の何物でもなかったのだ。


 今であればインターネットで調べることもできるのだろうが、当時の僕にはそんな発想はなかった。


 僕は何度も試行錯誤した。未成熟な頭で考えて、何度も何度もくっ付けては外しを繰り返した。しかし、どうやっても元のロボットに戻すことはできない。


 しばらくは青いロボットを元に戻すよう画策していたが、どこかを境に子どもらしく飽きが来た。


 青いロボットは玩具箱の底に沈んだ。


 それから一年くらい経った頃。


 玩具を出しっぱなしにしていたとかそんな理由で母に注意された。


 その時は僕の態度が悪かったのか、母は激しく怒っていた。


 どういった話の流れだったかは覚えていないが、玩具を捨てさせられる流れになってしまった。


 僕は本当は捨てたくなかった。


 しかし、同時にこの時間を早く終わらせたいとも思っていた。


 玩具箱をひっくり返し、誰に死刑の宣告をするか迷っていると、件の青いロボットの玩具がバラバラな状態で目に映った。


 他にもどうでもいい玩具はあった。飽きてしまったものもあるし、壊れているものもあった。親戚の貰い物で殆ど遊んだことがないものもあった。


 にも関わらず、当時の僕はあのロボットを手に取った。


 合体変形の仕方を忘れてバラバラになったロボットを鬱陶しく思ったのか、大きな玩具だったので母の機嫌を取れると思ったのか、理由は定かではない。


 しかし、あの時僕が殺したのはあの青いロボットだった。



 このことは何故だか忘れることができなかった。


 似たような玩具を見かける度にあのロボットのことを思い出してしまう。


 布団を被って天井を見つめている時も死霊のように脳裏にあのことがよぎる。


 稀に悪夢としても出てくる。負い目を感じている僕の首元で呪詛の言葉を並べるのだ。身体の熱で僕が布団から跳ね上がるまで。ずっと。


 単なる玩具が、プラスチックの塊が恨み言を言う夢であるにも関わらず、僕は攻撃的な気持ちになるどころか懺悔の言葉を並べているのだ。


 歳を追えば追うほどに自分の残酷な行いに後悔が募っていく。


 一年も経たずにあのロボットを殺した自分が堪らなく憎くなる。


 子どもらしい意識が僕の中から抜けていくほどに、子どもの無邪気な側面が気味悪く思えてくる。


 あの時、説明書を捨てなければ。


 あの時、根気よくロボットを直そうとしていれば。

 

 あの時、母に捨てたくないと懇願していれば。


 今日も僕は青いロボットと無邪気な子どもの夢を見る。



   *



 子供の頃よく祖父母に連れて行かれた創業うん十年のデパートが今日閉店する。


 高校生の僕の耳に入ってきたのは、寂しい知らせだった。


 2人の家は自宅から五駅離れたところにあった。


 家から近く、他所の孫よりも祖父母に面倒を見てもらった回数は多いように思う。


 それでも顔を合わせる度に2人は凄く喜んでくれて、毎回が何かの記念日かと錯覚してしまう程に良くしてくれた。


 毎度の如く、何処かへ遊びに連れて行ってもらった。その中で一番足を運んだ場所。


 そこがあのデパートだった。


 七階建てのデパート。当時の僕には背が高過ぎた。てっぺんの辺りは陽光と重なって、よく見えなかったのを覚えている。


 絵本に出てくる立派な城よりも、僕にとっては身近でリアルな憧れの場所。


 あの場所は僕にとって城だった。


 しかしながら、当時の僕には家電やら洋服に興味は無く、六階までは虚無に等しかった。賑やかしてくれはしたのだけれど。


 僕が足を運んだのは最上階の七階。玩具売り場。


 そこにあるのは楽園。


 圧迫感さえ覚える程に玩具が敷き詰められた棚。


 ソフトビニール人形に変身セット、水鉄砲、格好の良いヨーヨー、プラモデル、ゲームソフト。


 チープなおままごとセットにぬいぐるみに着せ替え人形。


 本来ならカラフルな筈の色褪せたポスターがところどころに貼ってあって、壁さえも誘惑で溢れていた。 


 何より素晴らしかったのは売り場の中央に大きな鉄道のジオラマがあったこと。プラスチック丸出しの子ども向けではない、大人っぽいリアリティのあるジオラマ。


 手前にある木の箱から飛び出たボタンを押すと電車が動き出し、ヘッドライトを光らせながらトンネルを潜って一周する。


 精一杯の背伸びをしてようやく全貌を見渡すことのできた僕は卓上にある風景に目を輝かせる。


 トンネルの通った山の近くを何もなく一周するだけなのに、それを見ることができるのが堪らなく嬉しかった。


 永遠にあそこにいたいと思っていた。


 あんなにも楽しかった場所が無くなる。


 時間の流れはなんでも壊してしまう。


 とは言うものの、そもそも無くなる前に僕はいつからかあの場所に行かなくなっていた。


 中学に上がったあたりで、数駅先の祖父の家に行く時間さえ惜しむようになったのだ。


 例え、2人の家に通い続けたとして、いつまでも玩具売り場に足を運んだとも思えない。


 少しだけ大人になったのだろう。


 どちらにせよ冷たい話だ。


 それでもこの歳になってくると、周りの人の死みたいなものが酷く現実的になってくるような気がして怖くなることがある。


 そんな恐怖に打ちひしがれた僕はとりあえずデパートに向かってみることにした。


 本当なら2人と一緒に来たかったのだが、どうにも照れ臭くて言い出すことができなかった。


 駅の近くまで戻るとあのデパートがそびえ立っているのが見える。


 今日はよく晴れていて太陽が照っていたが、デパートの頭の先までよく見えた。


 僕の城は、思っていたより小さかった。



   *



 エスカレーターで昇りながら一階一階を歩いて回る。


 洋服、化粧品、家具、家電、どれもイマイチピンと来ない。強いて言えばレストランには何度か連れて行ってもらったのを覚えている。


 どれも当時の僕の眼中には無かったもの達。


 服や家具あたりにはいくらかの興味を持つようにはなったが、ここのはなんとなく違う。


 根底的なところで、自分はあまり変わっていないのだと認識する。


 結局、散策は早々に切り上げることにした。


 六階から七階に昇るエスカレーターに足を踏み入れた時、どうしようもないくらいの何かが喉の辺りで込み上げてくるのが理解できた。


 嗚咽を漏らしたいわけではない。僕はそんなに優しくもなければ、雰囲気に酔っ払って人目を忘れるような恥知らずでもない。


 頭の中でこの感情に理解を示そうと躍起になると、鼓動が早まっていることに気が付く。


 そして僕は理解した。


 僕はあの頃のように本当ははしゃぎたいのかもしれない。


 エスカレーターを大きな足音で駆け上がって、そのままの勢いで玩具売り場に入っていきたいようだ。


 しかし僕はもうそんなことをする年齢ではない。恥もあるし、何より興奮を抑えられるくらいに自制は効く。


 はやる気持ちを噛み締めて、エスカレーターに身を任せる。


 エスカレーターの段差が平坦になろうとする時、僕は2、3段程飛ばして自由を得た。


 少し興奮しながら見渡す7階。


 だが、そこは思ったよりも素っ気ない雰囲気だった。


 不安に駆られながら早足でフロアを周る。


 焦燥感が身体を妙に軽くする。ふわっとした感覚が手足を襲い、頭と心臓の辺りがきゅっと絞まる。


 しばらく歩いて、やっとフロアの隅にカラフルな空間を見つける。


 「……これ、もしかして」


 玩具売り場は原型を留めない程に縮小していた。


 フロアの隅に押し込められた玩具売り場。そこには昔あった幸福感は痩せ細っていて、必要最低限のものだけを置いてあるという風だった。


 最終日だというにも関わらず、客は一人も居なかった。子どもはともかくとしてマニアの大人くらいは並んでいるだろうと思っていたのに。


 玩具売り場に残っていたのは、昔のものより豪華な見た目になった玩具セットの数々。一見すると進化したように見える玩具達だったが、同じパッケージのものが大量に並べられていて、その上から値引きのシールが無慈悲に貼られていた。きっと売れ残りだろう。


 奥の方まで足を進めて行っても虚無感は変わらなかった。


 大好きだった鉄道のジオラマは撤去されていたし、奥まで行っても売れ残りの玩具がスカスカに棚に並べられているだけ。


 何度店内を周っても変わらない。現実を突きつけられてた。


 いい加減に飽きが来て売り場を去ろうとすると、店先の床に大きな段ボール箱が置いてあった。中を覗くとそこには、


 「あ。これ」


 見覚えのある玩具が入っていた。


 当時テレビで観ていた特撮ヒーローの変身アイテムや少しの間だけ流行った育成ゲーム。


 パッケージは真っ白に褪せていたが、棚に並べられていた見たことの無い売れ残りよりもよっぽど心が躍った。


 僕は段ボール箱を漁った。いつの間にか棚から無くなり入手できなかったもの、欲しくても何故だか言い出せなかったもの。


 そして……


 「青い……ロボット……」


 身体が一瞬にして冷えた。懐かしさと罪悪感が入り混じって。




 しかし、怪人はその一瞬に狙いを澄ます。

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