玩具の城 エピローグB
数週間前から、駅の近くの公園で露店が開かれていた。
小さなテーブルには色の薄れたクロスが敷かれていて、その上に古い玩具が並んでいる。
店主の男はいつもボロボロのキャンプ椅子に座って空を見つめていた。
大人達は気味悪がって露店を避けた。小汚いし、明らかに違法だ。
しかし子ども達は物珍しがって近寄るのだ。
露店そのものの魅力というのもあるが、何より店主が何故だか子供に好かれるのだ。
浮世離れした態度が、そもそも浮世を知らない子どもに親近感を与えるのかもしれない。
売り上げもそこそこに日に日に商品の陳列は減っていく。
今は土曜の昼過ぎ。
公園に来た親子の視線を独り占めにする店主。
鈍感そうな優男と溌溂そうな女児。親子だ。
「ぱぱ。おもちゃがいっぱい!」
「いらっしゃい」
女児はダンボールで大雑把に作られた立札を不思議そうに見た。
「お、も、ち、ゃ、の……。いちばんしたの字ってなんてよむの」
「『城』だよ。お城。お姫様が暮らしているところ。いつもの絵本に出てくるだろう」
父親が答えた。
「おしろじゃないよ。ここ」
「きっとそういうお店の名前なんだよ」
「へぇ。なんかすてき」
店主は微笑んだ。
女児は順番に玩具達を見ていく。左から右へと小さな歩を進めていき、机の奥に目線が辿り着いた時、ぱあっと瞳が輝いた。
「このこがおしろのおひめさま?」
女児が指差したのは紫色のドレスを着た人形。
「そう。この子がお姫様」
店主は迷わず答えた。
「でもおひめさまなのにピンクじゃない。かみのけもみじかいよ?」
「他のお姫様と違うんだよ。綺麗で、しかも強い。剣を使ったりできる。仲間の為に一生懸命戦うの」
「おひめさまなのにたたかうんだ! かっこいい!」
「でしょ。ボクもこのお姫様はかっこいいと思う」
「ぱぱ! このおひめさまほしい!!」
「え、うーん。どうしようかな」
見た目通り煮え切らない。彼は彼なりに考えや葛藤があるのだろうが。
「安くしておくよ」
店主はその隙間を冷静に見抜いた。
父親が金額どうこうで迷っていないのは明白だった。必要なのは背中をそっと押してやること。その手段として値段を用いただけ。
「仕方ない。最近良い子にしてたから、特別だよ」
培った経験は無駄ではなかったというわけだ。
「やったあ!!」
「おいくらですか」
「あー、そうだね。うーん。じゃ100円で」
「随分とお安いんですね」
「特別価格だよ。このお姫様をカッコいいって言ってくれたお礼。はい、どうぞ」
店主が女児に人形を渡す時、ゆったりと流れるような動きが強張ったのを女児だけはなんとなく気付いていた。しかし、強張りが何を意味するかまで女児には分からなかった。
「ありがとう!!」
「大事に、してあげてね」
「うん! 大事にする!!」
女児が大事そうに両手で人形を抱えたのを見て、店主はまた流れるような動きに戻った。
店主には人形の紫色の唇がどこか穏やかに見えたのだ。
「じゃあ、行こっか」
「うん!! おにーちゃん!! ばいばーい!!」
「……うん。ばいばい」
親子は手を繋いで歩いていく。
店主は公園の背景に混じって消えるまで、小さな紫色を見続けた。
少しして、店主は店を畳んだ。
普段であれば夕方まではやるのだが、気分では無かったのだろうか。
折りたたみのテーブルを手に、椅子を小脇に抱え、リュックサックに玩具を詰めて肩に掛けた。
帰路に着く彼の足取りは、ゆったりしながらも、どこか弾んだものだった。
それからもしばらく、おかしな店はこの街で営業を続けていたという。




