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玩具の城 その6

 しばらく歩いた狼男は先程の少年への言葉が正しかったのだと確信した。


 やはり虚構だと。

 

 狼男の視点ではこのフロアは捻じ曲がっている。


 背伸びしても奥の方まで見えず、いくら歩いても玩具売り場から抜け出せない。


 目に見えているものと今歩いている場所にズレが生じているのだ。


 それどころか同じ階層、同じ場所でも少年とは見えているものがそもそも違う。


 怪人も本領を発揮してきたのだろう。


 ネズミが横切るようにミニカーはちょこちょこと床を走っているし、うさぎのぬいぐるみは転んでは歩いてを繰り返している。


 ロケットのプラモデルは自分で組み立て上がったと思えば、頭上で宙返りする。鬱陶しく思って狼男は手で追い払っていた。


 滅茶苦茶だった。


 しかし狼男は案外楽しそうにしている。それは玩具の魅力が半分と仕事に対してのことが半分。


 動き回る玩具達が自らンを誘導しているのを感じていた。


 ピンク色の戦車が2台、砲塔をこちらへ向けながら前進するのを見て誘導を確信する。その脇には兵隊の人形がマスケット銃片手に行進をしている。


 ぽてぽて歩き回る玩具達。おかしな光景に狼男の目は慣れていく。引き込まれそうになったのを自覚したところで頬っぺたをつねってみたり、耳たぶを触ってみたりして気を紛らわせた。


 すると、キャタピラのキュルキュルという音が止んで沈黙が流れる。


 2台の戦車が止まったのだ。


 先程、立ち止まった女の子用の売り場近く。


 「ここなの?」


 狼男は辺りを見回す。


 特に変わったところはない。玩具はきちんと棚に並んでいるし、歪んでいるところも無さそうだ。


 「どうしたもんかな」


 ふと上方に目を向けた。


 「あれ」


 ある玩具のパッケージが破けている。前面だけがズタズタになっていた。


 「どうしたんだろ」


 同時に背後から、ずっと求めていたあの湿った気配が現れる。ゆらりと。


 振り向くと、白い床にぽつんと人形が立っている。


 現実の玩具売り場の時は売れ残りとしてダンボールの中に、虚構の玩具売り場になってからは女王のような振る舞いで棚の上段に。


 「あの女王さま」


 紫色ドレスの女王の着せ替え人形。


 次第に黒いもやがかかっていくと、その体躯はみるみる内に大きくなっていく。


 狼男より少し背が低いくらいの、女性としてはかなり長身なぐらいになると、もやが晴れて美しい流線が明らかとなる。


 等身大の人形。紫がゆらゆらと揺れていて、黒い長髪もさらさらとしていて。


 「思った通り。やっぱり綺麗だ」


 異様な光景を目の当たりにしたとしても、狼男はこうなのだ。




   *




 随分と活発な女王様だった。


 スカートを気にしながらも滑らかな動きで狼男の攻撃を受け流し、玩具のような派手な装飾の剣で喉笛を狙い澄ます。見た目が玩具めいているだけで本物の剣だった。


 決して俊敏とは言えないが、無駄な動きを一切しない。引き算で行動を決定する。機械的というよりは、この場合人形的というべきか。


 徹底的に生物的でないので、本来なら困難な動作であっても関節を捻じ曲げて対応してくる。


 稀に背中を見せたところを突こうと思えば、首を180度回転させ、関節を逆に折り曲げて剣を振るう。


 流石の狼男もギョッとして後ずさる。死を実感するのもそうだが、こんな人形は誰だって不気味に思うのだ。


 命を狙って喰らって生きてきた狼男にとって無機質というのは厄介な相手だ。


 顔を狙っても怯まない。蹴りを入れても呻かない。そんな相手をどうすれば良いのか。


 頭でそういうことを考えながらも、狼男の爪は女王の身体のどこを刺し貫けば殺せるのか考えている。


 経験では狼男が圧倒的に上回っている。彼は他の命を喰い漁ってここまで生きてきた。片や女王は先程まで箱の中だった。


 女王は相変わらずドレスのスカートを気にしながら、フロアを走る。


 服装を気にしながら走るのだ。無論、狼男はすぐに追いつく。


 玩具の棚の端の方に女王を追い詰めた狼男は躊躇なく彼女の首を狙う。首を落とせばなんとかなるだろうという短絡的な思考で。


 対して、女王は玩具の左手に持った剣を前面に出す。ここまでは狼男の予想通りだった。


 ところが、次の瞬間女王は右手でも剣を振った。


 毛むくじゃらの耳を掠めてひやりとする狼男。後ろに数歩下がって見渡すと女王は2本剣を持っているではないか。


 その横には傘立てのような木の箱に玩具の剣が沢山入っている。そう言えば売り場にこんなのがあった。

 

 「ソッカ。ココハキミノ城ダモンネ」


 感心していると、今度は壁に掛かっていたエアガンを手に取ってパッケージを破く。


 そして片手で構えるのだ。


 「……ソレモ使エルワケ?」


 鈍い銃声が鳴り響き、弾丸が肩に捩じ込まれた。


 飛び散った血飛沫が床に斑点を作る。


 狼男は左肩の重怠さに思わず膝を突く。それでも負ける気はない。女王を見据える。


 女王は相変わらず無表情だったが、床の汚れを見る様が悲しげに映った。


 狼男の掠れた視界に悲しく映るのだから、きっとそうなのだろう。


 女王の動きが乱暴になる。


 しかし、いなすのは容易い。


 スカートや長い髪が邪魔をして寧ろ勢いを殺すのだ。


 最後の日まで売れ残っていた彼女。


 明日が不安で仕方なかっただろう。


 この場所が憎くて仕方なかっただろう。


 ここから出て行きたくて仕方なかっただろう。


 それでもこの場所が汚れてしまうのは悲しくて。


 箱の中からずっと覗いていたこの場所は幸せそうで。


 矛盾する感情がぐちゃぐちゃになって訳が分からなくなって頭が熱くなって。


 ただの人形なのに。


 そんな彼女の姿を見て、


 狼男は初めて誰かを殺したくないと思った。


 とは言え、同情で自らの命を落とすほど彼は愚かではない。


 生死の境目でとりあえずの落とし所を探してみる。


 切先は首をなぞり、弾丸は頬を掠める。


 気付けば周囲の玩具達も彼に牙を向く。


 飛行機が機銃から撃つガムボールのような弾丸。


 ミニカーや列車は足元を走り回り邪魔をする。


 ロボットは両腕を飛ばす。


 ヒーローや怪獣のソフビは体当たり。


 ブロックは積み上がって兵士達の盾となり。


 変身セットやコンパクトはただ音を鳴らすだけ。


 ぬいぐるみ達はふやけたような動きでままごとセットの食器を手にこちらへと。


 子供騙しな攻撃の数々。


 殺傷力のない空回りの殺意が狼男には余計悲しく映る。


 必死さが痛々しい。


 殺さないと意識すればする程、狼男にも余裕がなくなっていく。


 彼らを踏み潰さないように。蹴り飛ばさないように。振り返りざまに肘で打たないように。


 身体が熱くなる。汗がたれる。


 不器用な自分への苛立ち。


 女王の剣を弾く腕が段々と乱暴になっていく。爪が空を切る音が強く高くなる。


 剣の先端が彼の腹を狙った瞬間だった。


 彼の背後で赤い風船が浮いた。


 頭と同じ高さに浮く風船が人の顔のように思えた狼男。


 熱かった身体が軽くなる。


 咄嗟に風船を手で払い、それが風船だと認識する頃には腹の寸前まで届いていた剣が見える。


 焦りが彼の動きを乱す。


 膝で剣の平を蹴って弾いた後にいつもの癖が出てしまった。


 弾かれた剣の重さに女王の身体がよろけたところを爪が彼女の首を勝手に狙った。


 首を突き刺す前に理性が働き、無理矢理攻撃を逸らす。


 爪は首からは逸れたものの、女王の美しい長髪を切り裂いた。


 はらり


 女王は落ちた自らの紫の髪を見下ろす。


 首、肩、肘、腰、膝の順に力が抜けていって倒れる。


 ようやく本来の人形のように。人形でも女には変わりなかったのだろう。


 女王の倒れた姿を見つめる狼男の胸中は苛立ちに似た何かと後悔に似た何かが、ないまぜになっている。


 この心情を言語化できない彼に代わって述べるのであれば、力余って玩具を壊してしまった時のような喪失感と言うべきだろうか。


 やはり言葉にするには難しい感情である。

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