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玩具の城 その4

 灯りがついた時、少年は不安感というよりもっと違うものが払拭した。


 暗闇から這い出てきたのは、あの日の『7階』。ふるびけた床も時代錯誤なお洒落のタイルも全てが、あの頃のまま。


 置いてあるものといえば、薄い配色でカラフルな扇風機やペンギンの形をしたチープなかき氷機。ハンガーにかかるワンピースも年寄り臭い桃色の花柄。マネキンは黄色い肌をしていて、鼻が妙に高い。


 そして少し行ったところには、あの玩具売り場。フロアの半分近くを締める売り場には所狭しと玩具が並んでいる。本格的な鉄道模型が山のトンネルをグルグルと周っていて、時折、警笛を鳴らしてサービスをしてくれる。


 彼が今日足を運びたいと考えていたのはここだ。


 彼が居たいのはここだと思った。


 彼が思い描いていた城。


 不純物とか、攻撃性とかそういうもののない世界。ただ平坦にカラフルな。素敵なだけの場所。


 興奮したのだ。


 無為に歳を重ねて、死のような終わりのことが怖くなって、自分のポテンシャルはどんどんすり減っている。なのに周りはどうだ。平気な顔をしているように見える。


 将来が現在になった時、人は過去を渇望する。これは理屈では片付かないことなのだ。


 普段、寝る前のベッドでそんなことを考えたりするセンチメンタルな彼にとってこの場所は酷く刺さるのだ。


 求めていた場所に至った時、彼は子どものような気持ちで口にした。


 「あんまり帰りたくないな」



  *



 「ああ。始まったちゃったか」


  フロアの様相が変化したのを見て、狼男は嘆息した。とは言え、これだけ熟成させて育ててきた獲物だ。楽しみじゃないと言えば嘘になる。


 狼男はフロアを歩いた。


 どことなく子どもっぽい商品の羅列。とは言え真剣な試行錯誤の末の。正真正銘の大人が作った棚だ。


 それにしても随分とこだわりのある怪人だった。やることなすこと全てが趣味的なのである。怪異というより何かに固執する怨念、のような。


 フロアは広かったが、狼男にはアテがなかった。彼が明確に知っていると言い切れるのはあの小さな玩具売り場。フロアがこうなった今、どうなっているのかは定かでは無いが。


 少し歩いて、玩具売り場が立派なものになっていたことに驚く。


 売り場もさることながら、玩具ひとつひとつにも深い魅力に感じる。


 配置も素晴らしかった。小さなソフトビニール人形は比較的低い位置に配置されていて、大きなロボットのようなものは高い位置に据えられている。王のような立ち振る舞いに、少年達は歓喜したことだろう。


 ソフトビニール人形やミニカーは兵隊なのだ。その上に玉が燦然と輝く。


 ここまでの狼男が感受性が豊かなのは、彼も生物的に男性に分類されるからなのだと思いたい。


 だからと言って女の子向けの玩具を無下にしてきたわけではない。鮮やかな単色が複数個パッケージされたままごとセットや看護婦セット。こちらは前座だろうか。


 コンパクト、ステッキ、ぬいぐるみと難度を上げて、頂点に立つのは着せ替え人形。


 この着せ替え人形は見覚えがあった。現実の玩具売り場で投げ売りの箱にシールを貼って放り込んであったのだ。


 女王のような風貌で黒髪。ティアラに紫色のドレスを着用していた。ケバケバしい見た目だとでも思われたのだろう。十分美人には見えるのだけれど、終ぞ持ち主は現れなかった。


 美しい女王の人形。パッケージの褪せが物悲しくて、狼男は彼女に魅入った。同情でなく、美しいのだと思った。


 売り場の中心には変わった大きな置物があった。木目調の台座の上はガラス張りになっていて、その中にはトンネルや、線路、海がおさまっている。大きなジオラマだ。


 玩具を使ってリアルな情景を作る遊び。


 ここの店主はそういったのを作る趣味があったのか。詳しい友人にでも相談したのか。玩具売り場にこのジオラマを置いていたのだ。


 ジオラマの題材には小さな黒い箱が付いていて、赤色と青色のボタンが見えた。


 遠目からなんとなくの風貌は理解したが、全貌は見えない。


 何故ならそこには先客がいて必死にジオラマの中を覗いているのだから。


 先程の少年だ。随分と様子が違うが。


 とろっとした顔の緩みとそれに反するような身体の長さが危うさを醸し出していて、加えてその手には青いロボットを抱いていた。


 先程購入したばかりなのに、もうパッケージを開けている。


 傍には大雑把に箱とブリスターが落ちていた。少しばかり退行した途端にパッケージは邪魔者になったのだろう。


 それでも狼男は遠慮なく話しかけてみる。


 「こんにちは」


 「ああ。店員さん」


 思ったよりマトモそうだった。


 「これが好きだった場所?」


 「はい。ここに来たかったんです。あれは偽物だったんだ」


 「こっちだよ。偽物は。本当は分かってるんでしょ?」


 少年はロボットを強く抱いた。玩具への力加減を知らないところが余計子供っぽかった。


 少年は何も言わないが、狼男を否定している。


 狼男からの否定に対するカウンターなのだが、少年側の否定は同等のものではない。正当防衛とか仕返しとかの域を超えている。


 その目にはもっと強い憎しみと飛躍した人格の否定が入り混じっている。


 標的は確かに少年だが、そこまで憎まれてまで助けてやる義理もない。


 狼男は適当な捨て台詞を天井見上げて考える。


 見上げた天井には「まぁ、確かに前のより良い場所だしな。ここ」と書いてある気がする。


 ので、自然に出て来た言葉を言うことにした。


 「どっかで気付くと思う。その時は辛くても……。あー。なんて言えば良いのか分かんないや」


 自分の言葉さえ途中で匙を投げる彼は無責任なような、寧ろ不確定なものを言い切らないあたり責任感があるような。

 

 狼男は頭を掻きながら歩き出した。


 ポケットに片手を突っ込んでふらふらとする歩。先程と歩き方は近しい。


 ただ先程の卑しさとは打って変わって、どこか悔しそうに見えるのは気のせいだろうか。

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