玩具の城 その3
灰色の髪をした青年。
彼は狼男。
普通の狼に戻る為に、怪人を倒している。
今、こうして似合わないエプロンを着て、接客なんぞをやってみせてるのも仕事も一貫だった。
このデパートには間違いなく、怪人が潜んでいる。そういう匂いがするのだ。
その中でも匂いが強いのは、この玩具売り場。
しかし、何も買わずに玩具売り場をウロウロするのは気が引けた。
数々の仕事をこなして、社会性というか、人間性をそれなりに身に付けたことで、彼も人の目を気にするようになったのだ。
それは恥というよりかは、世渡りの術というべきもので、物事を円滑に進める為に人目を気にする、それだけのことだった。
故にこのエプロンである。
デパートの閉店を知ったアルバイトが散って、責任者が頭を抱えていたタイミングでやってきた彼。
飾らない彼の態度は大人には癇に障ったが、子供にはそれなりに好かれた。
小生意気だろうが、髪が灰色だろうが重宝された。恐ろしくシフトに入るのである。
そんな勤勉者たる彼は時々、本来の目標を忘れそうになる。
狼としての研ぎ澄まされた感覚は、単純作業の中で活きてしまっていた。
彼の労働は『お店屋さんごっこ』の域を出ていない。
彼の目標はここにいる怪異を探り出すことであって、その過程としてレジに立っているわけだ。
給料の為でも評価の為でもなく、彼は違うところを見て仕事に励んでいる。
目標や目的さえ無ければ、こういった労働は遊びやゲームに近いのかも知れない。たまにやる分にはの話だが。
だからこそ、単純な彼は夢中になってしまうことがあるのだろう。
最終日である今日も、殆ど本来の目的を忘れて仕事に励んでいた。
今のあの少年が来るまでは。
狼男は匂いを嗅ぎ取ったのだ。ジメジメとした、酷く湿気た匂い。
痛みのある外箱のかび臭さや棚の劣化した酸っぱい匂いではないもの。その奥底には明確な意思を感じる。
彼は最初は少年本人が匂いの元だと思った。しかし、少年が僅かな敵意を向けてきたのは、玩具を持ち帰るなと諭した時だけ。
そして少年がその場を去っても匂いは消えなかった。
単純な逆算が導いたのは少年が怪人ではないだろう、ということ。
この結論は今更ながら彼を焦らせる。その匂いで我に帰ったと言っても良いだろう。
タイムリミットは今日まで。尻尾を見せたのは先程のほんの数刻。
「今回のはやるなぁ」
何処か弾んだ瞳。口元はいつもより緩む。飯を食う時と同じ。
彼は少し気に入っていた緑のエプロンを乱暴に脱ぎ、椅子に放った。
持ち場を離れるというのに、今回ばかりはレジカウンターに呼び出しのベルを置かなかった。店にどうかはともかくとして、もう自分には必要ないと感じた為である。
焦れている筈の彼の足取りは、いつも通りゆったりとしている。
誰かを油断させてやろうというような、卑しい歩き方だった。
*
何度エスカレーターを降りても、気付けば登っている。
エスカレーターの長さを意識した時、横にある鏡に目をやった時、ほんの少し隙を見せると、昇りと降りは反転しているのだ。
7階に降り、もう一度エスカレーターを降ろうとした時、少年は気が付いた。
最上階である7階から上に伸びている歪んだエスカレーターを逆行したのなら、このおかしな状況をなんとかできるのではないかと。
淡い望みを抱えて、小走りでフロアを周る。
しかし、どうしたことだろう。
目的のエレベーターの場所だけは、何故か記憶がふわふわしている。思い出そうとしても色はぼやけているし、そちらの方に行くとだろうか、身体も意志に反発して思うように動かない。
自らの意志で動いている筈の身体が無意識に制限をかけているのだ。
少年は気分を悪くした。先程からフロアの同じところをぐるぐるとしているだけのようで、歩数に対して景色が変わらないさまに酔った。
そこには訳の分からない焦りみたいなものもあって、胸のあたりが詰まるような感覚。
本当なら、ここで一旦切り上げて、適当なベンチにでも座りながら水でも飲むのが良いのだろう。
そこで落ち着いて、今が一体どういう状況なのか、他に出口はないか、それともこの現象はもっと初歩的なくだらない勘違いではないかと検証したりするのが吉だ。
しかし、焦った時、違和感に襲われた時というのは、何より身体を動かすことで心の平静を保とうとするものである。
加えて、少年はまだ十代半ば。感覚的に動いてしまうのは仕方のないことである。
エスカレーターの終わりにある7の文字。それを何度も何度も踏みつけた。時には数字が見えないように踏みつけたまま、目をつぶって両手をにぎったりして、ゆっくりと銀色の数字から足をずらす。
7。
夢を見ているようだった。
都合の悪いことだけが的確に連続していく。
光明を見出せば、理不尽がそれを捻じ曲げる。
少年は完全にこの7階に閉じ込められたのだ。
それはシャッターが降りたとか、下の階が火事だとか、そういう現実的な密室ではない。
もっと捻じ曲がった密室。自分が今、理不尽の合間にいることを少年は悟ったのだった。
平坦な昇降に疲れ、少年はベンチに腰を据えた。この現象が駄々を捏ねた程度でどうにかるなるものではないと考え、落ち着いたのだ。
少年は頭を抱えた。現実的な明日のこととか、そういうものではない、もっと単純な恐怖心が彼を襲った。
少年は縋るように青いロボットを抱いた。気が付けば周囲に人の気は無く、フロアの広さも相まって孤独感に苛まれた為である。
人型の、しかも爽やかな青さと凜とした顔立ちが、小柄ながらも頼もしさを演出する。
青色が目に映っている安心感。
昔裏切ったものに対して、依存心を傾けるというのはどうにも気持ちが悪かった。
しかし、この広過ぎる密閉空間はそれだけ15、6の少年には恐ろしかったのだ。
怪人はこの効果を意図して密室を作り出した。
少しばかり上下をおかしくしただけで、玩具への依存心を引き出して見せた。鮮やかな手腕である。
怪人は次の手に出る。恐怖が小さな依存を産んだのなら、次は、
フロアの電灯を消してしまうのだ。




