久遠僧
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
ふーむ、このところはお墓じまいをする家も、ちらほら増えている……か。
現代のお墓は維持費もかかるし、なおかつ継承してくれる人がいない、いたとしても遠方に住んでいたりして、簡単に足を運べない……とかの理由でね。
そうなると自分の骨は、どこへ埋めればいいのだろう?
永代供養なら、お墓の管理を霊園が行ってくれるらしい。三十三回忌までとか期間が決まっているとか聞いたことあるけれど。
あとは海へ散骨したり、森の中へ埋葬したり……手間をかけるものだと、遺骨から炭素を抽出してダイヤモンドにする、ダイヤモンド葬なるものがあるとも聞いたねえ。
埋葬は古来、環境を守るためにも重要な課題のひとつ。
土葬や火葬以外にも、変わった葬り方が伝わっていることもあるみたい。
実は僕の地元にも、不可解なとむらいが行われていたという話があってね。聞いてみないかい?
僕の地元に「久遠僧」と呼ばれる、修行僧がいたらしい。
久遠は永遠や永久を意味する言葉。笠をかぶり、錫杖を携える姿は、よその僧と変わらない。
しかし衣の上から着る袈裟の色は、無数の色を散りばめた瑠璃。見る角度によって放つ色を異にするその表面は、ややもすると質素を是とする教えに逆らう、ぜいたくなつくりに思えるだろう。
僕の地元では、その袈裟を見せる僧こそ久遠僧と呼ばれ、場所や時機によっては歓迎される存在だったらしいんだ。
久遠僧は笠のみならず、手拭いも使って自らの顔を隠している。右目以外は肌をまともに外気へさらさず、生地越しの口もさほど動かない。腹話術を用いていたのではないか、という説もある。
この久遠僧だが、お経をあげたりすることはない。ただただ埋葬専門として存在していた。
久遠僧の手にかかる送り方は、土に埋めたり荼毘に付したりするのに比べれば、非常に手間がかからない。
ただ、その指でもって身体に触れるだけでよかった。久遠僧に触れられ続けて数拍が経つと、遺体は景色が切り替わったかのように、ぱっと消えてしまう。
遺体のあった上方には、ほのかに紅めいた霧がかかり、鉄の臭いが漂ったらしい。このことから遺体は直ちに、霧散してしまったかのように思われた。
しかし、このもやが血のものだとして、残りの肉や骨はどこに消えたのだろう? それを問われると、久遠僧はこともなげに言った。
「この世に溶けたのだ。このいちどきをもって。
木の葉の死骸も、その顛末は知っていよう? 腐敗の先に養分となり、また新たな命の礎となる。これは長いときをかけて行われるもの。
それをいま、この場で行ったのだ。近く、この一帯に実りが訪れるだろう」
果たして、久遠僧の言うとおりになる。
彼らの葬られた者がいる村々は、いずこかの田畑が例年にない実りに恵まれる。数が多ければ全体に及ぶこともあった。
また、これらは傷み、壊れたものへも働きかける。
家の中でとむらえば、家の傷んだ箇所が数日の間にひとりでに直っていき、とむらいの際に柄などが折れた道具をつないで、そばへ置いておけば、一晩ののちに修復された。
幸い、とでもいえばいいのか、これらの効果は年を経た大人のものでなければ、効果を示すことはなかったと伝わっている。実際に、子供のとむらいの際にせがまれた久遠僧があらかじめ教えており、そこを強いて行っても結果は出なかったのだとか。
もし効果を示していたら、村の口減らしなどがひどいことになっていたのは、想像に難くないだろう。
彼ら久遠僧は何人も行脚しているらしく、長く同じ土地にとどまることはなかった。
ありがたく思う人もいる一方、亡くなったとはいえ、家族の身体の扱いに対し、不審を抱く者も少なくはなかったようなんだ。
この久遠僧、細々とその姿を現していたみたいなんだけど、とある出来事をきっかけにぱたりといなくなってしまった。
久遠僧が同じ村にとどまるのは、最長で一日。その滞在期間のおり、ひとりの老人が亡くなったんだ。
すでに足腰が弱っていたうえに、ところどころ呆けたことを口にするようになり、ボケてしまったのだろうとウワサする者も多かったとか。
受け答えがはっきりしなくなる少し前、老人は豪雨の中を歩かねばならなかった際、木々の枝葉に積もっていたか、大きな泥の塊を頭からかぶったと語っていたらしい。
埋もれずに済んだのが不思議なくらいだったが、それでも身体を強く打ち、すぐには動けなかったという。その時の命拾いの引き換えだったのでは、と話を聞いた者は思ったそうな。
おりよく、居合わせた久遠僧にとむらいを頼む家族。それは家の中にて寝かせ、お別れを済ませたのち、僧の数拍の接触で幕を閉じる、あっという間のことのはずだった。
ところが、いざ僧は座り込んで老人の身体に触れてみるや、うなり声と共に、ぱっと立ち上がってしまう。
「久遠から外れる者だ。理から外れる者だ」
おののきながらつぶやく僧は、これまでの作法や泰然とした作法などどこへ落としてきたのかという慌てぶりで、ぱっと家から逃げ去ってしまったんだ。
残された家族は、最初あっけに取られていたが、ほどなく老人の身体からの泡立つ音を聞いて目を向ける。
老人の口元に、カニのそれと同じようなあぶくが浮かんでいた。息をしていないその口から、なおにじみ出るそれらが漏れ、あごまでをすっかり覆うほどになった時。
老人の身体が、四散した。しかし、散らばったのは血の赤でも、骨皮でもない。
黒々とした泥。老人の語った、頭から浴びたというぬかるみが、目の前へ飛び出してきたように思えたんだ。
ほうぼうへ跳ねとんだそれらは、家々の壁や柱にこびりつくと、たちまちのうちに潜りこむ。その箇所にはもれなく穴が空き、ふちからはどんどん構成する木板が汚れ、腐り落ちていった。
その家は一夜と経たないうちにボロにむしばまれ、崩れ落ちてしまう。
久遠僧は逃げ去ってより、二度とその姿を見せなくなってしまったらしい。そしてかの村はその年、類を見ないほどの不作に襲われたのだという。




