空の旅
いい天気だな……
雲一つない青空を見上げ、しばし現実逃避する。
体は動かない。
四匹同時に飛び出してきたイビルスネークの体当たりをくらい、毒を浴び、仕留め、解毒した。
空中に逃げようとしたところにまた四匹飛び出してきて、体当たりをくらい、毒を浴び、仕留め、解毒して……
それを数回繰り返し、最後の四匹を仕留め終え、現在に至る。
解毒ポーションは尽きた。
五本使いきったから、えっと……全部で二十四匹か。
何であんなに連携してくるんだよ。チームプレーしてくるなんて聞いたことないって。
あと一匹でもいたら死んでたな、俺。運が良かったと喜ぶべきか……
毒が体に回りきって、指先少ししか動かせない。
イビルスネークの麻痺毒は、解毒しなくても一時間もすればおさまる。
そのうち誰か来てくれるかな。その前に魔獣が現れたらさすがにやばいな……
などと思いながら青空を見上げていると、人の気配がし、名前を呼ばれた。
「アルトさん!」
その人物はすぐに近づいて来て、解毒してくれた。
体が動くようになったので、上半身を起こす。
「フィル君ありがとう。助かったよ」
「どういたしまして。これ、全部一人で仕留めたのですか? すごいですね」
「うん。さすがに死ぬかと思ったけどね」
ほんと、俺よく生きてたなと思う。
はははっ、と笑った。
* * * * * * *
銀色の髪が風になびいている。
深い海のような藍色の瞳で、アルトさんは穏やかに笑った。
綺麗な人だな……
ボロボロになった灰色のローブ。フードが外れて顔をあらわにしたアルトさんは、ため息が出るほどの美しさを持ち、それでいて優しい雰囲気をまとった若い男の人だった。
年はエル兄さまと同じくらいだろうか。
「一度ギルドに戻りますか? ファルファナ草を取りに行くところだったんですよね?」
「そのつもりだったけど、解毒ポーションも尽きちゃったし、一旦帰ろうかな……あ、でも君、解毒魔法が使えるよね。良かったら一緒に行ってもらえると助かるんだけど、どうかな?」
「アルトさんの体が大丈夫なら良いですよ。一緒に飛んで行くのですよね?」
「そうだよ。怪我は擦り傷だけだったし、それも君が治してくれたからもう大丈夫だよ。行く前に蛇の素材を回収しておいて良い? すぐ済ませるからさ」
「はい。私も手伝いますね」
「ありがとう。さすがにこの量だから助かるよ」
アルトさんは、風魔法で蛇の皮をスルスルときれいに剥いでいく。
私は頭の中にある魔石を回収していった。
全て集め終わるとなかなかの量になったので、私の魔道鞄に入れた。
旅の荷物を入れてきた鞄とは別の、素材回収専用のものだ。さすがに併用は嫌である。
「何それすごい……そんな鞄見たことないよ。まとめて置いておいて、後で少しずつ運ぼうと思っていたから助かったよ」
この鞄は旅が決まってからエル兄さまが作成したのもなので、市場にはまだ出回っていない。アルトさんが驚くのも無理はない。
「それじゃ行こう」
そっと差し出された手を取ると、ふわりと体が浮き上がる。
最初は慣らすようにゆっくりで、徐々にスピードが上がっていくが、少しもつらくない。
「すごい……前に風魔法が使える人と一緒に飛んだときは、もっと息ぐるしかったし、風の抵抗がすごかったです。会話なんてまず無理でした」
「B級以下だとそんな感じだろうな。これけっこう難しいんだ。俺は今A級だけど、S級相当の依頼も受けさせてもらっているんだ。君もそうだよね?」
「はい、私も今はまだA級です。あと三年はS級認定を受けられません」
「それじゃあ君は17歳か。俺は19歳だから、数ヶ月後にやっと受けられるんだ」
「それは羨ましいです。頑張ってください」
「うん。ありがとう」
たわいもない会話をしながら、眼下の景色を楽しみ、あっという間に六合目に到着した。
「わぁ! 小聖獣がいっぱい!」
六合目には、ふわふわもふもふな小福ちゃんの仲間が沢山いた。
『キュキュッ』 『キュイ』
小聖獣たちはぴょんぴょんと跳ねながら、こちらに近づいてくる。
彼らは聖魔力を持っている人間が好きみたいだ。つぶらな金色の瞳でじいっと見つめてくるので、ぎゅっと抱きしめる。
「かわいい……もふもふ沢山、幸せ……」
沢山のふわふわもふもふに囲まれ、しばし幸せを堪能する。
「いいな……聖魔力を持っていないと触れないんだよね……」
アルトさんがすごく羨ましそうにこちらを見ている。
そう、聖魔力を有した人間しか小聖獣に触れないのである。
視線が痛いので、名残惜しいが早々に離れることにした。
ファルファナ草の採取という、当初の目的を果たさないといけない。
アルトさんと各自で黙々と探し始める。
ファルファナ草は成長するまでに数ヶ月かかるので、大きく育ったものから枚数しか摘み取ってはいけない。
ようやく見つけた大きなファルファナ草を摘んでいると、近くに魔獣の気配を感じた。
手を止めて、すぐに立ち上がる。
茂みから二体の魔獣が飛び出し襲いかかってきたので、すぐさま二体とも魔法で氷漬けにする。
別方向から襲いかかってきた一体は、アルトさんが風魔法で首をはね落とした。
倒した魔獣のすぐ近くでは、白い毛玉がぴょんぴょんと跳ねていた。
「小聖獣と魔獣が同じところに棲んでいるなんて、不思議ですね」
白さまの山には魔獣はいない。
「ここは聖気と魔素が混ざりあった特別な空間なんだ。聖獣と魔獣はお互い触れることのできない存在だから、争うこともないんだよ」
「そうなんですね」
ふわふわもふもふの無垢な存在が、魔獣に襲われる心配はないようで安心した。
倒した魔獣の素材も回収し、魔道鞄にしまう。
引き続きファルファナ草を採取し、二人で十分な量を集めることができた。
「それじゃ、帰ろうか」
「はいっ」
来たときと同じように、差し出された手を取る。
ギルドを目指し、夕焼け色に染まりだした空に飛び立った。
東聖領に到着した初日から、こんなに素敵な体験ができるなんて思わなかった。