領主はつらいよ
北聖領、領主、ライアン・ノースフィル。23歳。
奔放な父に振り回されている領主補佐官を憐れに思い、15歳の頃より父の仕事を手伝うようになった。
17歳の頃には仕事の半分以上を任されるようになり、19歳の頃には仕事の大半を任されるようになった。
いつの間にか、父を支えているはずの補佐官は、常に私の側に控えているようになっていた。
「……ライアン、後を任せていいか? 旅が俺を呼んでいる」
理解不能な一言と共に領主の座を引き継いだのは、21歳の時。
その頃にはもう、父は領主印を押すだけの存在だったので、いなくなったところで正直困らなかった。
私が領主を引き継いだ翌週には、父と母は旅に出ていった。
どこに行くともいつ帰るとも聞いていないが、特に気にしていない。
あの二人はどのような場所でも生きていけるだろうから、元気にしているはずだ。
北聖山の聖獣・白狼様は、五百年ほど前、酒に酔い巨大化して暴れ回り、山を半壊させたという記録が残っている。
よってそれ以来、北聖山への酒の持ち込みは固く禁止され、代々言い伝えられてきた。
厳しい取り締まりのおかげで、今日まで何事もなく過ごしてきた。
しかし昨晩、白狼様がついにやらかしてしまったのである。
* * * * * * *
北聖山の聖獣である白さまが山を破壊した三日後、北聖領、領主の屋敷にて緊急会議が開かれた。
会議室には、北聖領主であるライ兄さま、領主補佐官、北聖ギルド長、ギルド副長、北聖騎士団長、副団長、領主の弟であるエル兄さま、妹である私、そして白さま(大型犬サイズ)が揃った。
「皆集まったな。それでは会議を始める」
まずはライ兄さまが、あらためて三日前の経緯を話し始める。
白さまは、夜中にこそこそと山中を移動する荷馬車を見つけたそうだ。
何だろうと気になり、茂みからひょっこり顔を出したところ、驚いた男たちは荷馬車を放置して逃げて行った。
「隣国からの密輸でしょうか」
「おそらくそうだろう」
関所で輸入税を払わずに済むよう、山からこっそりと入国を試みたようだ。
その場に残されひっくり返った荷馬車からは樽が転げ落ち、割れた樽から酒が溢れでてきたそうだ。
酒の匂いが辺りにただよい、白さまは数百年ぶりのお酒の匂いに我慢できなくなり、ペロリと酒をなめてしまった。
あまりの美味しさにその後もペロペロと夢中でなめ、結局はその場にあった酒樽二十個分すべて飲み干してしまったそうだ。
「白さん、飲み過ぎだよぉ」
『キュー……』
会議室の隅っこに座りながら、エル兄さまは小さく呟く。頭の上に乗っている小福ちゃんも、呆れたように小さく鳴いた。
なぜ隅っこにいるかというと、兄さまは人嫌いだからだ。
家族や気心の知れた人としか関わりたくないようで、人の集まりなんてものは大の苦手としている。
今日は領主の弟として、渋々会議に参加している状態だ。
『ほんと、面目ない』
しゅんとして頭をたれる白さまを皆横目でちらりと見るが、誰も何も言わない。
ライ兄さまの話が終わると、ギルド長からの報告へと続く。
「えー、地下ダンジョンの調査の結果、二番から十一番まで、入口の崩落を確認しました」
「……そうか、無事だったのは一番と十二番だけか」
「はい。そして記録によりますと、現在ダンジョン内には三十名が閉じ込められており、S級冒険者三名とA級冒険者七名が救出に向かっております」
地下ダンジョンには入口が十二箇所存在し、中は迷路のようだが、すべての道が繋がっている。
ただし、一番と十二番の入口から救出に向かうには、途中でA級の魔獣の巣窟を通らなくてはならない。
つまりA級以上の冒険者しか救出に行けないのだ。
そこかしこから大きなため息が聞こえる。
「続きまして、北聖山の被害状況です。山の六割ほどが倒木、瓦礫多数、地割れ、陥没を確認しました。山頂付近の希少な薬草の群生地はほぼ全滅ですね、はは……幸い入山者の記録はないので、巻き込まれた者はいないと思われます」
ギルド長からの報告が終わると、しばらく沈黙が続いた。
ライ兄さまは右手で顔を押さえ、長いため息を吐いた。
そして重い口を開いた。
「……それでは、引き続きギルドは無期限の休業。ギルド職員引率の元、騎士団員、冒険者達で手分けして復興作業を行うこととする。もちろんその間にかかった費用、給与、報酬は全てこちらで保証する」
「分かりました。よろしくお願いします」
「ご配慮感謝いたします」
ギルド長達は頭を下げ、険しかった表情は少し緩み、ほっとした表情になった。
「ここ最近ずっと平和だったから体が鈍ってたところだ。団員達も鍛え直すいい機会だし、しっかり働かせてやろう!」
筋肉ムキムキの大男、騎士団長のガイウスさんは、にかっと笑い、重苦しい空気を吹き飛ばすような快活な声で言った。
『皆すまんのう。よろしく頼む。ワシにできることなら何でもするからのぅ』
耳をペタンとふせ、弱々しい声で白さまは言った。
「……ええ、もちろんです。もちろんですとも。白狼様には、たーっぷりと働いてもらいますから、そのおつもりで」
椅子から立ち上がったライ兄さまは、恐ろしいほどの美しい笑みをうかべ、白さまを見下ろした。
「ライ兄こわ……目が笑ってないよぉ」
エル兄さまがポツリと呟く。
高貴な存在である聖獣が、領主の犬へと成り下がった瞬間であった。
白さまは、いつでも呼び出しに答えられるよう、宝珠のひとつをライ兄さまに渡し、山へと帰って行った。
* * * * * * *
夕食後、私とエル兄さまは、ライ兄さまの部屋へと呼ばれた。
「エル、アリア、お前達には隣の東聖領へと行ってもらいたい」
「あー……うん、そうなるよね。復興資金を稼ぐには、それが一番だよねぇ……」
「そうだ。国から援助が出るだろうが微々たるものだろう。何せ聖獣の自業自得だからな」
ライ兄さまは遠い目をした。
「人嫌いなエルにはつらいだろうが、S級であるお前が魔道具とポーションを作成して販売してくれれば、かなりの資金になるだろう」
「……うん、できるだけ人前に出ずに工房にこもっていられるなら、がんばってみるよー」
「アリアにはエルを支えてほしい。ギルドの依頼をこなしつつ、エルが欲する素材を調達してもらえるだろうか」
「分かりました。私も精一杯がんばってきます」
「それでだ、ガイウスがリーンも一緒に連れて行って欲しいそうだ。気心の知れたリーンならエルも大丈夫だろう」
騎士団長ガイウスさんの娘リーンちゃんは、幼い頃からの友達で、エル兄さまともすごく仲良しだ。
「リーンちゃんも一緒に行けるのですね。嬉しいです」
「うん。リーンならいいよー」
話がまとまると、私はライ兄さまの部屋から退出した。
エル兄さまにはまだ話があるそうだ。
私は自分の部屋に戻り、ソファーにごろんと寝転がった。
『キュー』
エル兄さまから託された小福ちゃんを抱きしめる。ふわふわと柔らかく、温かくて癒される。
「小福ちゃん、一緒に頑張ろうね」
『キュッ』
今後を不安に思いながらも、今はこの癒しを堪能することにした。