白狼様は山を破壊する
ズズーーン
夜明け前の北聖領に轟音が響き渡り、地面が大きく揺れた。
バキバキバキバキ、メキメキ……
何かが破壊されていく音も絶え間なく続く。
飛び起きた私は慌てて上着を羽織った。部屋を飛び出し、急いで玄関へと向かう。
家の外に飛び出ると、すぐに兄二人も続けて出てきた。
「何ー? すっごい音してるねぇ……うわぁ何あれ……」
兄のエルナンドは、遠くを見ながら眉をひそめた。
「エル兄さま、あの白いのってもしかして……」
私は聖獣の棲む北聖山を指差す。土煙が舞う山の上にはとてつもなく大きな白い塊が乗っているのだ。
「うーん、白さんだよねぇ……?」
エル兄さまの頭の上では、小聖獣の小福ちゃんがプルプルと震えている。
長男のライアンも山を見つめ、深くため息を吐いた。
「……そうだな、おそらく白狼様の本来の姿だろう。エル、様子を見てきてもらえるか?」
「おっけー、ちょっと見てくるねぇ。アリア、小福ちゃんよろしくー」
「はい。気を付けてくださいね」
「りょーかーい」
ライ兄さまに様子見を頼まれたエル兄さまは、私に小福ちゃんを渡す。
そしてすぐに足元に転移陣を起動し、姿を消した。
白さまどうしちゃったんだろう。
不安な気持ちを抱えながら兄さまを待つ。転移魔法はエル兄さましか使えないので、私たちは待つことしかできない。
待っている間にも、白い塊は右へ左へと転がっていき、その度に土煙が舞い、破壊音も鳴り響く。
「エル兄さま大丈夫かな……」
様子を見に行って巻き込まれていないことを祈る。どう見ても、白さまの大きさと状態は異常だ。
数分後。近くに転移陣が現れ、兄さまが帰ってきた。どこも怪我をした様子はない。無事でよかったとホッと息を吐く。
「エル、何か分かったか?」
「うーんとねぇ、白さん酒くさかったよ……」
エル兄さまは眉をひそめて小さく呟いた。
なるほど。酒くさいということは、つまりはそういうことだ。
「お酒……やはりそうか。アリア、頼む」
「分かりました。急いで白さまの酔いをさまさないといけませんね」
三人で白さまの元へと急ぐ。その間にも白さまは寝返りを繰り返し、ついには木をなぎ倒し地面をえぐりながら山の麓まで転がってきた。そしてその場でも寝返りを繰り返す。
近くまで来てくれたのは良いけれど、その道中が散々なことになっている。
ガラガラガラ……ズズーーン……
山の麓には地下ダンジョンへの入り口が多数あるのだが、多方面から岩が崩れ落ちる音が鳴り響いている。
嫌な予感しかしないが、まずは目の前の聖獣をどうにかしないといけない。
「白さま!」
白さまの元へとたどり着いた私は、動きがピタリと止まった瞬間に近づき、ふわふわな体に両手を当てる。
意識を集中させ、体全体に水魔法をいき渡らせる。こうして白さまの体の中からアルコールを全て消し去ることができた。
しばらくすると白さまは縮んでいった。いつもの大きさに戻った頃に目を覚まし、むくりと起き上がる。
『うーん……アリアちゃーん。こんな時間にどうしたんじゃ~』
良かった。酔いはさめたようで、ひとまず安心だ。だけど……
「白さま。山を見てください」
『うん? なんじゃ?』
白さまはぼーっとしながら後ろの山を見る。そして固まった。
『え? 何コレ? ワシの山がめちゃめちゃになっておるぞ。一体何があったんじゃ!?』
酔いがさめて、目をまん丸にしながら狼狽える白さまに、兄ふたりも近づいた。
「白さんお酒飲んじゃったでしょ。これぜーんぶ、白さんのせいだからねぇ」
「白狼様、やってしまいましたね」
『……』
長い沈黙の後、白さまは遠くを見つめ、ふぅー……と長いため息をつく。
その背中には哀愁が漂っていた。