ヤンデレは目指すもんじゃない
習作ですので、お目汚し失礼いたします。
「わたし今日からヤンデレを目指す!」
僕の幼馴染である、長谷川京子は突拍子もなくそんなことを叫んだ。
どうでもいいが、ここは僕の部屋である。近所迷惑なことこの上ない。
「急にどうして、そんなことを思ったのさ?」
「だって、コウちゃんのことこんなに好きだってアピールしてるのに全然振り向いてくれないじゃない? だから、わたしの愛をもっーと強く、もっーと深くして伝えれば好きになってくれるかなって」
「振り向いてくれないって……それはおかしくない? だって僕は京子の告白を受け入れたし、今だってこうして一緒にいるじゃんか」
そう、幼稚園からずっと今まで一緒だった京子に、つい2か月ほど前告白されたのだ。初めは京子に恋愛感情なんてものがいつ芽生えたんだ? と大層驚いたが、もう10年ほど毎日部屋に入り浸ってくる彼女がいない生活はちょっと考えられないし、京子と疎遠になってしまうことは避けたかったため、彼女と恋人になることを受け入れたのだった。
「でも恋人らしいことなんて、まだ一つもしてないじゃない! 近くに座っても、抱き着いても、くすぐってもなんも気にせず本を読んでるだけで、わたしだって高校生になったんだしもっといろんなことしたい!」
「いや、そうだとしても、ヤンデレになるっていうのは流石に話が飛躍しすぎじゃない? 大体ヤンデレって何なのかわかってるの?」
「もちろん! 嫉妬に狂って包丁を持って恋人を刺したりー、ストーカーして怖がらせたりする人のことでしょ!」
状況が限定的すぎる。理解が浅すぎる。そしてまず――――
「……それだと、僕は殺されるか、ストーキングされるだけで京子のことをもっと好きになることはないと思うんだけど」
そう言うと京子は、今気づいた!みたいな顔をして固まってしまった。
本当にこの幼馴染は、頭が緩くて考えなしである。
「あのね、ヤンデレっていうのは好きな気持ちが大きすぎてなるっていうものなんだから、殺すのだって死んでしまった姿でも愛せるからだろうし、ストーカーするも相手の情報を知ることや、モノを集めることも好きだからやるんじゃないの?」
それができるの? と京子に聞くと、首をぶんぶんと横に振った。
「コウちゃんが死んじゃったら嫌だし、コウちゃんの使った物よりも、コウちゃんがそばにいてくれるほうが嬉しい」
「ほらね、京子にはヤンデレなんて向いてないよ。独占欲も束縛も全然普通の可愛いものだしさ。そして何より、京子はバカすぎて僕を出し抜けないよ」
「あーっ! 言ったなー!」
そういうと、京子は僕に向かってポカポカとパンチをしてくる。
生涯、僕がこの幼馴染をからかって飽きることはないだろう。
「ははは、ごめんごめん。でも、いつも部屋で遊ぶだけだったのは反省するよ。じゃあ今から、デートしよっか」
デート、その単語を聞いて京子のふくれっ面は一気に満開の笑顔に変わり、途端に浮かれ出した。
学校終わりで夕飯も時間的に近いからそんなに遠くへは行けないが、こんなに喜んでくれるのだったら我慢してでも、もっといろんなことをするべきだったかもしれない。
一瞬で出かける準備を済ませた京子はそのまま手を引っ張って僕を外へ連れ出した。
「パフェたべよパフェ!」
「太るよ」
「あーっ! 言っちゃいけないこと言ったなー!」
そんな風にじゃれつきながら、家を出て目的の場所へ向かった。
僕にとって、京子は癒しであり日常の象徴だ。
彼女が笑顔で過ごすこんな日が、これからもずっと続くことを心から願っている。
「ただいまー! おいしかったねパフェ!」
「ここは京子の家じゃないでしょ?」
「そんなのどうでもいいじゃん! ねえ、まだごはんまで時間あるでしょ! 一緒にゲームしよ!」
「……うーん、それなんだけど、ちょっと買い忘れたものがあって先に部屋で待っててくれない?」
「えー……わかった、早く帰ってきてね?」
「うん、約束するよ」
そういうと、僕は玄関のドアを閉めた。
ここらへんは閑静な住宅街であり、この時間になるとあたりは薄暗くなっていて人通りはほとんどない。
しかし、数歩歩きあたりを無渡すと、石壁に隠れてこちらを覗く男と目が合った。
そして、その瞬間、男は走って逃げだした。
今度はあいつかと思い、僕も全速力で走り追いかける。
男は、あまり運動が得意ではないのかすぐに動きが鈍ったため、追いつくまでに10秒もかからなかった。その走る勢いのまま、とびかかり男を捕まえた。そして、その豚のような男のマウントポジションをとって言った。
「お前は確か京子と同じクラスの近藤だったっけ?」
「新島、浩希、よくもぼくの大好きな京子ちゃんを――――ぐおお!!!」
近藤が急に騒ぎ出したため、こいつの太ってダルダルな腹にボディブローを入れた。
うるさいうえに吐き出した息が臭い。用事だけ済ませてさっさと離れよう。
「もう二度と京子に近づかないで」
そういいながら、近藤を路地裏に引きずり、そして、腹と顔を、殴り、蹴る。
少し経つと、近藤は口の中から血を垂らしながら、腹を丸めてうずくまった。
そして、わかった、わかったもうしないからと近藤が音を上げたタイミングで、こいつのポケットから、スマホを取り出してそれを踵で蹴り抜いた。
これで、こいつのスマホの中の京子の隠し撮りした写真や動画は消せただろう。
もう行けと、適当に手で合図をすると、近藤はよろよろと立ち上がった。
這う這うの体で逃げ出す近藤を尻目に、僕は深いため息をついた。
京子には、男運がない。
京子は昔からかわいらしい少女ではあったが、決して絶世の美女というわけではない。だが、なぜかはわからないが、一緒に生活をしていると、周囲の男が彼女に対して異常な愛を向けるようになるのだ。その結果、小学校ではかわいらしくないいじめを何人もの男子から受け、中学生になってからは悪質なストーカーが何人も何人もついて回るようになり、そしてそれは、高校生になった現在でもずっと続いているのだ。
そんな彼女が、男性恐怖症にもならずのほほんとしているのは、ひとえに、その被害が出る前に、そのほとんどを僕がこのようにして食い止めているからに過ぎない。それでも、いくつかは防げてないが、まあ、そこは彼女自身の勘の鈍さゆえに大事には至っていない。
そして、男運が悪いといったが、その中には当然僕も含まれる。
彼女への独占欲や執着は日々高まっており、いつ僕がさっきの豚と同じようになるかはわからない。
現に、部屋でくっつかれたときはそのまま手錠をかけて軟禁したくなったし、彼女のだらけている隙を見つけては、盗聴器やGPSを仕掛けたいという欲と戦う毎日を送っている。
だからこそ、僕が彼女と恋人になったのは誤算であって、本当に僕が目指しているのは、彼女を彼女の特殊能力が利かない男と付き合わせることなのである。そんな男が見つかるまでは、僕がこのほの暗い欲望を抑えながら彼女を守っていこうと思う。
ヤンデレは目指すものではなく、おそらく気が付いたらなっているものなのだ。
それならばこの愛は、自分のためではなく京子の幸せのためだけに使うのだ。
さあすこし、時間がたってしまった。
このままでは、何も知らない京子がふくれっ面になって今日一日戻らなくなってしまう。
買い忘れの理由づけのために適当なものと、ついでにアイスでも買って帰ろうか。
彼女が笑顔で過ごすこんな日が、これからもずっと続くことを心から願っている。そのためだったら、僕はどれだけだって手を汚すんだ。
そして、僕は近藤の吐いた血が染みついた路地裏を後にした。
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