94話 『アデウス』
アデウスはある城の一室で優雅に紅茶を飲んでいた。漆黒の髪を掻き上げながら、銀色の瞳を細め、窓に広がる森を眺めた。
(早く来ないかしら? ルーク・ボナパルト……。あの『鎧』は気に入ってくれたのかい?)
ルークの事を考えては、あの膨大な『神聖魔力』に身体がゾクゾクとする。「まだ熟していない」と今後の成長を促すという判断したが、それの本当の意味を理解し、それから火照った身体が収まらない。
(早く……。早く会いに来て……)
ルークとカタルで別れた後、自分が美味しそうな『果実』を前に、我慢できた事に驚嘆しながらも、それら全てが偽りであるとわかった。
本当は怯んだんだ。
恐れたんだ……自分の「死」を。
それを自覚してから湧き上がる高揚。自分がルークを『壊す』姿を想像しては火照る身体を持て余す。
アデウスは長い長い人生の中で、強者である自分に「死」を感じさせられる事に、深い興奮を覚えるのだ。
だが、ルークから『逃げた』……。
その矛盾はアデウスに更なる興奮を与える。
いつか対峙したその時、逃げ場などどこにもない状況に陥るその時……。
(あんたはどんな顔をするんだい?)
アデウスは心の中で呟き、激しい動悸に襲われる。
ふと、これほどの高揚はいつ以来だろうか。と思案しながら、唇に舌を這わせ、
(あぁ。『あの男』と遊んだ時以来か……)
とその男に与えられた脇腹の傷痕を一つ撫でた。
どんな「治癒」でも消えなかった傷。あの半日は非常にスリルがあった。『人間』に致命傷を与えられたのは初めてだっただけに、あの緊張感はとても楽しい物だったのだ。
(そういえば……あの紺碧の瞳がそっくりだねぇ……。それにあの銀髪……。なるほど。なるほど! 妾は『親の仇』なんだね……?)
繋がった因縁にアデウスは悶える。
「はぁ、はぁ、はぁ……。早く、早く妾に『生』と『死』を感じさせておくれ!!」
強者との戦闘でしか、「生」を実感できない。
あの瞬間しか、『絶頂』に達せられない。
アデウスは心待ちにしている。ルークとの決戦と、身を捩る程の絶頂を。
「死」を傍らに感じるだけで、あんなにも気持ちいいのであれば、「死ぬ時なんて、更なる高みが待っているはずだ」と信じて疑わない。
「あっ、あぁー……」
アデウスの甘美な声が城の一室にこだまする。
(ふふっ。想像だけで、イっちゃいそうだ……)
荒くなってしまった呼吸を落ち着けるため、紅茶に手を伸ばす。それを一口啜り、また窓の外を眺めた。
「アデウス様。『エレボス様』がお呼びです」
「何でだい?」
「『テール』が帰って来たようで……」
「フハハハッ!! 面白そうだね? 顔を出そう」
アデウスはスッと立ち上がり、城内を闊歩する。伝えに来た『ジャック』はアデウスの少し後ろを無表情で歩く。
ジャックの顔には無数に縫い目があり、見ているだけで痛々しく、背に生えた翼は黒々としている。失ったはずの片足には猛禽類のような足が生えている。
以前の軽薄だったジャックの面影は一切ないが、その内に秘める魔力量は「竜種」にも匹敵する。
もう魔力切れを嘆いた頃の姿など一切無く、瞬き一つしない無表情の顔はまるで人形のようだった。
『玉座の間』に到着すると、アデウスは首を傾げた。中から聞こえてくる声に一瞬げんなりしながらも、足を踏み入れる。
「『アイツ』のせいだ!! あと少しだったのに!!」
喚いているのは『テール』。数年前に「器を見つけた!」と飛び出したきり、帰って来なかった男だ。玉座に座る男の周囲には黒が蠢き、姿など見えない。
相変わらずの風格にアデウスは頬を緩め、
(いつか『アンタ』とも遊びたい……)
と、ニヤリと頬を緩めた。その男は喚き散らすテールに声をかける。
「テール。言い訳はやめろ。屠るぞ?」
「……『アイツ』だ。しかも、ルシファーも居たぞ!! 『アイツ』に従っていた!!」
「……ルシファーか。クククククッ。懐かしい名前だ……」
アデウスは話の内容に眉を顰める。確かに、カタルでルシファーを見た。『アイツ』とはルークである事を理解し、薄く微笑んだ。
「……あっちはまるで気づいていないようだったがな。相変わらず、いい女だった。すっかり『人間』みたいになってたぜ!」
「我の『隠蔽』に気づく者など、我だけだ。……なぜルシファーが地上に出てる……? アイツが自力で出られるはずはないだろう?」
「知らない! だが、確実に居た!!」
「……『ガイア』が動いたのか……? アデウス。どう思う?」
アデウスは男の問いかけに妖艶に微笑み、ゆっくりと口を開く。
「テール。『ルーク・ボナパルト』に手を出したら迷わず殺すわ」
「……チィッ!! 知ってるのか!!?? アイツは何者だ!! アイツのせいで、数年かけた計画も台無しだ!! あと少しの所で『あのバカ』が俺を拒んだんだ!!」
「『あのバカ』?」
「俺の『器』にしようとしてたヤツだ。ギリギリのとこで正気に戻りやがった!! 『ルーク』の『力』は『ガイア神』の『力』みてぇだったぞ!!」
「ふふふっ。そう。ルークが……。『エレボス様』。彼は妾の物だよ。手出しすれば、あなたでも許さないからね?」
声をかけられたエレボスは少しだけ目を細め、口を開く。
「一度、『全員』集める。アデウス。話はそれからだ。丁度、我も退屈していたところだしな……。テール。皆を呼び戻せ。今回の失態はそれで許してやる」
「……わかったよ」
「アデウス。……勝手な行動をとるなよ?」
「邪魔したら、許さない……」
「クハハハッ!! ……まぁ良い。『それ』はお前にやろう」
アデウスはそれには応えず、玉座の間を後にした。そそくさと自室に向かいながら思考を進める。
「ジャック。『ペット』を集めな!」
「はい。アデウス様……」
アデウスはジャックの返事を聞き流しながら、どうすべきかを思案する。
(『カタル』で先に待とうか……? いや、『全員』集めるなら厄介な事になるね……。確か、サイクロプスの所で『S』だったね……。あそこで待っておこう)
「ルークは誰にもあげないよ……」
アデウスは小さく呟き、ジャックと共に城を後にした。
城を後にするアデウスを、エレボスは黙って見送った。
「アデウスか……。丁度いい。ガイアの『落とし子』とやらが本物か、どうかを見極めるには充分だ。アデウスに勝てないようでは、話にならない。『本物』なら、ついに地上に出られるぞ……。クククククッ」
エレボスの周囲には、黒が蠢いている。その中で笑みを浮かべる姿は不気味、その物であったが、チラリと見えた黒、赤、白の3色が混在する綺麗な瞳には歓喜が滲んでいた。
次章「『夢』と『仇』」です。
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