89話 ルークとカイル ③〜戦闘〜
―――ノア 「闘技場」
全観客はまさに言葉を失っていた。
憲兵団、団長「豹人のロイ」が斬り捨てられた事に絶句していたのだ。全員がロイの動きを視界に捉える事が出来なかった。
ただロイが『消えた』と思ったら、カイル・アレンドロに斬られていたのだ。
「何が、どうなってんだ……?」
「どうなっちまうんだ……?」
ポツリポツリと聞こえる声に耳を貸す者など1人もいない。ただ闘技場で睨み合っている、2人を見つめていたのだ。
ルークはアランの時のように、我を忘れる事はなかった。ただ冷静にカイルの意識を奪い、憲兵に突き出そうと考えたのだ。
『噂』の真偽はわからなかったが、ロイを斬り捨てた時点で、カイルが罪を犯したのは明白だ。
(大丈夫……。ルシファーなら救ってくれるはずだ。アシュリーも付いてる……。ロイ先生が捕らえてた女性にも『殺人』という罪はない……)
ルークはカイルに集中する。激情に飲まれる事なく、自分のすべき事に深く集中したのだ。
カイルは「双剣連撃」がルークに見切られている可能性を考慮する。数多の魔物を屠ってきた技ではあるが、ルークには「見せすぎ」ている。
ルークには一度しか見せた覚えのない、サイクロプスとの戦闘で身につけた、『双剣乱舞』で勝負を決めようとするが、この技にはタメがいる。
対峙するルークに、一切の隙はなく、『洗濯』の可能性もカイルにはわからない。こちらが迂闊に隙を作るわけにはいかない。
(クソが……。ムカつく野郎だ……)
心の中で吐き捨て、かつてない緊張感に包まれている事を自覚する。いくら認めたくなくても、身体が知らせてくる。ルークが強者である事を……。
カイルは痺れを切らし素早く踏み込む。
膝を脱力させ、限りなく初動を察知させない動きだが、ルークはカイルの無駄のない動きに即座に反応する。
「『火玉洗濯』『32連』」
周囲に虹色の焔を生み出し、牽制。
カイルがこの流れからすぐにスキルを発動させるのを警戒したのだ。
カイルは持ち前の反射神経で上空に躱し、32の虹色の火玉がぶつかり合い、先程まで自分がいた場所が一瞬で虹の焔に包まれた事に冷や汗をかく。
(……何だよ! 何なんだよ!! テメェはーー!!!!!!)
カイルは心の中で絶叫するが、ルークは攻撃の手を休めない。
「『水玉洗濯』『8連』」
空中という身動きのとれない場所へと逃げたカイルに虹色の水玉を放つ。魔物に対しては絶大な威力を有する魔法。人間に対してはその威力が半減する事をルークはわかっている。
着弾したところで、絶命する事はないが、未知の魔法という特異性で、カイルの警戒心を煽る。
(カイル。お前はそれを斬り落とすしかない!!)
水玉によって自分の姿が消えた事を確認し、一気に勝負に出る。
(水玉を切り落とし、安堵した一瞬で『触れる』!!)
カイルが最初の水玉に剣を振るった瞬間にルークは跳躍する。
(クソッ!! なんだこの水!! 息が……)
水玉を切ると同時に自身に浴びせられる虹色の水はカイルの身体には許容できないほどの『神聖魔力』を浴びせる。
極限まで高められた『神聖魔力』はカイルに猛威を振るう。これが、普通の「水玉」だったのなら、カイルにとってプラスに働いたのかもしれない。
だが、『人ならざる魔力』に包まれた事でカイルは激しい呼吸困難に陥る。これはルーク自身も知らなかった物であり、ルークにとってこれはただの牽制であったが、カイルを激しい混乱に貶める。
(何がどうなっている!!)
カイルはそれを知っている訳ではないが、ただの「水玉」だとも思っていない。「着弾する事でどんな事になるのかもわからない」。カイルは8つの虹色の水玉を全て叩き斬るしかない。
カイルは空中とは思えない速度で剣を振るう。
(1! 2、3!! 4、5、6!! 7! 8!!)
全てを切り裂いた瞬間、楽になった身体は酸素を求める。カイルが大きく息を吸った瞬間に、目の前にパッとルークの青い瞳が現れる。
(クソがッ!!!!)
苦し紛れの一振りは力なく、弱々しいものであったが、ルークにとって予想外だった。
カイルの反射神経は充分に考慮したつもりだったのだが、その苦し紛れの一振りが『見えて』しまったがために、ルークは警戒したのだ。
『一撃でも貰えば死ぬ……』
この足枷がルークを慎重にさせた。上体をのけぞり、二振り目を警戒したが、カイルはそのまま地面に落ちる。
ドンッ。
体勢を崩したまま、落下したカイルとは対象的にルークは冷静にストンッと着地する。
(ふぅ。次で決める……)
ルークはまた集中を深めると、カイルは即座に立ち上がり叫ぶ。
「うおおおぉおおおお!! テメェ!! クソがッ!! ぶっ殺してやるぅうううううう!!!!」
カイルの叫びにルークはグッと唇を噛み締め、口を開く。
「何でだよ……? カイル!! 俺が何をしたんだよ!!」
「……お前の存在、全てが許せねぇんだよ!! お前が居ると、俺は『英雄』にはなれない」
「…………なにを、」
「お前にはわからねぇ!! 俺の苦悩も焦燥も!! 全てを持ってるお前にはわからねぇ!! どうせ、小さい頃から、心の中で俺の事もバカにしてたんだろぉが!!」
「……!! そんなわけねぇだろ!! ふざけんじゃねぇ!! 『二刀流』が……、『カイル・アレンドロ』が俺にとってどれだけ眩しかったか、わからねぇのか!! お前の『力』に俺がどれだけ憧れてたのか、わからねぇのか!!」
ルークは自分の言葉にハッとした。
横暴で唯我独尊……。『演技』していたとはいえ、カイルは根本的にはそういう男だ。ただ、圧倒的な『力』。その一点に自分が憧れてしまっていた事を自覚したのだ。
両親が生きる指針であるのなら、カイルは身近な絶対強者。どんな魔物にも余裕綽々で、ズンズンと足を進める姿を1番近くで見ていたのだ。
『夢』を叶える『力』を……、『力』を求め懸命に努力してきた自分にとって、カイルの『二刀流』に憧れないはずがなかったのだ。
『洗濯』というスキルを嘆き、それでも腐ることなく、『夢』に向かって努力できたのは、横にカイルが居たからだ。
その努力が礎となっての『今』なんだ。
「ふざけんな!! 今だってテメェは俺を憐んでる!! 強く優しい両親、それを威張る事なく、『弱い者』に手を差し伸べるテメェが大っ嫌いだ!!」
「……な、何、言ってんだよ……」
「俺は、俺は、……俺は『弱い者』じゃねぇえええええ!!!! 『双剣乱舞』!!」
カイルはグッと前傾姿勢をとり、ふっと軽やかに跳躍し、舞い始める。
流れるようなその動きにルークは一瞬見惚れてしまったが、瞬間的に加速したカイルの初動をルークの瞳は見逃さない。
意識せずとも身体は勝手に反応した。
次話「ルークとカイル ④〜圧勝と過去〜」です。
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