86話 ルークとカイル ①〜ルークの焦燥〜
―――ノア 「闘技場」 19:30
目の前で血溜まりを作っているカイルに意味が分からず、無意識に走り出していた。
試合が始まるとすぐにルシファーが首を傾げているのが目についた。視界に捉えてしまったカイルに対して、複雑な心境だった俺は、気分を変えようと声をかける。
「ルシファー、どうしたの?」
「いいえ。別に大した事ではありませんが、何者かが、あの『愚物』に対して『神経毒』を使っているようです」
俺はルシファーの言葉を聞き、眉間に皺を寄せる。一対一の闘技場の場でキラと呼ばれる闘技者に協力者がいたと言うことに嫌悪感を抱いたのだ。
何やら会話をしている2人の声は聞こえないが、明らかにキラが時間を稼いでいるように見えたので、俺はそれに対してすぐに行動に移した。
キラ自身がそれを理解しているという事は、これまでも姑息な手段で勝ち上がった事であると分かり、虫唾が走る。
懸命に努力している者が闘技者の中にもいる事を知っているだけに我慢できなかった。
日課であった早朝の走り込みの時、闘技者の人も走り込みをしているのを見た事があったのだ。話はした事はなかったが、(努力しているのは俺だけじゃないんだな……)と少し励まされたのをよく覚えている。
割り出すのは簡単で、単純に魔力を消費し続けている人間をルシファーに探って貰うだけだった。カイルのためというよりも、努力している人を馬鹿にしたようなキラの姿勢が許せなかった。
ーーー
「それ、やめろよ……」
俺の言葉に、その女性は目を見開き、即座に逃亡しようとしたが、簡易的に拘束し、カイルとキラの戦闘が終わり次第、係員に知らせようとしていたのだ。
改めて試合に向き直り、カイルの姿を見つめる。
楽しそうにキラを痛ぶるカイルの姿に、『噂』が事実であった事と、『本当』に俺に対して演技していた事を理解した。
(クソ……)
湧き上がる憤りは抑える事ができない。いやでも「追放」された時の記憶が蘇り、俺の心に闇を落としていく。
「ルーク様」
「マスター」
俺の異変に即座に反応した2人に、力ない笑みを溢しながらも、あまりに一方的な試合を静観していた。
(こんな状態でちゃんと話ができるのか……?)
一つの疑問とカイルの圧倒的な『力』にグッと歯を食いしばり、自分を落ち着かせるために深く息を吐いていると、キラの絶叫が闘技場に響き渡る。
「ああああぁああ!! 痛ぇええ!!」
それに対して、カイルはピタッと動きを止め、
「抵抗するのはやめろ!! もう勝負は着いている!! 早く降参してくれ!!」
と大声で叫んだ。「これ以上はとてもじゃないが続けられない」とでも言いたいような表情と叫びに、ざわざわっと背筋に虫が這っている感覚に陥る。
俺がよく目にしていた『演技』に、心臓がドクンッと脈打ち、全身の毛が逆立つ。「追放」という大前提が、俺にその違いを知らしめる。
それに沸く観客の歓声に言葉を失い、自分の甘さを痛感する。
「俺の『追放』には別の意味があったのでは?」
という信頼。
「カイルは母親を『殺された』、辛い過去がある」
という同情。
「本当に全部嘘だったのか?」
という疑念。
いくつもの感情が『答え』を知る。
あの信頼は虚像であった事、カイルに同情する価値がない事、あの疑念は自分の精神を安定させるための物であった事……。
「本当に俺を貶めるためだけに……」
小さく呟いた声にいつの間にか後ろに座っていたロイが俺の肩に触れた。
「ルーク……」
無表情の中に、「心配」を見つけた俺は大きく深呼吸をして決意を決める。
(あの『噂』の真相を自白させ、『罪』を償わせる)
実況がカイルの勝利を宣言し、カイルが腕を突き上げる。この後、控え室に戻るであろうカイルと向き合うために、今一度決意を固め、激情に飲まれないようしっかりと自制しようと、心を整えていると、歓声の中に鈍い音が低く響いた。
ドスッ!!
パッと顔を上げると、口から血を吐いているカイルの姿があった。
「カイル!!!!」
無意識に叫んだのは、幼い頃からの付き合いがあったからなのかもしれない。本当のところ、名を叫んだ理由は俺自身もわからなかった。
そして、すぐさま駆け出した。考えるより先に動いてしまっていた。
会場から悲鳴があがり、矢を放った女性をすぐそばに居たはずのロイが捕らえているのが視界の端に見えた。
血溜まりに倒れているカイルの元まで行くが、俺は立ち尽くしてしまう。すぐさま傷を洗濯する事なく、その場で苦しそうにうめいているカイルを見つめていた。
(これが、『贖罪』なのかもしれない……)
今この場で「生」を終える事が、カイルにできる唯一の救いなのかもしれない。
そんな考えが頭をよぎってしまう。
自業自得。因果応報……。
(殺されかけた自分がカイルを救うなんて、滑稽だ……。なんで俺は助けようとしてるんだ……)
心を渦巻く矛盾にゴクリと息を飲むと、
コプッ……。
とカイルはまた血を吐いた。体内から湧き上がる血で上手く呼吸ができていないように見える。
「ハハハハッ。ざまぁねぇな……」
先程まで戦闘していたキラが小さく口を開く。
「うるせぇ……」
俺の言葉は届いていないようで、キラは心から安心したような笑みを浮かべ、そそくさと闘技場から去っていくが、それを追う事はしなかった。
「ルーク!!」
ロイの声にハッとし、カイルに刺さったままの矢を引き抜き、
「『傷洗濯』……」
と唱える。闘技場に光の粒子が現れ、カイルに溶け込んでいくが、カイルは目を見開き、少し睨むように俺の顔を凝視している。
カイルのためじゃない。責任の所在をはっきりさせるためだ……。ダンジョンで命を奪われたかもしれない冒険者達の家族、友人、恋人……、そんな人達にちゃんと憎む事のできる相手を……、その人達には、身近な『大切な人』の『死の真相』を知る権利がある。
「死」が贖罪なのだとしても、それは今じゃない。
とってつけたような理由に、自分の行動の正当性を見出しながらも、どこか違和感が拭えない。
(ちゃんと『罪』を認めさせ、償わせないとなんの意味もない!!)
そう心の中で叫んでも、なんとも言えない心中。あの「追放」を笑い飛ばせるほど、俺は『強くない』事を悟り、自分の弱さを認める。
湧き上がる復讐心を懸命に堪えながら、
(まずは自分の『弱さ』と向き合う事から始めよう……)
と、この感情を否定することなく、それを認めることから取り掛かる事に決めた。知らずのうちに繋がれた手の体温にふっと心が軽くなる。
「ルーク様。ここで見殺しにしても、きっとルーク様には後悔が残っていたはずです。これでよかったのですよ?」
「どんな結果になっても僕たちがいるからね? マスター!」
2人の言葉になぜか泣きそうになる。自分でもわからない心のうちを察してくれる『仲間』の存在にグッと目頭が熱くなったのだ。
全ての光が溶け込むと、カイルは上体を起こし、むくっと立ち上がると俺を見据え、少し押し黙る。
グッと瞳に色が戻ったと思えば、カイルは小さく口を開いた。
「『双剣連撃』……」
そう呟き、カイルはゆらぁ〜っと腕を脱力させる。何百と見てきたカイルの必殺のスキルの挙動に、俺はルシファーとアシュリーを突き飛ばし、「村正宗」を抜刀した。
次話「ルークとカイル ②〜カイルの屈辱〜」です。
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