83話 カイル、闘技場に立つ
side カイル
―――ノア 「闘技場 控え室」 18:00
備え付けられた時計が試合の1時間前を知らせていた。俺はそれを見つめながら、先程の夢に苛立ちを募らせた。
ダンジョンから出た俺は一目散に闘技場へと向かった。宿に帰っても良かったが、万が一憲兵が押しかけている可能性を考慮しての選択だ。
3時30分。
闘技場には初めて足を踏み入れたが、なかなかの設備に驚いた。俺がメインイベンターだからなのかはわからないが、闘技場に踏み込むなり、
「あなたが『最強』の冒険者ですか?」
などと深夜にも関わらず、すんなりと迎え入れてくれたのだ。
ダンジョンで発散して来た「破壊衝動」はすっかり収まっている。俺は見えすいたお世辞にすら、気分を良くして控え室に篭り、備え付けられていたベッドで疲労を癒した。
(アランの性格を考えれば、自暴自棄になり、全ての罪を打ち明けるか、自分の保身のために秘匿するかのどちらかだろう……)
気がかりはルークの今の状態。『連れ』の力量と、その存在の有無。『ルーク自身』が本当にロウを圧倒したのか、ロウが茶番を演じたのか……。
(ククッ。まぁ今の段階で俺が『闘技場』にいるなんて思ってもみないだろうが……)
まずは休息。キラという『駒』を手に入れる事から始めよう。憲兵が押し寄せたところで、闘技場の関係者達は、『俺vsキラ』という一大イベントを実現させるために……、『冒険者vs闘技場』という利益を見込めるイベントを叶えるために全力を尽くすだろう。
(ひとまずの安息は手に入れた。この『イベント』を終えれば、俺を捕らえるなどできない。俺の『力』に恐れ慄き、憧憬の念を抱くはずだ。俺が捕らえられるなんて、民意が許さないはずだ)
完璧な計画だ。イレギュラーはルークとその『連れ』。
「ふぅ〜〜……」
俺は深く息を吐き出し、ゆっくりと瞳を閉じた。まずは圧倒的な『力』を示さなければならない。
全ては闘技場の観客や闘技者に格の違いを見せつけなければならない。俺は(少し眠ろう……)と目を閉じた。
懐かしい夢を見た。
丘の上にある大きな木の下でルークが村の子供達と楽しそうに遊んでいる夢だ。
俺はそれを眺めていた。
(くだらねぇ)
などと心の中で吐き捨て、心から楽しそうに、単純な遊びにすら一生懸命な同年代の子供達の姿を冷めた目で見つめていた。
俺の様子に気づいたルークはニコッと微笑み、声を上げる。
「カイル!! おいでよ!! いまはジルが鬼だよ!!」
ルークが放った一言にハッと目を覚ます。幼いルークのキラキラと輝く青い瞳と屈託のない笑顔が頭にこびりつき、最悪な気分だった。
(ハッ!! ……うるせぇ。『無能』が……)
喉の渇きを潤し、ルークが生きていると聞いてから湧き上がる衝動に蓋をする。
ふと、(あの後俺はどうしたのだったかな?)と思い返してみたが、その答えはいくら考えても出てこなかった。
そこから一睡もする事なく、ただ時間が過ぎるのを待っていた。適度に身体をほぐし、握り慣れた双剣を掴む。
最早、自分の一部と化した双剣の感触に、「ふふっ」と笑みを溢す。
(俺こそが『最強』だ……)
自分の勝利を確認しながら、時計を一瞥する。
18:20
俺はゆっくりと控え室から出る。全く必要性は感じないが、キラのスキルくらいは知っておいた方がいいだろう……と闘技者の姿を探した。
しばらく闘技場内を歩いていると、大剣を背に乗せた1人の闘技者が声をかけてきた。
「テメェが冒険者『最強』なんだってな?」
試すような視線と気さくな笑顔に、虫唾が走るが、
(コイツから情報を引き出せばいいか……)
と俺も口を開く。
「キラのスキルは何だ?」
「ハッハ! そんな事も知らねえのかよ! すげえ自信なんだな!!」
「……ククッ。別に俺には必要ない情報だが、お前みたいにバカなヤツが現れたから聞いただけだ」
「……テメェ……、どういうつもりだよ?」
「クズはさっさと情報を寄越せ。優しく聞いている間にさっさと教えろ……」
「ふざけんじゃねぇ。完全に畑違いなお前が心細いかと思って声をかけてやったんだ! テメェなんてキラにやられちまえよ!!」
俺は男が叫び終えると同時に距離を詰め、首元に爪を食い込ませる。
「ガッ、ガハッ……グッ……ァアガッ……」
「そんな大層な剣を持ってても、この距離じゃ何の意味もねぇ。『よーい、ドン』で始まる生温い場所なんて、ダンジョンにはねぇんだよ……」
至近距離でその男に吐き捨てると、男は瞳を揺らす。すっかり怯えきった表情を鼻で笑い、手の力を緩める。
「キラのスキルは……?」
俺が再度問いかけるの男は咳き込み、小さく口を開いた。
「……お、お前……狂ってんのか……?」
男の言葉に自然と笑みが浮かび、また少しだけ手に力を込める。
「ガハッ……うっ……。わ、わかった……、い、言う……」
「最後だ……。キラのスキルは?」
「……『飛斬撃』だ」
「……剣から斬撃を飛ばすのか?」
「あ、あぁ……」
男は俺から視線を外し、肯定するが、おそらく嘘である。首元の心拍数の上昇がそれを伝えてくる。
おそらくスキルは本当なのだろうが、「剣から」というのは嘘だ。ただ、斬撃が飛んでくるとわかっていればどうにでもなる。
(なかなかいいスキルだな……)
俺はこれから自分の駒になる人間が想像以上に使えそうで笑みを抑える事ができなかった。
「敵地だから少し乱暴な手を使ってしまった……。それから一つ忠告だが、今後俺と会った時、また嘘を吐いたら、許さねぇからな……」
「……!! あ、あぁ。わ、わかった」
男の驚愕し、慌てて去っていくのを一瞥し、控え室に戻る。すると、係員が安心したような表情で駆け寄って来た。
「カイル様。そろそろ会場に向かいます」
「ああ。ルールを教えてくれ」
「はい。どちらかの戦闘不能、もしくは敗北宣言によって勝敗を決めます」
「万が一、殺しちまったら?」
「罪には問われませんが、闘技者の資格を剥奪されます。カイル様はゲストなので、ペナルティはありませんが、あくまで『力』を競う場なので、ご承知おきを……」
俺は係員の男の言葉に、噴き出してしまいそうになる。
(本当に生温い場所だ。命を掛ける覚悟もねぇくせに、冒険者に楯突いてんのか……)
と口角を吊り上げたが、冒険者の中にも命を掛けないクズどもがいる事を思い出し、
(ドイツもコイツもクソばっかりだ!!)
と悪態を吐いた。
まぁ、キラは駒として使うつもりだから殺すような事はしない。先程の男と言い、闘技者は自分が思っているより、ずっと『無能』なのかもしれない……とため息を吐いた。
(複数人、闘技者からメンバーに加えようと思っていたが、考え直した方がいいか……?)
俺が思考を進めていると、係員は不安そうな表情を浮かべているが、
「案内してくれ」
と俺がそういうと、「こちらです」とホッとしたように歩き始め、俺は黙ってその後を追った。
緊張も焦燥も何もない。
しばらく歩くと、観客が騒いでいる喧騒が耳に届いたが、俺は特に気にする事はなく、(キラの力量でも確認しておくか……)と思いながら会場に足を踏み入れた。
次話「カイルvsキラ ①」です。
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