79話 ローラの救い
side ローラ
―――ノア 「冒険者ギルド ギルド長室」
目の前で小さく笑ったルークさんに、バクバクと心臓が脈打つ。
「……『本物のクズ』だって、教えてあげた方がいいのかな?」
マントの中に隠れているシルフが私にしか聞こえないほど小さい声で呟いた。
私の心が少しでも軽くなったのはルークさんの言葉の数々が、本当に心からの言葉であった事をシルフに聞かされたからだ。
あのクズからの仕打ちを受けてなお、懸命に前を向く姿にまた目頭が熱くなってしまう。
(どうすれば……)
もうこれ以上ルークさんを傷つけたくない。傷を作ってしまった張本人として、そんなルークさんに出来る事は何でもしてあげたい。
(伝えないとダメだ……。『アイツ』は危険だわ。もう関わらない方がいい)
「……そう、だよね。こんな良い子をあんなヤツと会わせるなんてダメだよね!」
ルークさんの決意を無駄にするかもしれない。だけど、アイツは『本物』だ。『あの女』と匹敵するほどの悪意の塊なんだ。
きっと私とシルフしか知らない、これまでのアイツの悪行を伝えないとダメだ。
私は意を決して、口を開こうと息を吸うと、後ろから肩を掴まれた。
ハッとして、そちらに振り返ると、ロウは真剣な表情で口を開いた。
「ルーク、一つだけ聞かせてくれ。『それで』これから、どうするつもりなんだ? アランは知ってるが、他のメンバーは今どうしてるんだ? 揉めていたようだが……」
ルークさんは困ったように笑い、口を開く。
「アンとジャックには会いましたよ。きっと大丈夫だと思います。カイルにも、もう一度会って決めようと思います!」
ルークさんの屈託のない笑顔に私は押し黙ってしまう。ロウは「そうか」と呟くと、ロイは少し眉間に皺を寄せ、冷静に口を開く。
「ルーク。何があったのかは私はわからないし、お前の決断と言葉はしっかりと受け止めたつもりだ。ただ、アラン・ドーソンの証言が『噂』の信憑性を裏付ける物だった場合や、住民から不安の声が上がれば、憲兵は『二刀流』および、カイル・アレンドロを監視しないわけにはいかないぞ?」
「わかりました。申し訳ないですけど、みんなの所在はわかりません。俺は明日にでも、カイルがいつも使っている宿に行ってみようと思います」
「……会うと言うのなら、私も同行しよう。明日8時に私の屋敷に来い。憲兵団、団長としての立場で言えば、それが最大の譲歩だ。……安心しろ。横からとやかく言うつもりはない」
「……わかりました。ロイ先生が付き添ってくれるなら、心強いです!! カイルが何を語り、俺がどう感じるのかはわかりませんが、もし、『噂』が事実であったなら、ロイ先生に判断を委ねます……」
穏やかに微笑んではいるが、ルークさんの『圧』が部屋中を包む。漂う強者の風格はおおよそ、『人間』が醸し出せる物ではない。
「問題無さそうだね……。それにしてもロイ……」
(ロイがどうしたの?)
「い、いや……」
シルフの言葉に、「ふぅ」と小さく息を吐く。私からルークさんに声をかけられるのは一つだけだということを自覚する。
「ルークさん。お気をつけて……」
「はい! 任せて下さい!!」
ルークさんの満面の笑みに2人の面影を感じて、また鼻の奥がツンッとしてしまう。
「ふふっ。何があろうと私がルーク様の側にいますわ。もう何も心配いりません!」
「そうさ!! マスターには僕達もついてるんだ!! 何も気にしなくて大丈夫だよ!!」
「ルシファー。アシュリー……。ありがとう!! 大好きだよ!!」
そう言って2人を抱きしめるルークさん。ルシファーさんとアシュリーさんは、顔を真っ赤にしながらトロンとした瞳でそれを受け入れる。
(大丈夫。大丈夫。ルークさんなら、必ず……)
ロウの意図を汲み取る事ができた。ロイが「憂い」を取り除いてくれた。ルークさんの『仲間』の結束を目の当たりにした。
(大丈夫。大丈夫……。こんなに優しくて強い人に、こんなにも頼もしい仲間がいるんだ……)
私はそれを羨ましく思いながらも、(私も側に居たい……)などと、これ以上望んでしまう事に自己嫌悪に陥ってしまう。
「ローラ……」
シルフの心配そうな声に軽く微笑み、ゆっくりと口を開いた。
「ルークさん。ルークさんに許しを与えられたこの命。どんな事があってもあなたのために使うと誓います。私にできる事があれば、何なりとお申し付け下さい……」
「ローラさん、もうやめてください。ローラさんは悪くないでしょ? あっ! 一つ、わがまま言ってもいいですか?」
「はい!! 何なりと!!」
「父さんと母さんのお墓参りに行って下さい。きっと2人とも、とっても喜びますよ!!」
「……わ、私には……」
「あっ。ロウさん! 何か手紙を書く物を頂けますか?」
ロウはすぐに紙を取り出しルークさんに手渡した。ルークさんはニコニコとしながら、楽しそうに何かを書き綴っている。
私とロウとロイは首を傾げながらも見守っていると、ルークさんは「出来たっ!!」と可愛らしい笑みを浮かべる。
「これを村長さんに渡して下さい。ロウさんとロイ先生も時間があれば父さん達に会いに行ってあげて下さいね?」
ルークさんの言葉と村長さんへの手紙に私達3人はまた涙を流してしまった。
『村長さんへ
父さんと母さんが亡くなった時の話しを全て聞きました。俺は大丈夫だから心配しないでね。
とっても誇らしくて、『俺も頑張ろう!』って思いました。それから、悲しいのはわかるけど、父さんと母さんの『仲間』に怒っちゃダメでしょ? ちゃんと話しも聞かずに、追い返したんじゃないの……? そんな事してると、父さん達に怒られちゃいますよ?
この手紙を父さんと母さんの『仲間』に届けてもらう事にしました。ぜぇーーーったいに怒っちゃダメだからね!!
村長さんがお墓まで案内してくれるととっても嬉しいです。
村のみんなは元気にしていますか?
孤児院のみんなは毎日笑ってるかな?
マリーは俺が居なくて泣いてない?
俺は元気に頑張ってるよ。ちょっと訳あって、いまは一緒に居ないけど、カイルも元気だと思う……。
俺は新しい仲間もできて、いまとっても幸せだよ!!
身体には気をつけて。
『Sランク冒険者』という、一つ目の『夢』を叶えたら、一度帰るね? みんなに俺の『仲間』を紹介できるのを楽しみにしています!!
また手紙を書きます。
みんなの笑顔を祈って。
ルーク・ボナパルト』
涙を流す私達に、ルークさんは「え、えっと、」と困惑して、ルシファーさん達に助けを求めるが、
「ルーク様の故郷。とっても楽しみです!! 私の事は『妻』として紹介して下さいますか!?」
「マスターが育った村、楽しみ……。ルシファー!! なんて事言ってるのさ!! それは僕でしょ!!」
などと言い合いを始めてしまった。
私はルークさんの『優しすぎるわがまま』に心を打たれながら、
「必ず、必ず届けます……。ルークさん。本当に本当に、あ、ありがとうございます……」
と泣き崩れてしまった。ロウとロイもルークさんに感謝を述べ、「必ず行く!」と約束した。
私達3人は笑顔で去っていく『追放組』というパーティーの姿が見えなくなるまで見つめていた。
「さすが、2人の子供だな……」
ロウはしみじみ呟くとロイは無表情のまま、それに反応した。
「ああ。でも、ルークはルークだ。ルークが努力し掴み取った『優しさ』や『強さ』だ。全てをその言葉でまとめるな」
「ふふっ。その通りだ!! ルークはルークだ。本当によかった。本当に……」
「泣くな。お前の決断がマインを殺したわけじゃない……。マインの覚悟が『私達』に決断を促したのだ。……墓参りの時にマインに文句の一つでも言ってやろう。『勝手に死んでるんじゃない!』と……」
「……ハハッ。そうだな……」
2人の会話を聞きながら、ルークさんの綺麗な銀髪と、美しく輝く紺碧の瞳を思い返した。
私はすっかり姿が見えなくなったルークさんに、深く深く頭を下げると、
『いつまでもメソメソしてんじゃねぇよ! それより、ルークはすげぇだろ? ローラ!』
『さすがルークね。あんなにいい男になっちゃって……。そう思わない? ローラ』
と2人の声が聞こえた気がして、私は涙でぐちゃぐちゃの顔に笑顔が浮かべた。
何だか、とても久しぶりに心から笑えた気がした。
「ロイ。頼むわね……。おそらく、『あの男』はかなり危険よ。私とシルフの言いがかりと言われればそれまでだけど、かなり『罪』を犯しているわ」
「そうか。……任せておけ。ルークを『罪人』になど、決してさせないし、カイル・アレンドロに対しても、私が出向くだけで、かなりの抑止力になるだろうし、警戒はしておく」
ロイの力強い言葉に私はまた笑みを浮かべ、ルークさんから受け取った、手紙を抱きしめながら、旅支度を始めよう……と2人に会いに行く決意を固めた。
次話「久しぶりの我が家」です。
【作者からのお願いと感謝】
ほんの少しでも、「面白い!」もくしは「次、どうなんの?」はたまた「更新、頑張れよ!!」という優しい読者様。
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