78話 心境
―――ノア 「冒険者ギルド ギルド長室」
「……何があったんだ?」
ロイは無表情ながら、声色に心配を滲ませて俺の言葉を待つ。本当はずっと前から気になっていたのかもしれないと思いつつも、俺は上手く言葉が出てこない。
カイル達にダンジョンに置き去りにされた事がフラッシュバックして、身体が熱くなる。
カイルに刺された足がズキッと疼き、頬をペチペチと叩かれた時の血の匂いと剣の冷たさが俺の背筋をゾクっとさせる。
「いまどんな気分だ?」
と笑ったカイルの顔が目の前に浮かんできて、高笑いをしながら去っていく姿が……、あの時の絶望と自分の無力さを呪った時の感覚が鮮明に甦る。
被害者である俺が『二刀流』の事を報告すれば、ダンジョン内とは言え、罪に問えるかもしれないが、俺の頭にはアンの姿がよぎる。
心から許しを乞い、精神的に辛そうだったアンにこれ以上の精神的負荷を突きつけたくない……。
アンの去り際の顔を思い浮かべると、どうしても俺は真実を語る事を躊躇してしまう。
最後には謝罪してくれたジャック、恩恵を奪ってしまったアラン。
俺の中では3人に対する憤りはもうないし、これ以上の『罪』を押し付けたくない。
それに本音を言えば、カイルとももう一度ちゃんと話しをしてみたいとすら思ってしまっている。
もし、カイルが噂に聞いた『ダンジョン内での殺人』などが本当なのだとしたら、それを止めるのは幼い頃からの付き合いである、『俺』の役目であるようにも感じているのだ。
関係ない。
関わりたくもない。
死んでしまえばいい。
そう思っていた……。でもそれじゃダメだ。
(……俺は『強く』なるんだ。父さんや母さんみたいに……)
改めて、覚悟を決める。もう一度、カイルと対峙し、ちゃんと決別する覚悟を……。
黙り込んでしまった俺の足にルシファーとアシュリーが優しく触れる。
金色の瞳と、漆黒の瞳には心からの信頼と心配が滲んでいる。
(大丈夫……。俺はもう1人じゃない。どんな結末になったとしても、俺には大切で心から信頼できる『仲間』がいる……)
俺は「ふぅ〜っ」と息を吐き口を開く。
「俺が『先に行け!』って言ったんです!」
嘘を吐く事に少なからず罪悪感を抱きつつも、ロウとロイ、2人の目をしっかりと見つめてそう言った。
ロウとロイはしばらく黙り込んでから、
「そうか……」
と優しい笑みを浮かべた。きっと嘘を吐いた事はバレていて、それがわかった上で俺を信じ、意見を尊重してくれたのだろう。
「……ありがとうございます」
なぜかは分からないが感謝を述べた。支離滅裂な俺の言葉に、ロウは笑顔で、ロイは少し目を細めながらも、コクンッと頷いた。
ローラは大きな白緑の瞳を大きく見開き、俺を見つめているだけで口を開くことはなかった。
そんなローラに「本当のことを知っているのかな?」と思ったが、俺の答えは変わらない。
「関係ない」で逃げるのはやめる。
ロウが言ってくれたように、『最強で最高の冒険者』になるためには、こんなところで逃げてなんていられない。
しっかりと結論も出さず、心の中にモヤを抱えていて『夢の果て』なんて手にする事はできない。
同じ村の同い年。簡単に切り捨てられる物でもない。嘘で塗り固められていたのだろうけど、カイルとの思い出が俺を少なからず救ってくれていた事も確かだ。
俺はもう一度、カイルと対峙するんだ。
自分の気持ちを整理しながらも、(こんな俺を父さんと母さんは天国で喜んでくれるかな?)と問いかけると、きっと呆れながらも笑ってくれる気がして、小さく「ふふっ」と笑った。
―――side ルシファー
ルーク様の笑みに私は心から安堵していた。
私は先程から、極力、話の流れを止めないよう、ルーク様の様子にだけに気を配っていた。
ご両親の「死」を聞いてからの、『狼人』や『豹人』やエルフへの対応。
それらを私なりに咀嚼しながら、
(ルーク様は本来誰にでも隔てなく、優しさを惜しまないお方なんだ……)
とますますルーク様の心の在り方に感服したのだ。
私やアシュリーが傷つけられたと判断した時の、有無を言わさぬ圧力は、とても勇ましく、とてもカッコいい物であったが、それがルーク様の心のバランスが崩れていた事の証拠であった事に気づけなかった自分に叱責した。
(それなのに私は『その姿がカッコいい』などと……)
事実、世界のどんな生物よりもカッコいい物であったが、ルーク様の心の奥底で、誰かを傷つける事が、ご自身の心をすり減らしている可能性があったのかもしれない……と思うと、今すぐにでも抱きしめ、
「どんなルーク様でも愛しています!!」
と叫んでしまいたくなる。
ルーク様の心に闇を植えつけた張本人。ルーク様を『あのような姿』にし、殺そうとした張本人……。
(カイル・アレンドロ……。できる事なら私が屠ってしまいたいが……)
と少し押し黙っているルーク様の足の上に、手を乗せると、とても穏やかで安心したような笑みを浮かべてくれた。
どこか吹っ切れたような、決意したような……。
紺碧の瞳に力を宿らせ、「狼人」と「豹人」の目をしっかりと見据え、
「俺が『先に行け!』って言ったんです!」
と、『虚偽』を伝えたルーク様の姿に心臓を鷲掴みにされて、息苦しさに耐えた。
(なんて……、なんて綺麗に澄んだ瞳なんでしょう……。ルーク様……)
ルーク様の綺麗に整った横顔を見つめ、どこまでも真っ直ぐな瞳に愛おしさが爆発してしまいそうだった。
ルーク様がどんな結論を出したのかは、私には分からなかったが、「ふふっ」と笑みを溢したルーク様に、
(ご自身で決着をつけるのですね……?)
と心の中で声をかけながら、(『憎悪』に取り憑かれ、更にご自身の心をすり減らすような事がなくてよかった)と深く安堵したのだ。
「ふぅっ」と短く息を吐き、思考を続ける。
(ルーク様がご自身で決着をつけるのであれば、きっと私に出来る事は常にそばに仕えること。きっとそれだけでも、ルーク様の心は軽くなってくれるはず……)
心の中でそんな事を考えてしまい、あまりに『傲慢』なその考えに、自分自身に苦笑してしまったが、
(でも、きっとそれしか出来ない。側に仕え、いざとなった時には……)
と先程の『連行されていった大馬鹿者』の時のような失態を二度と晒さない事を心に誓っていた。
決意を新たに、また3人と向き合うと、ローラの力強い白緑の瞳が目に入った。
(どうしたのかしら……?)
私は早くルーク様を抱きしめたい衝動をもう少し我慢しなければならないようだ……。
次話「ローラの救い」です。
【作者からのお願いと感謝】
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