71話 「豹人のロイ」
―――ノア 「冒険者ギルド 訓練場」
ロイはルーク達が去っていくのを見送りながら、マインとルーナがこの世を去ってしまった『あの事故』を振り返って、……いなかった。
(ルーク。ルーク! ルーク!!)
噂で「死んだ」と聞かされていたルークが生きていた事が何よりも嬉しかったからだ。ローラが外出できるようになっていた事も喜ばしいが、それよりも涙を流していたルークの姿の方が気になって仕方なかった。
騒いでいる冒険者達は一様にルークへの尊敬と賞賛を繰り返しているのを、
(今更、何言ってる! このクソ虫共が!!)
といつの間にか手のひらを返している冒険者達に苛立ってすらいる。
「貴様ら!! さっさと散れ!!」
ロイの怒号に、
「ロイさんは怒ってるのか……?」
「なんかヤバくないか……?」
「可愛い顔しておっかねぇぜ……」
「表情が変わらないから、よくわかんないぜ……」
と冒険者達はゾロゾロと訓練場を後にするが、ギルドの受付の方でまた騒がしくなったようだ。
「おい! ルークはどこ行った!?」
「あれ? さっきまで居ただろ??」
「この後、『月光の宴』じゃねぇのかよ!!?」
「テメェらが、騒いでたから見失っちまったじゃねぇか!」
「なんだと? お前だって騒いでただろうが!!」
ロイは無表情で、「はぁー」っと長いため息を吐きながら、先程のルークの泣き顔にキュンキュンしていた。
(どうせなら、私の胸で泣きなさいよ!! ルーク。ああ。もお!! 一刻も早くルークの所に行きたい!! いや、逝きたい!!)
誰もが憧れる憲兵団、団長「豹人のロイ」。元Sランク冒険者で「獣ロ組」のメンバー。
黒と銀が入り混じった短髪は爽やかで、頭に付いた耳は彼女の可愛らしさを助長させるが、大きな白藍の瞳は彼女にクールな印象を与え、普段からあまり感情を表情に出さない彼女は、まさに「近寄り難い美人」だ。
「どうせ、無理だ」
「俺なんかじゃ、つり合わない」
「ロイ様の笑顔を見れたら死んでもいい」
憲兵団の部下達は口々にそんな事を口走る、まさに「高嶺の花」である。そんな彼女は……何を隠そう、ルークにメロメロだ。
だが、決してそれを表に出すことはない。鼻で笑う事はあれど、笑顔を誰かに向けた事は物心ついた頃から一度もないのだ。
「格闘術を御指南して下さい」
ルークを初めて見た時は心臓が止まるのかと思った。
(ルーナ……)
今までロイが愛したのは「ルーナ」だけだった。同性であり、普通ではない事は分かっていたが、それは仕方のない事だったのだ。
即座に2人の息子である事を理解し、見れば見るほどルーナに似ているルークに惹かれるのは必然だったのだ。
(何!! 何なの!? 神が私のために!! しかも今度は『男性』だ!! あんな事や、こんな事をして、子孫を残す事ができる!!!!)
などと心の中で絶叫しながらも、眉一つ動かす事なく、
「私は厳しいぞ?」
と無表情で言ってのけた、メンタルお化けである。気持ちを隠すためだけに、厳しい指導をしながらも、愚直に努力を惜しまないルークの姿に、いつも「はぁ、はぁ、」していたのは彼女しか知らない。
未だにギルドでざわつく冒険者達にイラつき、足を踏み出そうすると、ギルドの方から絶叫が聞こえた。
「ルー君はいま、大事な話をしているところです!! 邪魔しないでくださぁーーーい!! 後日、改めて祝杯を上げてください!! それにはもちろん、私も参加します!!!! いまは大人しく帰りなさぁーーーい!!」
ロイはギリッと歯軋りをする。
(ラミルか……。くそッ!! ターナといい、ラミルといい、私の可愛い可愛い、愛しくて仕方がないルークを……。それに先程の2人はだれだ? フードであまり見えなかったが、なかなかの器量ではなかったか? クソッ!! クソッ!!)
心の中で絶叫しても、もちろん表情は微動だにしていない。
「そうか。仕方ねぇ!! 今日のところは俺達だけで祝杯だぁーーー!!」
1人の冒険者が叫ぶと、
「「「「「「おおおう!!」」」」」」
と周囲の冒険者達が叫び、ゾロゾロと帰っていったようだった。
ロイはギルドに顔を出し、ラミルを一瞥すると、ラミルは慌てて駆け寄ってきた。
「あ、あの、ロイ様。ルー君は憲兵に連れて行かれたりしないですか……?」
心配そうに瞳を潤ませ、可愛らしく首を傾げている。
アラン・ドーソンのボロボロの姿はルークがやったものであり、スキルの抹消などもルークがしたものだとロウから聞いていた。
冒険者達の話しでは、アラン・ドーソンが後ろから斧をルークに向かって投げたのを、ローラがかばい致命傷を負ったようだ。それに対してルークが激怒した事が原因らしいが、明らかに過剰防衛である。
本来なら、ルークも連行し、詳しく話しを聞く事になるのだが、ここはギルド内。憲兵団、団長よりも、ギルドマスターであるロウの方が権限は上だ。
未だ不安そうなラミルに表情を動かす事なく見つめ、ロイはゆっくりと口を開いた。
「なぜだ? ロウからは『殺人未遂の犯人をルークが仕方なく足止めした』と聞いている。むしろ、表彰しなければならない行為だ」
冒険者の話では、ロウはその時意識を失っていて、見ていないようだが、ロウが……ギルドマスターが言うのであれば、それでいい。
冒険者達の中から「ロウは意識がなく、全てを見ていたわけではない!」と大々的に異論があれば、再調査の対象になるだろうが、あの様子では大丈夫だろう。ルークを罪人として裁く事はない。
明らかにホッとしたようなラミルに、ロイは少しムッとしながらも、
(ルークは誰にもあげない!!)
と強く決意しながら、ギルド長室へと足を進める。
『あの事故』の話を、ルークに伝えるべきなのかどうなのか……ロイには決められなかったが、ルークに知る権利がある事は理解している。
(ルークがどれだけ傷ついてしまっても、私が絶対にその傷を癒す!!)
マインとルーナの事を思い返しても、2人の笑顔しか浮かんでこない。マインの楽観的なところにいつも文句を言い、ルーナの優しさに胸をときめかしていたあの頃が懐かしい。
(あれから8年か……)
遠い過去のように感じるが、まだ8年しか経っていない事に驚きながらも、「ふぅ」と小さく息を吐いた。ロイは無表情のまま扉に手をかけたが、扉に触れた手は微かに震えている。
それは2人の「死」に自分も少なからず関わっている事を意味し、ルークに嫌われてしまう事への恐怖だったのかもしれない。
もしくは『あの事故』を思い返し、『あの女』に恐怖してしまい、2人の「死」に涙が流れそうになっているのかもしれない。
ルークはもう立派な大人だ。ローラがやっと口を開くのならば、自分達が見届けなければならない。懺悔するならばこの時しかない。
ロイは少し緊張しながらもギルド長室の扉を開けた。
次話「3人の懺悔」です。
【作者からのお願いと感謝】
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