67話 盾役 アラン・ドーソン ③ 〜冒険者達〜
―――ノア 「冒険者ギルド 訓練場」
激怒しているルークを見ながら、男は何故か泣きそうになっていた。
カイル達が帰還した時、
「……なんで『ルーク』の死については、何にも言わねんだ? アイツが誰より努力してたのお前らが1番よく知ってんじゃねぇのかよ……?」
と、カイル達に直接「ルークの死」に対しての気持ちを吐露した『トール』だ。
以前、大勢の闘技者に囲まれた時、
「こんな人数で1人を相手にするなんて、恥ずかしくねぇのか!?」
と、ルークに声をかけて貰い、結果的には闘技者達に一緒にボコボコにされた男がトールだ。
(ルーク……)
トールは心の中でルークの名を呼び、ただアランを痛めつけているルークを眺めていた。
大方の予測はついている。おそらく、ルークは『二刀流』にダンジョンで置き去りにされ、殺されかけたのだろう。
そうだとしたら、カイル達が「ルークの死」に対して何も言っていなかった事も腑に落ちる。
自分達の意思で『殺した』のだから、悲しみ、嘆く事もするはずがないのだ。
ルークの気持ちは、トールの想像の範疇を大きく超える物だと思うが、本音を言えば、こんなルークを見てられなかった。
二度も殺されかけ、未だ反省の色が見えないアランを屠る事は至極、当然だ。アランの自業自得である事は明白で、トールも頭ではよくわかっている。
でも、ルークに人を殺して欲しくなかった。
なぜかはわからないが、ルークに、そんな事をさせたくなかった。
理由のわからない涙は、渦巻く葛藤に涙腺を刺激され、涙が流れそうになっているのかもしれない。
アランは冒険者達を巻き込もうと、大きな声を上げている。トールは周囲をグルッと見渡すが、それに反応する者は1人もいない事に安堵した。
それよりも気になったのは、自分と同じように目に涙を浮かべている者の多さだ。
先程、ルークとロウの戦いを見て、手のひらを返した奴らは、ルークとアランの攻防にすっかり怯えきっているように見えるが、ルークの「人間性」や「懸命に努力していた」事を認めていた冒険者達は皆、自分と同じように涙を溜めている。
(……みんな、ルークには『バカ真面目』の『努力バカ』で、『曲がった事が大嫌い』な冒険者でいて欲しいんだな……)
そう思うと、さらに目頭が熱くなった。
トールは決意する。
(ルークに『人殺し』をさせない!)と……。
これはルークの辛い経験を解消するチャンスを潰してしまう事になるかもしれない。ルークの感情に土足で踏み込んでしまう物なのかもしれない。
だがトールは信じている。『ルーク』なら……『バカ真面目』でいつも夢を追いかける『本物の冒険者』なら、きっと乗り越えてくれるはずだと。
涙で滲む視界の中で、アランが叫びながらルークに向かって行くが、ルークの拳の方が早く頬に食い込み、アランが吹っ飛ぶ。10メートルほど転がり、ピクリとも動かなくなってしまった。
未だ歩みを進めるルークに、
(これ以上は、ダメだ!! ルーク!!)
と心で叫び、自分の気持ちとは裏腹に震える足に鞭を入れ、ルークの前に飛び出した。
―――
目の前で、手を広げる男には見覚えがあった。確か「トール」だ。まだ駆け出しだった頃に、闘技者達と揉めているところに、思わず足を踏み出してしまった時の冒険者だ。
「……トールさん?」
俺が声をかけると、トールはボロボロと涙を流し始めた。俺は全く意味がわからず、大きく目を見開くが、トールはぐちゃぐちゃの顔で口を開いた。
「覚えてくれてたんだな……。ルーク。これは俺の勝手な感情で、お前の気持ちを踏みにじる事になるかもしれねぇが、言わせてくれ」
あまりに真剣な表情に俺は少し息を吐き、トールの言葉を待つ。
「ルーク。お前にはあんなクズでも、殺して欲しくねぇんだ……」
俺はトールの言葉に心臓がバクンッと脈打つ。心から懇願しているトールの涙に、自分が完璧に我を忘れていた事を自覚したのだ。
トールの言葉に俺が立ち尽くしていると、冒険者達が続々と俺の前に現れては声をあげる。
「ルーク!! これ以上はダメだ!!」
「俺は、甘々なお前が大好きなんだ!!」
「こんなヤツを殺して、お前の『夢』を潰しちまっていいのかよ!!??」
「お前は人なんか殺しちゃいけねぇ!!」
冒険者達の言葉が俺の心に染み込んでいく。俺は振り返り、ルシファーとアシュリー、サイモン達に視線を向け、自分のいまの状況を理解した。
俺の身を守ってくれた女性やロウも、無事目を覚ましているようだ。全員が、俺を見つめている。
ルシファーとアシュリーは俺の目をしっかりと見つめ、綺麗に微笑んでいる。「例えどんな結末でもそれを受け入れる」という、心からの信頼が伝わってくる。
2人の真っ直ぐな瞳を見つめられ、「自分が何をしようとしていたのか?」を理解し、そんな自分に恐怖を抱いたが、
(よかった……)
と心から安堵し、大きく、大きく息を吐き出し、トール達に向かって口を開いた。
「みんな、ありがとう。止めてくれて……。もう大丈夫。ごめんね? こんなのを見せちゃって」
俺がそう言うと、トールが俺に抱きついてきた。
「いいんだよ!! 辛かったな! もう大丈夫だぜ? 俺は……俺達はお前の味方だ!! バカな野郎は放っておけばいいさ!!」
トールに続いて他の冒険者達も駆け寄ってくる。
「そうだぜ!! 俺達が付いてる!!」
「ルーク!! 俺はお前を応援する! 頑張れ!」
「それでこそ、『バカ真面目』なルークだぜ!!」
みんなは一様に涙を流しており、心底嬉しそうにしている。また一つ、冒険者達からの温かい言葉に、俺までつられて泣きそうになってしまった。
『夢』への努力が、いま初めて実を結んだような感覚に包まれる。
冒険者達からの言葉は、まるで「今までのお前でいいんだぜ?」と言ってくれてるような、「もう気を張らなくていいんだぞ?」と言ってくれているような気がした。
俺はみんなにお礼を言いながら、ルシファー達の元へと向かう。なぜかわからないけど、2人の声を聞きたくて仕方がなかった。
俺と視線が合うと、ルシファーは俺に飛びついて来る。
「ルーク様!! あのような愚物で手を汚されなくてよかったです。あの愚物は万死にあたいしますが、美しい手が汚れてしまったら、私……」
「大丈夫だよ。冒険者のみんなのおかげだよ。……ほ、本当によかった。……もうルシファーをこうして抱きしめる事もできなくなるところだった」
俺はそう言ってルシファーを強く抱きしめた。微かに震える手は、本当に人を殺してしまっていたかもしれない事に対する恐怖だ。
ルシファーはそんな俺に気づいたのか、
「私はどんなルーク様でも愛していますよ? どこまでもお供いたします。大丈夫です」
と俺の耳元でささやいた。ルシファーの言葉と声に、さらに身体がブルブルと震えてくる。怖かった。本当に怖かった。本当に取り返しのつかない事になるところだったんだ。
「ルーク様。大丈夫です。私が側にいます」
「ありがとう。ルシファー。俺も愛してるよ」
俺は力強くルシファーを抱きしめる。今こうしてしっかりとルシファーを抱きしめられる事に心から安堵しながら、泣きそうになるのを必死に耐えながら言葉を発した。
すると、ルシファーの体温が熱くなり、俺は「どうしたのかな?」と不安になり、顔を確認すると、真っ赤になったルシファーのうるうるの瞳と目が合った。
(何かしちゃったかな?)
と思いながら、またルシファーを抱きしめると、ぷくぅ〜と頬を膨らませ、今にも泣き出してしまいそうなアシュリーと目が合った。
「ルシファー!!!!!! どいてよ!!!! 次は僕の番だよーーーー!!!!」
アシュリーの絶叫が訓練場にこだまするが、冒険者達はいまだガヤガヤと楽しそうに談笑しているのでこちらの様子は気にならないようだ。
ダダダッダダダッ。
俺がアシュリーとも熱い抱擁をしていると、複数人の規則的な足音が聞こえた。
「アラン・ドーソンはいるか!!?? ノア、イースト通りの裏路地にて、『殺人』および、『殺人未遂』の嫌疑がかかっている!! 憲兵団の指示に従え!!」
入ってくるなり、大声を張り上げたのはノアの憲兵団、団長『豹人のロイ』。元Sランク冒険者「獣ロ組」のメンバーだった女性だ。
ちなみに俺に格闘術を叩き込んでくれた人だ。可愛い見た目に反して、物凄くスパルタで、何度も泣かされたのをよく覚えている。
声をかけようと思ったが、未だピクリとも動かないアランを一瞥すると、なんだかそれを躊躇してしまった。
(俺はこんな事のために格闘術を習ったわけじゃないし、ロイ先生もこんな事のために、俺に格闘術を教えたわけではないよね……?)
俺はグッと唇を噛み締め、アシュリーを宥め、ロイの元へと足を進める。
「ロイ先生……ごめんなさい。お、俺……」
ロイは俺に気づくと、「ふっ」と軽く笑い、
「ルーク、また『後で』……」
と言って、連れてきた憲兵達に手際よく、指示を出していた。
(やっぱ、怒られるかな……?)
と俺は苦笑しつつも、まだ微かに震えている自分の手を見つめた。ギリギリで立ち止まれた事に感謝しながら、まだ騒いでいるトールに向かって、俺は深々と頭を下げた。
次話「盾役 アラン・ドーソン ④〜『気づき』と末路〜」です。
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