60話 ラミルの歓喜と焦り
side ラミル
―――ノア 冒険者ギルド
今日の朝、無気力でギルドの扉を開いた。いつもは入念に行う清掃も、今朝はまるで手につかなかった。
1日の休養で回復できるほど、ルー君を想う気持ちは軽くないのだ。
(ルー君……)
何度も何度も名前を呼び、すっかりやつれてしまった。そこには誰もが羨む、冒険者ギルドの美人受付嬢の姿はない。
ダンジョンから帰ってきた人達の血などが床にこびりついているが、私はただそれを見つめて、涙を浮かべていたのだ。
(いやだ。いやだ、いやだ。いやだ! いやだ……)
そんな私の気持ちなどお構いなしに、時間は過ぎる。ゾロゾロと冒険者達が入ってきてはダンジョンに潜っていく。
(何でルー君なの……?)
失意の私を気遣う事もなく冒険者達は自分達の「欲」を吐き出してくる。
「ラミル!! あんなやろうは忘れて、俺にしとけよ!?」
「あんな奴の事は忘れろよ! それより、あと少しでAに挑戦するぜ? 俺なんてどうだ?」
私はそんな冒険者達に、一切表情を動かす事なく対応していると、
「ふざけんな!! テメェらは何も思わねぇのか!!」
「そうだ!! 自分さえ良けりゃ、それでいいのかよ!!??」
「テメェらみてぇなヤツがいるから冒険者の評判が悪いんだよ!」
などと、ちょっとした揉め事が起きたりしていたが、私はすっかり色彩がなくなった世界にいた。
そんな時に飛び込んできた朗報。
「『洗濯』のやろう! 生きてたらしいぜ!! さっき一緒に酒を飲んでたヤロウに聞いたんだ! 間違いねぇー!!」
込み上がる涙は必然だった。冒険者達からは歓声が上がったり、舌打ちをしたりと様々だったが、私にはそんな事どうでもいい。
即座にその冒険者に詰め寄り声を張り上げる。
「本当でしょうね!!?? 嘘だと……嘘だと許さ、な、い……」
泣き崩れてしまう私に、その人はほんのりと頬を染めたが、ゴクッと唾を飲み、真剣な表情で声をかけた。
「嘘じゃねぇよ! 俺も、『アイツ』に『あてられた』1人だ!! 何度も、何度も確認したさ!! よかったな! ラミル!!」
その人の言葉に、すぐにでも駆け出しそうになってしまう自分を懸命に抑える。無闇に駆け出すよりも、確実に訪れてくれるギルドに居た方が早く会えるはずだ。
私はポロポロと流れる涙を堪えられずに、愛しの人を待つ。ギルドの時計は壊れているのではないか? と思うほど針の進みが遅い。
(……『月光の宴』に行った方がいいのかな……?)
居所はつい先程聞いたが、
(すれ違いになってしまうかも……。いや、でも!)
と我慢が限界を迎える頃、扉が開いた。
サラサラの銀髪は陽に透けて輝く。紺碧の瞳は以前と変わらず輝いており、以前より自信に満ちた表情は私の心臓を簡単に鷲掴みにする。
「ルー君!!!!!」
私は仕事をそっちのけで、駆け出した。考えるより先に駆け出してしまった。ルー君の姿を確認すると同時に色付いた景色の中で、ルー君だけしか私の瞳には映らなかった。
ただそこに居てくれるだけで心が震える。私がとびつき、力一杯抱きしめると、ルー君は困ったように、
「ラミルさん。心配かけてごめんね?」
と言った。その笑顔が眩しかった。言いたいことはたくさんあるはずなのに、私はしばらくルー君の胸で泣き続けることしか出来なかった。
「本当だったんだ……」
「ど、どうやって46階層から帰ったんだ?」
「本当は上層ではぐれただけだろ……?」
「チィッ! なんであんなやろうが……」
「本当に良かったぜ!! 本当に『奇跡の生還者』だ!!」
冒険者達は各々、口を開いたが、私には本当にどうでもよかった。
すぐそばにルー君の体温がある事。耳をすませば、ルー君の心音が聞こえる事。ルー君が自分の名前を呼んでくれる事。
本当にそれだけでよかったのだ。
「こら、ラミル!! 仕事しねぇか!!」
ギルド内の騒ぎに気づいたのか、ロウさんが部屋から出てきた事をきっかけにハッと思考を再開させると、ピキピキと引き攣った笑みを浮かべる2人の女性と目が合った。
綺麗な金色の髪と宝石のように綺麗な瞳の絶世の美女と、手入れされていないのに艶やかな赤髪に、大きな漆黒の瞳の超絶美少女がいる事に気づいた。
「……一度しか言いません。早く『そこ』から離れなさい!」
「……このエルフもどき……。なんて、おっぱいしてるんだ……。う、羨ましくなんてないんだから。……早くマスターから離れてよーーー!!」
2人からの言葉に、さっぱり反応できないでいるとルー君が口を開いた。
「2人とも、この人はずっと俺を応援してくれてる、ギルドの受付嬢『ラミルさん』だよ? そんなに威嚇しないの。良い子にしてないと、『買い物』なしにしようかなぁ〜……?」
「だ、ダメです!! 行きます!! ル、ルーク様とのお出掛けのためならば、私はどんな事でも……」
「ぼ、僕は威嚇してないよ!? マスター!! ルシファーだけお留守番で、僕と2人で買い物に行くのはどうかな?」
「……アシュリー? あなた、屠られる覚悟はあるんでしょうね?」
金髪の彼女がそう言うと、頬にピリピリと熱気を感じた。「只事じゃない!」と私がアワアワとしていると、ルー君は2人を見据えて声をあげた。
「2人とも、だめだよ?」
「は、はい! 申し訳ありません……」
「……はぁ、はぁ、ごめんな、さい」
2人は恍惚とした表情でルー君を見つめている。ルー君は優しく彼女達の頭を撫で、愛おしそうに見つめている。
(ちょ、ちょっと!! この2人は何者なのよ!?)
私はルー君が生きてる事に歓喜しながらも、かつてないほどの、いや、「ターナ」と同等、いや、それ以上かもしれない2人のライバルの出現に息を飲んだ。
「ルーク。よく帰って来たな……」
ロウさんは爽やかに微笑みながら、ルー君に話しかけているが、私はいまそれどころじゃない!!
(ルー君!! この2人は誰なのよ!!?)
私は心の中で絶叫するが、ルー君は気づかず、代わりに2人が綺麗な瞳で私を見据えていて、背筋にゾクリと寒気がした。
次話「アランの焦燥」です。
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