57話 ローラとカイル
side ローラ
―――ノア
ノアの街を歩いていると、
「生きてた!! 生きてたんだ! 『洗濯』!」
「46階層からの生還って……ほぼ『S』じゃねぇか!」
「絶世の美女がダンジョンから出たらしいぞ!」
「バカが! 美少女だろ!」
などと、彼の帰還したという噂が、街中を駆け巡っていた。深く被ったフードの下で、私は思わず笑みを浮かべ、
「何が『奇跡の生還者』だ!」
「『二刀流』のサポーターだろ? どうせクズだろ」
「『人殺し』パーティーの仲間なんて知らねぇよ」
などと、彼の帰還に、いや、『二刀流』のパーティーメンバーだった事に対しての嫌悪感を露わにする人達の声に顔を顰めていると、シルフが口を開いた。
「呑気な『人間達』だね。あたしは恐ろしくて堪らないよ」
私は心の中でその言葉に返事をする。
(良い意見は彼の人柄でしょう? 悪い意見はあのクズカイルのせいよ……。シルフも『力』だけでしか彼を判断するのやめなよ?)
「……でも、本当にヤバいんだよ! 『あの人』は……」
(恐れるのは、彼を知らないからよ。彼を知れば、必然的にわかるはず。強大な『力』に溺れるような人じゃないって……)
「ローラだって、知らないじゃん!!」
シルフの言葉にぐうの音も出ない。私は彼と話した事すらない。前に見た時とは全く違う、無邪気な可愛らしい笑顔を見ただけだ。
マインさんとルーナさんの息子。
私が彼を信じる理由はそれで充分だ。あの笑顔はそれを裏付けるには充分すぎるものだった。
(シルフの疑り深いところ、私、あまり好きじゃないわ)
「なっ!! べ、別に疑ってるわけじゃないよ! どう足掻いても、足元にも及ばない強者を警戒するのは当たり前でしょ?」
(素直に負けを認めてるくせに、プライドだけは高いんだから……)
「あたしは四大元素である『風』を司るのよ? あたしより強い生物なんて、数えるくらいしかいないんだから!!」
私はシルフの言葉に苦笑する。さっきから言っている事が無茶苦茶だ。
(あの3人には勝てるの?)
「……ロ、ローラの意地悪……」
シルフはそう言って小さな唇を尖らせる。私はそれに小さく笑い、ふぅっと短い息を吐いた。
彼はどうやら「月光の宴」にいるらしい。シルフにも確かめたので間違いない。
かなり遅い足取りでも着実に向かっている。本音を言えば、少し不安だ。拒絶される覚悟も、自分が死ぬ覚悟もある。
でも、希望を捨てきれない。それはきっと2人の息子だから。私の心臓が彼に高鳴ってしまうから。
(もしかしたら、私の存在は彼の笑顔を奪ってしまうものなのかもしれない……)
「……大丈夫だよ」
思わず心の中で呟くと、シルフがまだ少し拗ねながらも言葉を返してくれた。
私は笑いながら歩みを進めていると、シルフが口を開く。
「クズが来たよ? 臭くて、鼻が曲がりそうだ」
シルフの声に視線を向けるとカイルがいた。何やら考え込んでいるようだが、込み上がる嫌悪感に、先程までの気分を台無しにされてしまった。
(放っておけばいいよ。関わりたくもない……)
「それは無理みたい。見つかったよ?」
シルフの言葉に私はギリッと歯を噛み締め、少し眉間に皺を寄せた。
「ローラ。まだダンジョンに潜ってなかったのか?」
カイルは口角を吊り上げながら話しかけてくる。
「かなり動揺してるよ。どうやら『あの人』の噂を聞いたみたい」
シルフが横から耳打ちをしてくれるが、私はカイルに視線を向ける事なく、そのまま歩みを止めず素通りしようとする。
「チィッ!! ……どいつもこいつも、くだらねぇ噂に惑わされやがって。死んでるに決まってんだろ」
カイルの言葉には微かに願望が滲んでいる。
「かなり動揺してるよ? ぷぷっ。いい気味ね」
(シルフ、会話をするつもりはないわ。心を覗かなくて平気よ)
「散々好き勝手して来たんだ! こないだのでは、言い足りないよ!」
(放っておきなさい)
私はシルフに呆れながら、そのまま歩みを進めるが、後ろから聞こえた言葉に自然と足を止めてしまった。
「噂が事実なら、本当によかった。『今度』は自分の手で殺してやれるからな……」
「もう一度言ってみなさい。自分の力を過信するおバカさん」
「ククッ。お前は何か勘違いしてやがる。俺は強ぇぞ?」
私は鼻で笑いながら、先程の発言に沸々と苛立ちを募らせる。
「ローラ、本音だよ?」
(わかってるわ。この間だけで、充分把握してるから)
シルフに心で伝えながら、カイルに視線を向けるとシルフが声を上げる。
「ぷぷッ。ローラの美しさに動揺してやんの!」
(シルフ、黙ってて! 気持ちが悪い!)
「ご、ごめん」
カイルが私に好意を抱いているなど、考えただけで、吐き気がする。女性を……いや、周りの人間を「道具」としか見ていないクズ。
「カイルさん。私に気持ち悪い感情を抱くのはやめて下さい。吐き気がします」
「……お前……いつか殺してやるからな……?」
「ふふっ。『自分の母親』のようにですか?」
「てめぇ……」
カイルは鋭い眼光で私を睨む。ゾクリッとする感覚は嫌悪感だけではない。少しばかり足がすくんだのだ。カイルの眼光には相手に恐怖心を植え付けるような、『力』がある。
私はゴクリッと息を飲む。
「どうしたの? ローラ」
(な、何でもないわ)
きっとシルフにはわからない。この感覚は「あの女」と対峙した時とよく似ている。カイルには「何か」ある。
「なんだよ? クククッ。でけぇ口叩くくせに、ビビっちまってんのか?」
「ふふっ。面白い冗談ね。どう言えばあなたが苦しむのかを考えていただけよ?」
「……本当に……ムカつくやろうだ。いつか絶対に俺の前で屈服させてやる。今は『それ』どころじゃねぇから今日だけは見逃してやるよ……」
カイルは私から視線を外し、去っていく。私は少し怯んでしまった事が悔しくて、グッと唇を噛み締めた。
「どうしたのさ? ローラ」
(シルフ、いま私の心を覗くと怒るわよ?)
私の言葉にシルフは首を傾げて、心配そうに見つめてきたが、私は視線を合わす事をせず、マインさんの愛刀「村正宗」をギュッと握りしめ、ゆっくりと「月光の宴」への道を歩き始めた。
次話「カイルとキラ」です。
【作者からのお願いと感謝】
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