55話 治癒士 アン・ロビンソン ①
―――ノア 「月光の宴」
「あ、あの、出来れば2人で話したいのですが……」
部屋に入ったターナは真剣な表情で呟いた。きっと言いづらい事なのだろう……と直感的に理解するが、俺は動じずに口を開く。
「何があったの? 大丈夫。2人にもどうせ伝えるつもりだから、直接言ってくれていいよ?」
俺の言葉にターナはグッと唇を噛み締め、小さな小さな声で口を開いた。
「……アンさんがルークさんに、会わせて欲しいと……」
ターナの言葉に素早く反応したのは2人だ。
タンッ!
とその場に立ち上がり、すぐにでも動けるような体勢をとる。
「ルシファー。アシュリー。さっきの話を忘れたのか……?」
俺の少し低い声に2人はハッとしたように、また座り直し、
「も、申し訳ありません、ルーク様」
「ご、ごめんなさい、マスター」
と少ししょんぼりした。俺は2人の頭を撫でてから立ち上がる。
(ジャックの時の事もあるし、2人に『留守番』は無理そうだな。もう一緒に連れて行った方がいいのかな? だけど、アンか……。かなり傲慢な感じのはずだ。釘を刺してるとはいえ、連れていくのは危険か?)
素早く思考を進めていると、部屋の中にまたノックの音が響いた。直感的にアンだと悟る。
『二刀流』にも色々あったようだが、ジャックのようにふざけた事を言ってくれば、容赦をするつもりはさらさらない。
ルシファー、アシュリー、ターナは俺の顔を見つめる。俺はルシファーとアシュリーに視線を向け、口を開く。
「わかってるな?」
「はい。もちろんでございます」
「信じてるよ? マスター!」
穏やかな表情を浮かべている2人の言葉を信じる事にする。ターナは未だに俺を心配そうに見ているが、「ふふっ」と微笑みかけ、声をかけようとすると、真っ赤っかに顔を染めていて、ぷしゅ〜っとその場に座り込んでしまった。
俺がその光景に首を傾げていると、また部屋にノックの音が飛び込んだ。俺は一つため息をついて口を開く。
「どうぞ?」
カチャッ。
ドアが開くと、そこにはボロボロの服に身をまとっているアンが立っていた。いつも身なりに気を遣っていたアンからは想像できない姿だ。
俺の顔を見るなり、泣き崩れ、
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
と何度も何度も謝罪を繰り返した。
(な、何があれば、こんな事になるんだ……?)
俺はその光景にただただ押し黙った。アンは人格そのものが入れ替わったとしか考えられない。あまりに痛々しい光景に俺は絶句することしか出来なかったのだ。
「ル、ルーク様……」
後ろからルシファーの声が聞こえてハッとした。
「アン。どうしたの? 大丈夫?」
俺はそう言いながら近づくと、アンの身体が小刻みに震えている事に気づいた。
「ごめんなさい。ルーク。本当に、本当にごめんなさい」
アンは壊れた人形のように、何度も何度も謝罪を繰り返す。
正直、見てられない。あまりに痛々しく、あまりに苦しそうで、アンに置き去りにされた憤りよりも、「何でこんな事になっているのか?」の方が気になって仕方がない。
アンは頭を床につけたまま未だに謝罪を続けている。
「アン。ほ、本当にどうしたの? 大丈夫?」
「ごめんなさい。本当に私は何であんなひどい事を……。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」
震えながら何度も謝罪するアン。
(こ、このままじゃ会話にならない……)
俺はアンの肩に手を伸ばし、まずは視線を合わせられるようにしようと試みるが、触れた瞬間に、ビクッと先程よりも震えが増してしまった。
「マ、マスター。こ、この人、壊れてるんじゃ……」
アシュリーは困ったように呟くが、俺はそれには答えず、思考を進める。
(なんだ? どうする? どうすればいい?)
相手が自分を置き去りにした憎き相手だとしても、こんなに震える女の子を放っておくことは、俺にはできない。
(この怯えよう……。何があったんだよ! クソッ!)
俺は落ち着く意味も込めて深く深く息を吐き、決意を固め、アンの肩にそっと触れる。
「『絶望洗濯』」
俺がそう呟くと、光の粒子が部屋中に飛び回りアンに溶け込んでいく。
「……綺麗」
ターナは真紅の瞳を輝かせながら呟き、ルシファーは心からの信頼を金色の瞳に宿らせ俺を見つめ、アシュリーはホッと安心したような漆黒の瞳で俺を見つめた。
アンは驚いたように顔を上げると、涙をボロボロと流しながら光の粒子の中で、『ようやく楽になれる』と「死」を感じさせる諦めの笑みを浮かべている。
何がどうなっているのか、俺には見当もつかないが、人格を破壊されるような辛い事があったのは一目瞭然だ。
(そんな風に謝られても、『もういいよ』って言えないじゃねぇか。でも、この『洗濯』は上手くいくはずだ。俺の『洗濯』に洗い流せない物なんて無いはずだから)
全ての粒子がアンに溶け込むと、アンは心底驚いたように目を見開いて俺を見つめた。
「あ、あれ? 私を殺したんじゃ……? それに、私……」
アンはそう呟くとまた涙を流し始め、
「ルーク、本当にごめんなさい! 本当に、本当にごめんなさい! どれだけ謝ったところで、許してくれるなんて、都合のいい事はもう考えてないわ。私はルーク、……あなたに殺して貰いに来たの……」
と懇願した。アンの言葉に嘘は見当たらない。言葉の端々に覚悟が滲んでいる。いつも向けられていた軽蔑の視線はなく、心から縋るような視線に計略の意図は見受けられない。
俺はふぅっと小さく息を吐き、言葉を紡いだ。
「……アン、もういいよ。結果論だけど、『追放』は俺に大切な物や人をいっぱい与えてくれたしね……」
アンは俺の言葉にただただ驚愕し絶句している。
俺はいま幸せだ。
それは間違いない。ルシファーとアシュリーに出会わなければ、復讐に取り憑かれていたかもしれない。それほどまでに苦く、苦しい記憶だ。
だけど2人と日々を送る事で、少なからずあの「追放」に感謝しているのも俺の本音だ。今では俺を認めてくれている人がたくさんいる事にも気づけた。
心から謝罪してくる相手に「ふざけるな!」と言えるような人間にはなりたくない。
(それに『女の子の前ではカッコつけないといけない』しね?)
と父の言葉を理由の一つとして付け加えた。俺が笑みを浮かべていると、アンはうわ言のように声を発する。
「う、嘘よ……。ルーク、私は取り返しのつかない事を……」
「ハハッ。取り返しならついてるさ! 今、俺はちゃんと生きてる!!」
アンは俺の言葉に唇を噛み締め、また泣き崩れた。
「う、うぅ……ルーク。ご、ごめん、なさい……」
それからアンはしばらく泣き続けた。俺はどうすればいいのかわからず、戸惑いながらも毛布でアンを包んであげた。
さすがに『大嫌い』と言われた相手に抱きしめるような事はできなかったが、頭の中で(アンの身に何があったのか?)を考え始めた。
次話「治癒士 アン・ロビンソン ②」です。
【作者からのお願いと感謝】
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