54話 ルークの目覚め
―――ノア 「月光の宴」
頭がぼんやりとしていると、甘い香りが鼻腔をくすぐった。俺はふわふわで柔らかい枕の感触に、まだ夢見心地だ。
(あぁ。温かい……)
「ル、ルーク様。んっ。あっ、ああっ。んっ!」
凄まじい官能的な声に目を開けると、目の前は真っ白だった。「ん?」と思いながらも、寝ぼけ眼で枕に顔を擦り付ける。
「ル、ルーク様。皆がみて、あっ。んっ!!」
「……? ルシファー……?」
さっきからルシファーの声が聞こえる。とても色っぽい声に、「まだ夢の中?」と首を捻りながら、しっかりと目を見開くと、頬を膨らませているアシュリーと目が合う。
「マスター!! 起きたなら、しっかり起きてよ!!」
「アシュリー? ……おはよう」
俺は寝心地のいい枕に頭を置いたままアシュリーに挨拶するが、アシュリーはみるみる顔を真っ赤にして叫ぶ。
「マスター!! 早く起きてよ!!」
アシュリーの声に頭がはっきりとしてきて、上を見上げると、真っ白い服に包まれたタユタユのボールが2つ。
「わ、わぁーー!!!!」
慌てて飛び起きると、顔を真っ赤に染めたルシファーと目が合う。
(な、なに、そのエッチな顔は!!??)
と心の中で絶叫しながら、部屋を見渡すと、ぷんぷんに怒っているアシュリーと唇を噛み締めて真っ赤に頬を染めるターナ、ニヤニヤと笑みを浮かべている女亭主のクロエの姿があった。
どうやら、俺が顔をスリスリしていたのはルシファーの太もものようだ……。ルシファーは恍惚とした表情で、妖艶に俺に微笑んでいる。
「ル、ルシファー!? な、なんで!?」
「ルーク様が気を失ってしまったので、少しでもゆっくり休めればと思いまして……」
「マスター!! なに、デレデレしてるのさ!? マスターの家に帰ったら、ちゃんと僕の膝でも寝てよね?!」
「アシュリー!! それは許されません!! これは『ジャンケン』と呼ばれるこの世界のゲームで決められたものです!!」
「ルークさん!! ターナの膝でも休んで欲しいです!!」
ルシファーとアシュリーのじゃれあいには慣れているが、ターナまで参戦されると、もうどうすればいいのかわからなくなってしまう。
ただ、まだ鼻に残っているルシファーの甘い香りにじんわりと顔に熱が集まってくる。
「さ、3人とも落ち着いて!! 俺はどれくらい寝ちゃってたの? クロエさん、ごめんね? 部屋を貸してくれてありがとね?」
「いいんだよ。あんたが無事に帰って来てくれただけで。あのままじゃ、ウチの『看板娘』が使い物にならなかったし、あんたが無事に帰ってきて、私も嬉しいからね……」
クロエの優しい笑みにターナはモジモジと顔を染めた。
「ルーク様。だいたい5時間程休まれてましたよ?」
ルシファーは未だ頬を染めたまま、首を傾げた。
(なんなの、君……? どこでそんな事を覚えたの?)
俺はルシファーの表情に悶絶してしまっていると、アシュリーがジィーっと俺を見つめている事に気づき、俺はタジタジだ。
店の冒険者達はみんな酔い潰れてしまったらしい。
「流石に3日間休み無く飲み続けるのは無理だったみたいです……」
とターナが教えてくれた。中には帰った人もいるらしく、俺に「よろしく!」と言ってくれた人達もいたようで、俺はまだ夢を見ているような気分になってしまい、心がふわふわとするのを感じた。
アシュリーは無言で俺に近づいて来て、俺の膝の上にちょこんと座ったが、ルシファーは未だ頬を染めたままで何も言わなかった。ターナは唇を尖らせていて、何だか可愛いかった。
しばらく雑談をして、色々な事を聞いた。
まず、俺は46階層で魔物に殺された事になっている事。ジャックが自らカイル達の囮となり死んでしまったという事になっている事。それに『二刀流』パーティーがダンジョン内で多くの人を殺したと噂になっている事。
前の2つはだいたい予想通りだったが、最後の一つには呆れ果ててしまい、ため息を吐くことしか出来なかった。
(まぁ、全然不思議じゃないけど、本当にやってしまったんだ……)
俺は心の中で呟きながら、死者たちの冥福を祈った。
何やら「パーティー内で揉めていた」や「ギルドで揉めていた」など、もう俺には全く関係のない事だが、なぜか耳の痛い話の連続に俺は苦笑する事しか出来なかった。
ルシファーは難しい顔をして何やら考え込んでおり、アシュリーはこめかみにピクピクと血管を浮き上がらせていた。
2人が俺のために怒ってくれるのは嬉しいが、それよりも俺はずっと2人と一緒に居られる事の方がはるかに嬉しい。
(この事ははっきりさせておいた方がいいだろう)
と判断し、ターナやクロエに退席をお願いした。ターナは不安そうにチラチラと俺達の様子を伺っていたが、特に何を言うこともなく、素直に席を外してくれた。
「さて、少し真剣な話をしようか……」
俺の口調に只事ではないと思ったのか、2人は俺の前で真剣な表情を浮かべる。
「ルシファーは覚えてると思うけど、俺は46階層に『二刀流』って呼ばれるパーティーのカイル、アラン、アン、それに28階層で会ったジャックって男に、置き去りにされたんだ。多分、俺を殺すつもりだったんだろう……」
「くっ……。そのクソ虫共を殲滅すればよろしいのですね?」
「……それはもう、屠っちゃってもいいよね……?」
2人はピキピキと瞳が血走り、ルシファーに至ってはもう既に左の瞳の色が金色から漆黒へと変化している。
心の中では嬉しいと思ってしまう俺はおかしいのだろうか? 自分のためにこんなにも素直に怒りを露わにしてくれる存在がありがたくて堪らない。
(でも、それじゃ、ダメなんだ。『ノア』に居るためには『法』を守らせないといけない。2人の為なら『夢』を捨てる事も、世界を敵に回す事できるけど……)
2人の顔を見ながらそんな事を考える。黙り込んでしまった俺に、2人は心配そうに俺の顔を伺っている。
(もし、誰かを殺め、逃避行を行ったところで、2人とも、俺の『夢』を潰してしまった事を気にして、俺から去ってしまうだろう。もっと言えば、自ら命を絶ってしまう可能性すらあるかも知らないのだ)
俺は2人の『危うさ』にも配慮しないといけない。ジャックとの決別の時、それを充分に自覚してしまったのだ。ここは心を鬼にしてでも2人を守らないといけない。
俺が自分で決着をつけなきゃいけない……。
俺は自らスイッチを入れる。2人に有無を言わせない『圧』を自ら生み出さないといけないのだ。
「ダメだ。それは許さない。2人が俺のためを想ってくれてるのはわかってるつもりだけど、だからこそ、2人に聞きたい……。俺を信じられないか……?」
「なっ!! そんな事あり得ません!!」
「し、信じてるに決まってるじゃん!!」
2人の慌てた様子に、強制的に入れたスイッチは簡単にきられてしまう。
「ふふっ。怒ってくれるのは嬉しいんだよ? でも、俺は2人とずっと一緒にいたい。どんなに嫌なヤツと会っても屠る事は絶対ダメだよ? この街には『法』ってものがあって、それを破ると一緒に居られなくなるんだ……」
「「…………」」
「2人とも……返事は?」
「「は、はい!!」」
「心配しないで。俺は2人に認めて貰った男でしょ? もし、怒りが耐えられなくなったら、3人での幸せな時間を思い出して?」
俺がそう言うと、2人はポーッと頬を染める。
(こ、この顔も外では禁止にしないといけないな)
俺は心の中で呟きながら心臓をバクバクさせていると、アシュリーが口を尖らせ、口を開いた。
「じゃ、じゃあ、マスターも、僕達がバカにされた時、すぐに怒るの我慢してよね?」
「愚か者!! あの勇ましいお姿は私の『ルーク様のカッコいいリスト』のトップ3の一つです!!」
「なっ! なんなのさ! そのリストは!! ぼ、僕はマスターの全てがカッコいいと思っているから、そんなリストは必要ないよ!!」
「ふふふふっ。何を当たり前の事を……。その中でも『特に』と言うことです!! 胸だけでなく、頭にまで栄養がいってないのですね? アシュリー」
「バカ言わないでよ!! 毎晩、マスターに揉んでもらって右のおっぱいだけ少し大きくなってる、ん、だ、よ……?」
アシュリーは叫びながらだんだんと引き攣った表情を浮かべてゆっくりと俺を見るが、俺はそんな事をした記憶は一切ない。
「ア、アシュリー? それは、」
「なんて事をしているのよ!! このドラゴン娘が!! 四六時中一緒にいるのに、いつどこで、そんな羨ましい事をしているのです!!??」
ルシファーは俺の言葉を遮り、声を張り上げる。アシュリーは苦笑したままゆっくりと口を開く。
「マ、マスターが寝てる時に、手をおっぱいに持っていくといっぱい揉んでくれるんだ……」
「そ、そ、そ、それは本当でしょうね!?」
ルシファーは顔を真っ赤にしながら、美しい瞳を輝かせている。
俺が寝ている時にそんな事をしているとは、夢にも思ってなかった。
(っていうか、なんで揉んじゃってるんだよ! 俺は!!)
と、心の中で絶叫しながら、
「次、そんな事をしたら、アシュリーはネックレス。ルシファーは髪留めを没収するからね?」
と小さく言うと、2人は絶望感を漂わせながら、
「「……はぃ……」」
と項垂れた。
(どうせなら、起きてる時にして欲しい!! アシュリーの胸も、ルシファーの胸も……。俺がどれだけ我慢してると思ってるんだぁあああ!!)
と心の中で本音を吐露するが、とてもじゃないけど口に出せないでいると、
トン、トン、トン
と部屋にノックの音が響く。
「はい?」
「ルークさん、ちょっといいですか……?」
ターナの神妙な顔付きに「何か」があった事を悟りながらも、俺はコクンッと頷いた。
次話「治癒士 アン・ロビンソン ①」です。
【作者からのお願いと感謝】
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