53話 彷徨うアン
―――ノア
訳もわからず、ただカイルから逃げ出し、路地裏でうずくまりながら夜を明かした。
身体の震えは一向に収まる気配はない。自分で自分を抱きしめながら、小さく小さく縮こまる。
(私、これからどうするんだっけ……?)
アンは明るくなって行く空を感じながら、ぼんやりとそんな事を思った。
(今、どうなっているんだろう? カイルには抜け出した事がバレているかな……? また私を捕まえて、無理矢理『事』に及ぶのかな……?)
アンは路地裏から動けない。すっかりと姿を見せた太陽に、通りを歩く人達の楽しそうな声。空腹と喉の渇きなどの、生存本能が煩わしくて仕方がない。
(もうこのまま死んでしまおうかな? ここでじっとしていれば、ちゃんと死ねるのかな?)
もうアンには何もわからなかった。身体の震えは未だ続いており、全身に赤黒いアザが痛みを知らせてくる。
(……ごめんね。ルーク。ごめんね。ジャック)
何度も何度も心の中で謝っているうちに、「もう死ぬ事でしか罪を償う事などできないのではないか?」と涙が止めどなく流れ続けた。
(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい)
上手く思考を進める事ができず、カイルやアランが殺してしまった何人もの人達にも謝罪を始めた。
(見て見ぬふりをしてしまった。ルークみたいにカイルを止めれなかった。人が死んでいるのに、何も思わなかった。私はもう壊れてる)
アンは路地裏で小刻みに震えながら、たくさんの「人の死」に押しつぶされていた。
(あの人達にも家族があったかもしれない。まだ小さな子供だっていたのかも。大切な奥さんに素敵なプレゼントを買うために、子供に美味しいものを食べさせるために、みんな『何かのため』にダンジョンに潜っていたのに……)
自分が見殺しにした全ての人間と、その家族に自分は恨まれている。
(ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい……)
何度も何度も謝罪を繰り返していると、視線の先に割れたガラスの破片を見つけた。
アンは震える手を伸ばし力一杯握ると、手のひらからドクドクと血が流れ始める。1番尖っているところを自分に向け、喉元に突き刺そうとグッと引き寄せようとした時、アンの鼓膜が揺れた。
「『洗濯』が帰って来た!! 『努力バカ』が、ルークが帰って来たぞ!!」
「46階層から自力で帰って来たらしいぞ!!」
「心配させやがって!! 本当に迷惑なヤロウだ!!」
「『月光の宴』で休んでるらしい!! 行くぞ!!」
通りからの声に、ガラスの先端は首筋に軽く刺さった所で止まってしまった。
アンの首からタラ〜っと血が流れるが、
(ほ、本当に帰ってきた……。ルークが……)
とさらさらな銀髪とキラキラの青い瞳を思い浮かべた。
「ハハッ。何が『洗濯係の荷物持ち』よ……。何が『無駄な足掻き』よ……。あんな場所から帰ってきた『最強の英雄』じゃない……」
自分がルークに吐いた、言葉を振り返りながら、涙がポロポロと流れる。
「いつ、どこで、なんで」、なのかはわからないが、先程聞こえた冒険者達の声は喜びに満ちていた。自分の知らぬ間にルークが讃えられている事に、もう驚きはない。
あれほどまでに努力し、「冒険」を夢見る姿に冒険者達が心を打たれないはずがない。
こんなボロボロの姿になり、まともな精神状態ではないが、なぜか「それ」だけはよくわかった。
(ハハハハ……。何だ。私も冒険者の端くれだったのね……)
自嘲気味に笑いながら、ゆっくりと立ち上がる。ふらつく足に、手や首からは血が流れているが、アンは歩き出す。
(自分で死ぬなんて、もったいないわ……。どうせならルークに殺して貰おう。少しでもルークの怒りが和らいでくれたらいいな)
心の中でそう呟き、通りに出ながら口を開く。
「私にできるのはもうそれくらいだしね…」
燦々と降り注ぐ日の光が眩しくすぎて、目を細めた。周囲の人達はボロボロのアンを見て、
「どうしたんだ?」
「あれ、『二刀流』のとこの……」
「血塗れじゃねぇか……」
などと口を開きながらも去っていく。すると1人の女の子がトコトコとこちらに走って来た。
「お姉ちゃん、ひどい怪我だね!! これ、使って?」
真っ白いハンカチをアンに差し出し、心配そうに一切の汚れを知らない瞳で見つめる。
(ふふっ。こんな子にこそ相応しい……。私の『治癒・極』は……)
アンはそう思いながら穏やかに微笑み、呟いた。
「『回復』……」
すると、自分の傷が癒えていく。何千回と使った自分のスキルの初級魔法。きっと使うのはこれで最後だ。
「わぁー!! すごいね! お姉ちゃん!」
「ふふっ。あなたみたいに心優しい子に、このスキルをあげられたらいいんだけど……」
「ダメだよ!! そんな事したら、お姉ちゃんが大変でしょ!?」
アンはその少女の頭を撫でようと手を伸ばしたが、咄嗟に止めた。
(こんな汚い手で触っちゃダメよね……?)
ふぅ〜っと長い息を吐き、大きく伸びをした。
「あなたは私みたいになっちゃダメよ? 今のように優しい心を忘れないでね?」
そう最後に呟き、「月光の宴」……いや、「死に場所」へと歩き始めた。
「死ぬには悪くない日じゃない?」
最後の太陽を見上げ、自分に問いかけると、ゆっくりと頬に涙が伝った。
次話「ルークの目覚め」です。
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